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Libra(リブラ)普及のためにFacebook社がなすべき「複数値札表示」とは

通貨バスケット型ステーブルコインLibraの発表

先日、Facebook社より新たな会社間のチーム「Libra協会」を作り、そのチームで国際送金にも使える新たな暗号資産(仮想通貨)であるLibra(リブラ)を作ることが発表されました。

VISAやマスターカード等の大手クレジットカード会社やUberなどのサービス事業、コインベースなどのブロックチェーンになじみ深い企業なども参加することが指摘されています。その一方で、リップル・ネットワークなどと違い、大手銀行系の参加が無かったことなどは驚きを以て迎えられ、米国議会などではFacebookの個人情報の取り扱いに関する過去などから早くも懸念の声も出ています。各国の通貨当局はG7など国際会議の場で懸念を表明しています(※1)。

米国では「国家安全保障上の問題」とまで指摘が出ています(※2)。このLibraは、複数の法定通貨のバスケットに価値を連動させる意味での「ステーブルコイン」の性質を持つことが表明されていて、Libraの第1段階としての評価は真っ二つに分かれています。

さて、このLibraが普及するかどうかについて、Facebook社が普及のためになすべき鍵の1つに「複数値札表示」の「義務化」が挙げられるところは押さえておく必要があります。

※1:浦上 早苗氏 「G7、Facebookの仮想通貨リブラは『最高水準の規制が必要』」仮想通貨Watch 2019年7月22日より。

※2:加谷 珪一氏「Facebookの仮想通貨リブラに、各国の通貨当局はなぜ異様なまでの拒絶反応を示しているのか?」ニューズウィーク日本版2019年8月14日より。

現在の通販は通貨圏内別の表示

現在の通販などでも、日本では日本円で、米国では米ドルで、ドイツではユーロで、とそれぞれ使っている地域のお金(法定通貨)で物の値段が表示されます。

これは、自分の国で使っている法定通貨で価値を考える習慣があるからであり、貨幣の機能と言われる3つの要素のうち「支払い手段」や「価値尺度」と言われるものです。つまり、この値段は300円と言われれば、300円がどれくらいの価値か、日本に住む人はみんな分かっていること(価値尺度)を踏まえて、300円を支払うことでその商品を手に入れられる(支払い手段)ことを意味します。しかし例えば米国に住んでいる人にとっては3ドルがどれ位の価値かは分かっていても、米国で日本円を使った買い物ができない場合も多いように、300円がどれ位の価値か、あまり知らない人もいます。このように、今は使うお金(貨幣)の使える範囲で値札を付けることが、通販でも行われています。

ところで、そうすると他の国の通販では他のお金で表示がされていることになります。例えば日本の人が米国のサイトでお買い物をしようとすると、日本円ではなく米ドルで表示がされているわけです。国内であれば通販に「代金引換」などもあるでしょうが、国外の場合にはクレジットカードでお買い物をし、そのときの為替レートで「両替して」カード会社に払ってもらい、その「日本円に直した」代金が後から請求されることになります。しかし、日本円と米ドルを両替するための為替レートは毎日、もっと言えば時々刻々と変わりますので、今日と明日では買うときの価格が違うな、ということになりかねません。

「あれ、FacebookってSNSだよね、ショッピングサイトではないよね?」と思ったそこのあなた、確かにFacebook自体は「今は」SNSです。しかし、例えばFacebookの傘下にあるInstagramには「ショッピング機能」が付いています(※3)。Facebookにも「国際送金」を含めたLibraによる「送金」機能が付くことに加え、Instagramが「Instagram from Facebook」になり、WhatsAppが「WhatsApp from Facebook」になることから(※4) 、この先の方向性としてFacebookグループに1種の「お買い物サイト」としての側面が出てくるとも言えます。参考までに中国大陸ではSNS大手の1つであるWeChat(テンセント系列)はWeChatPay(微信支付)というコード決済型の電子マネー機能を持っています。SNSでお買い物をすることはもう現実の世界の話なのです。

