目次
- 前提
- なぜ私たちは「情報がすべて」に見えてしまうのか
- DNAは設計図であって、生命そのものではない
- 強い比喩は、世界を見やすくし、同時に現場を消す
- 予測市場の価格は、未来ではなく市場環境の産物である
- AIエージェントは、賢さだけでは経済主体になれない
- AI×予測市場は、情報発見とノイズ増幅の境界にある
- 日本の事業者は「情報を信頼に変える環境」を設計できるか
- 総括
- 参考文献
前提
予測市場とAIエージェントは、いまのクリプト業界で「情報をどう扱うか」という問いを、最も鮮明に映すテーマの一つです。たとえば、PolymarketやKalshiは、政治、経済、スポーツ、企業イベントなど、まだ結果が出ていない出来事に価格をつける仕組みとして存在感を増していますし、AIエージェントに関しても単なるチャットボットではなく、ウォレットを持ったりAPIにアクセスしたり、支払いを行うなど、オンチェーンで取引する主体として語られるようになりつつあります。
こうした流れを踏まえると、いよいよ「情報が市場を動かす時代」が本格化し始めているのではないかと、筆者は考えています。予測市場は未来の不確実性を価格に変換し、AIエージェントは膨大な情報を読み取り、判断し、実行する。そしてクリプトは、その支払い、所有、決済、検証の基盤を提供する。この組み合わせは非常にわかりやすく、いかにも現代的です。
ただし、わかりやすいナラティブほど、重要な前提を見落としやすくなります。たとえば、予測市場の価格は、本当に未来そのものを映す数字なのでしょうか。また、AIエージェントはモデルが賢くなれば、そのまま経済主体として振る舞えるのでしょうか。もっと言えば、価格やモデルといった情報は、それだけで信頼できる市場や経済活動を生み出せるのでしょうか。
本稿では、こうした問いを考えるために、生物学におけるDNA中心の生命観を手がかりにします。DNAは生命の情報を担う重要な存在ですが、その情報は細胞という環境の中で読み出され、外部環境との相互作用を通じて発現します。つまり、DNAの意味はDNA単体で完結せず、それを働かせる環境によって変わります。
この構図は、Web3にも重ねて見ることができます。予測市場の価格やAIエージェントの判断はいずれも重要ですが、それらは単体で価値を生むというより、どのような環境で読み出され、使われ、信頼されるのかによって意味が変わるのです。
私は「遺伝子の本体となる物質がDNAである」ということがはっきりした時代に育っていますから、そのときに素直に浮かんだ疑問がたくさんあるんですよ。
たとえばDNAは細胞のなかでどんな形になっていて、どういうふうに折りたたまれて入っているのか、それが適当にほどけて、細胞によって取り出される部分と取り出されない部分は何がどうコントロールしているのか、などなど……。細胞レベルで考えると、遺伝子ってそう簡単に説明できるものではありません。それなのに、生物にとって遺伝とは何かについて、単純化して説明してしまう動きが出てきました。典型例が『利己的な遺伝子』(紀伊國屋書店)を書いたリチャード・ドーキンスです。彼は「遺伝子は生命の発生以来、人類の発展とともにずっと続いている。だから個体は遺伝子の乗り物に過ぎない」と、比喩的に主張しています。
これ、おかしいですよね。だってDNAが働く場としての細胞も、進化の始めからずーっと続いていて、滅びたことがない。ドーキンスの仮説は、「DNAの側からの視点」に偏っているように思います。どうして、このようなDNA中心の生物観が広く受け入れられたかと言えば、私は社会が情報化社会になったからだと考えますね。情報化社会に適応した人間にとって非常に受け取りやすい説明は、進化を生み出してきたのはDNAがもたらす情報だった、ということでしょう。
養老 孟司. 子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書) (p. 70)
したがって、本稿の中心にある主張はシンプルです。DNAだけでは生命は動かない。価格だけでは未来はわからない。モデルだけではAIエージェントは経済主体になれない。情報だけでは市場は動かない。これからのWeb3を見るうえで必要なのは、情報そのものを過剰に信じる視点ではなく、情報がどんな環境で発現しているのかを見る視点だという考察を展開していきます。
なぜ私たちは「情報がすべて」に見えてしまうのか
出典:Privacy trends for 2026 – a16z crypto editorial
私たちは、コード、データ、プログラム、アルゴリズムといった考え方に慣れています。コンピューターはプログラムによって動き、インターネットはプロトコルによって接続され、アプリはコードによって機能します。そのため、「DNAは生命のプログラムである」という説明は、とても自然に聞こえます。
たしかに、この説明はわかりやすいです。生命を情報として捉えることで、複雑な現象を整理しやすくなります。しかし、その一方で、情報という比喩は、現実を支えている環境を見えにくくします。生命はDNAという情報だけで動いているのではなく、細胞や身体、外部環境との関係の中で成り立っています。
そしてこのアナロジーは、Web3にもそのまま重なります。私たちは「コードが法律である」「オンチェーンは透明である」「トークン設計がインセンティブを決める」といった言葉に慣れており、これらはWeb3の魅力をわかりやすく伝える表現です。しかし、そこに寄りすぎると、コード化できない要素が見えにくくなってしまいます。
たとえば、ユーザーはなぜそのプロダクトを信頼するのか。流動性は誰が供給しているのか。ある価格は、どのような参加者によって作られているのか。オラクルは、どの前提で現実世界の情報を取り込んでいるのか。こうした問いは、コードやオンチェーンデータを見るだけでは十分に答えられません。