ではここではInstagram(from Facebook)の「ショッピング機能」を念頭に、通販サイトとしての側面を持つSNSとしてFacebookグループを考えることにしましょう。そして、ここからがLibraを普及させる上で大事な条件となるのですが、このことにより現実味を持たせる上で、Amazonなど大手通販サイトの協力を取り付けることが大事になることは書き添えておきます。

お金の本来の役目に立ち返る複数値札表示義務化

さて、「ショッピング機能」なども含め、通販サイトではそれぞれの販売商品に「値札」が付きます。日本のサイトでは値札が日本円で、米国のサイトでは値札がUS$で、UK(イギリス)のサイトでは値札がUK£(ポンド)で付きます。外国のサイトに行くと表示される値札の通貨が違うので、日本の人ならその都度「日本円なら幾ら位かな…」と考えることになります。それは日本の人にとって、日本円に変えて持っておけば後から欲しいものに変えられるから、であり、日本円の10,000円が例えばどういう価値を持っているか認識しているからに他なりません。これは日本に住む人の感覚であり、USAに住む人ならUS$に替えておくことになるでしょう。

しかしこのままではLibraはお買い物の手段としては普及しません。そこでこの記載では「複数値札表示の義務化」こそLibra普及のためにFacebookがなすべきと説明します。具体的には関連のものを含めて次のことをします。

  1. 全ての国で値札の表示にその国の法定通貨建て以外にLibra建て表示も義務付ける。(複数値札表示の義務化
  2. Libra建て表示はマニュアルでの価格設定を義務付け、自動変換を認めない。
  3. 消費者からのLibraでの購入希望には販売元は断れないとする。(疑似強制通用力
  4. Libraと各法定通貨との変換とをFacebookなど各傘下SNS上で出来るようにする。(容易な法定通貨との兌換可能性)

このうち1.の効果は後で見るとして、2.以降から先に説明しましょう。

マニュアルの価格設定にすると簡単にはLibra建ても価格を変えられなくなります。これに近い在り方は飛行機の国際線内での機内販売において使われています。例えば台湾地区の航空会社であるチャイナエアライン(中華航空)では、ニュー台湾ドル以外にUS$や中国人民元でも値札が付いていて(※5)、カタログ印刷なので簡単には変えられません。

この在り方は非常に大きな意味を持ちます。かつて暗号資産(仮想通貨)の先駆けだったビットコイン(BTC)などが、ビックカメラなど色々な店舗で使えるように、とした際には、その都度日本円建ての価格をそのときの交換レートでビットコイン(BTC)に変換した代金を支払わせる形を取っていました。このようにすると、常時変わる交換レートによって、ビットコイン建てでの価格は常に動くので、例えば「あと5分待ったらもう少し安くなるかも」と待ってしまうことが起きえます。また、迷っていたら値段が(ビットコインに換算して)高くなってしまった、という状況も起きえます。この場合には、ビットコインで買おうとすると安心して買えません。その都度変換して、という場合にはこの心配が出ます。マニュアルの価格設定にするとその心配はありません。

もちろん販売側とすれば為替リスクに似た交換レートが変わるリスクを被ることになります。Libraでの支払いを断られる形になるとみんな断る危険性があって導入の意味はないので、Libraで支払われたら受け取りを拒否できない仕組みにするのは大事になるわけですが、そうすると最初はLibra建てについては何%か余裕を見た「高めの」価格設定になることでしょう。高くするにしても、法定通貨間の普段の変動率に変換手数料を加えた辺りで収めればよいと気付く筈です。Libraで支払われても、と思っている店舗からすれば直ぐに法定通貨に替えられることも大事ですし、この自動両替を希望があればできるようにしてもいいかもしれません。

他の通貨圏でもLibraで表示されている意義

さて、こうすると消費者はそのうち、「あれ、日本円での値札の隣にLibraでの価格表示が付いている」と気付く訳です。英語圏の人ではもっとはっきりと分かる筈です。実際の交換比率はまだ分かりませんので適当に書きますが(※6)、ある時、ふと欲しいと思った最新の音楽アルバムのダウンロード配信が「US$30.-、115リブラ」と出ています。他にUKでのサイトを覗いてみると、あるアイドルの写真集のダウンロード配信が「UK£25.-、117リブラ」と出ています。他にオーストラリアでのサイトを除いてみると、ある歌手のコンサートのVR映像の利用料が「45豪ドル(※7)、120リブラ」と出ています。

普段米ドルで物を考えている米国の人からすれば、US$30.-が幾ら位かは感覚として分かりますが、UK£25.-とか45豪ドルとか言われてもその価値がピンとくるわけではありません。でも自国のサイトでも「リブラ」で表示が出ているため、「リブラってこれ位か」という感覚が分かります。米ドルで持っていれば、その都度変換しないとUKやオーストラリアでのサイトの商品は買えない訳ですが、リブラで持っていれば他の通貨圏の通販サイトでも買えます。他の国のサイトを覗いてみると、ある最新アニメ映画をBlu-ray販売初日にダウンロード配信で見られる価格が「3,000円、110リブラ」と出ているわけです。

ここでお金(貨幣)の役割を改めて思い起こしておきましょう。「将来他のものに替えられるように替えておく」のがお金(貨幣)の役割でした。Libraで全てのものが表示されていれば、他の国・通貨圏でも使えるようにリブラにしておく、という選択肢が出てくる訳です。つまり、通貨圏を超えて「将来他のものに替えられるように」Libraに替えておく、ということが可能になり、その利便性からその選択肢が出てきます。受け取った販売側は初めこそ例えば「1リブラ=US$0.27.-」「1リブラ=UK£0.22.-」「1リブラ=0.4豪ドル」「1リブラ=28.97円」など直ちに自国の法定通貨に替えようとするでしょうが、販売側からしても他の外国への支払いにLibraを使えるとなれば、わざわざ自国通貨に全て戻すのではなく一部はLibraにして残しておく方が手数料も少なくて済むと理解するようになります。

Libraが浸透してくれば、そのうちリブラ建ての価格も割り増しされた価格でなくまっとうな価格になることでしょう。例えばこの水準ならば先ほどの価格表示は「US$30.-、110リブラ」「UK£25.-、111リブラ」「45豪ドル、112リブラ」「3000円、104リブラ」などとなることでしょう。

※5:2018年の次のブログ参照。http://love-super-travel.net/asia/taiwan/36780/

※6:イメージを持ちやすくするために、2019年8月16日のUAE(アラブ首長国連邦)のディルハムでの表示を参考にしております。

※7:豪ドルは「オーストラリア・ドル」のことで、オーストラリア独自の通貨です。

Libraには「他にない」良さを活かして広げられる

初めは「Libraで買った方がお買い得」という感覚で引き付けるために、コード決済を日本に広めた1つであるPayPay等で組まれたような「割引・還元キャンペーン」は行う必要があると思われます。LibraでFacebook傘下のSNSにて買う場合には数%は安くし、その分Facebookで補填することになるとは思います。しかし、日本の多くのコード決済のようにキャンペーンのみで引っ張る必要はありません。「他にはない利点がある」場合には、常にキャンペーンを打ち続けるという必要は無い訳です。Libraの場合には、自国の通販サイトまでLibraで買う必要は無くても、他の通貨圏で買えるようにLibraにしておく選択肢が出てくることになります。

クレジットカードなどで買うにしても法定通貨間の為替リスクがあるので、その分を補う手数料がかかりますし、クレジットカード会社の取り分があるので手数料は込みでの国内価格になる筈です。商社などを通す場合にはその商社ならではの為替レートがあるので、それは実態の為替レートからは大きく乖離している場合も少なくありません。Libraの場合には暗号資産(仮想通貨)をベースにしていることから、銀行口座を介さない形でのオンライン送金にできるので、その手数料は節約できます。Libraは通貨バスケット型のステーブルコインのため、その交換レートの変動具合も直接の外貨両替の為替レートに比べればやや緩やかになります。

少しLibraが安いとき(例えば日本円が高いとき)にLibraにしておくという選択肢も取れますし、Libraが広がれば通販だけでなく直接のお買い物のときにも(ビットコインにおけるビックカメラのように)Libraで買う選択肢が出てくると考えられます。しかもビットコインなどと違い、Libraは法定通貨担保秦ステーブルコインのため為替の変動リスクは少なくなります。また、Libraはブロックチェーンなどを基盤にする暗号資産(仮想通貨)のため、Suicaなどの電子マネーのように中央でデータを一元管理するセントラルコンピュータを必要としないことが予想できます(※8)。FacebookがLibra協会に幾分か提供することになる筈の管理費用も節約できます。

Facebook傘下のSNS上でいつでも法定通貨に交換できることは重要です。法定通貨との兌換をうたったステーブルコインの多くは「カレンシーボード」と言って、香港ドル等で取られている手法がとられます。発行する分だけ管理団体である中央銀行に外貨であるUS$を積んでおいて、為替レートが崩れそうになったらその積んである外貨を放出する、これがカレンシーボードという方法になります(※9)。但し、この方式には「本当にそれだけの外貨(法定通貨)は確保してあるのか」という信頼が崩れると、交換レートを維持できないことが、US$に固定していた世界初のステーブルコインと言われたテザー(USDT)の例で知られています(※10)。これに対し、他の方法で価値の安定を図るやり方に、coin(旧MUFG coin)で説明されている方法があります(※11)。これは「キャピタルコントロール」と言う手法で(※12)、Libraを交換できる市場を作っておき(※13)、その市場の参加者(を通して交換量)を制限しておいて、交換レートを固定する方法です。SNS上でいつでも法定通貨に兌換できるなら、その交換できる範囲で交換レートは維持されます。

今回はLibraに求められるべき「複数値札表示の義務化」について紹介しました。まだまだ未知なる部分も多く、当初の2020年の登場予定も延期になる話も出ています(※14)。しかし、その可能性の大きさ故に失敗に終わらないことを願うばかりです。

※8:ブロックチェーンや分散型台帳制度を基にした暗号資産(仮想通貨)の重要な特性の1つです。

※9:実際に1997年に起きたアジア通貨危機の際には、他の国が次々と固定為替レートを放棄した中で、香港は積んであった外貨の約1/3を放出して為替レートを維持したと言われています。

※10:MINKABU (2019)「テザー問題とは? テザーは裏で何が起こっている?」みんなの仮想通貨を参照。

※11:CoinOtaku(2018)「MUFGコインとは?今年注目の仮想通貨の特徴を東大生が日本一詳しく解説します!」参照。

※12:小川健(2018)サーベイ論文 : 非技術/情報系の経済系に仮想通貨・ビットコイン・ブロックチェーンをいかに教えるか専修経済学論集52(3)pp.167-182より。

※13:毎日新聞2018年1月14日「独自仮想通貨 三菱UFJが取引所開設へ 価格安定図る」より。

※14:HEDGE GUIDE(2019)「Facebook主導のLibra、当初予定の2020年ローンチを白紙か」より。

小川 健 専修大学・経済学部準教授

名古屋大学・大学院経済学研究科・社会経済システム専攻・博士後期課程修了。 前職での経済数学の教員を経て、2015年4月、専修大学・経済学部に講師として入職し、2019年8月時点で准教授に。 専門は国際貿易論(近経貿易理論)、水産物貿易、経済数学、経済学教育におけるICTの活用、仮想通貨教育など。 「外貨としての暗号資産」と捉えて、国際金融の枠組みで暗号資産を捉えての経済系への教育を目指す。

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