つまり、情報化社会に生きる私たちは、生命をDNAで、未来を予測市場の価格で、AIエージェントをモデル性能で説明したくなります。これは複雑な現象を理解するうえでは便利ですが、同時に、情報を支える環境を見落とす危うさもあります。
DNAは設計図であって、生命そのものではない
情報とは何か、そもそも情報自体は存在するのか、といったことを十分に考えないまま、社会が走っているような気がします。先ほど申しましたように、DNAに直接関係がないと思われる部分を蔑ろにして遺伝を説明するようなことが起きたのも、社会が情報化していったことと無関係ではありません。
その辺りの感覚を、メディアアーティストの落合陽一さんが「情報は質量のない世界だ」と表現しているのはおもしろい。多くの人は、「自分たちは自然科学をベースにした教育を受けている。それに基づいて考えれば、質量のある世界で起こることが現実だ」と思っています。けれどもよくよく考えると、それもかなり当てにならない。結局は頭で考えた世界ですから、自然科学の体系は質量のない世界と見ることもできる。
養老 孟司. 子どもが心配 人として大事な三つの力 (PHP新書) (p. 73)
私たちはよく、DNAを「生命の設計図」と呼びます。この説明はわかりやすく、DNAが親から子へ受け継がれ、身体の特徴や性質に影響を与えることも事実です。そのため、生命の本質はDNAに書かれているように見えます。
ただし、実際にはDNAだけで生命が動いているわけではありません。設計図があっても、それを読む人や、材料、道具、作業する場所がなければ家は建ちませんが、それと同じように、DNAも細胞という環境の中で読み出され、使われることで、初めて生命の働きとして現れます。
この視点は、予測市場やAIエージェントを考えるうえでも重要です。予測市場の価格やAIエージェントの判断は、Web3における重要な情報ですが、それだけで信頼できる市場や経済活動が生まれるわけではありません。ユーザー、流動性、UI、規制、信頼、運用体制といった環境があって初めて、その情報は意味を持ちます。
つまり、DNAは設計図であって、生命そのものではありません。設計図が働くには、それを読み出し、使い、支える環境が必要です。この構図は、予測市場やAIエージェントを考えるうえでも重要な補助線になります。
強い比喩は、世界を見やすくし、同時に現場を消す
リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』が広く受け入れられた理由は、生命や進化を「遺伝子」という強い軸で整理した点にあります。個体ではなく遺伝子を中心に見ることで、子孫を残す行動や利他的に見える行動も、「遺伝子が残りやすくなる行動が選ばれてきた」と説明しやすくなります。
ただし、この説明はわかりやすいぶん、先の養老孟司氏が言及しているように、少し偏った主張のようにも感じます。というのも、遺伝子を主役にしすぎると、細胞や身体、環境といった要素が背景に押しやられてしまうからです。遺伝子はたしかに重要ですが、遺伝子だけが生命を動かしているわけではなく、遺伝子が働くにはそれを読み出し、使い、支える環境が必要です。
つまり、『利己的な遺伝子』の強さは、複雑な生命を「遺伝子」という軸で整理した点にありますが、一方でその限界は、情報を働かせる環境まで十分に見えにくくしてしまう点にあると言えます。Web3でも同じように、予測市場の価格やAIエージェントの判断を理解するだけでなく、それらがどんな環境で生まれ、使われ、信頼されるのかを見る必要があります。
予測市場の価格は、未来ではなく市場環境の産物である
Web3領域で注目される予測市場は、未来に関する見方を価格として表す仕組みです。たとえば、ある出来事の「Yes」が70セントで取引されていれば、市場はその出来事が起きる可能性をおよそ70%と見ている、と解釈できます。ニュース、世論、専門家の見方、SNS上の空気、統計モデルなど、さまざまな情報がひとつの価格に集約される点に、予測市場の大きな魅力があります。
この性質により、予測市場は単なる賭けの場ではなく、未来に関する曖昧な見方を数字に変える情報インフラとして注目されています。PolymarketやKalshiの存在感が高まっている背景にも、取引を通じて不確実性を価格に変換できるという特徴があります。
ただし、ここにも情報中心主義の落とし穴があります。予測市場の価格は、未来そのものを映す数字というより、特定の市場環境の中で発現した情報です。Yesが70セントだからといって、それが純粋な未来の確率を示すとは限りません。その価格には、参加者の偏り、流動性、手数料、解決ルール、規制、SNS上の話題性、マーケットメイカー、クジラのポジションなどが影響します。
この点は、PolymarketとKalshiを比べるとわかりやすくなります。どちらも予測市場ですが、参加者層、規制上の位置づけ、決済手段、扱うイベント、解決方法、流動性の性質は異なります。そのため、同じテーマを扱っていても、両者の価格差が単なる市場の非効率とは限りません。むしろ、市場構造の違いが価格に表れている可能性があります。
したがって、予測市場を見るときに重要なのは、価格そのものだけではありません。その価格が、誰によって、どれくらいの流動性の中で、どのようなルールに基づいて作られているのかを見る必要があります。ここを飛ばして価格だけを「市場の答え」として扱ってしまうと、予測市場の便利さがそのまま誤解につながりかねません。
特に、予測市場の価格がメディアや金融情報サービスに組み込まれていくほど、この視点は重要になります。価格が広く参照されるようになれば、それは取引所内の数字にとどまらず、社会的な判断材料になります。だからこそ、予測市場の価値は、どのイベントに価格をつけるかだけでなく、その価格を信頼できる形で生み出す環境設計にあります。
このように、予測市場は、未来をそのまま映す鏡というより、未来に関する情報を価格として発現させる環境であり、見るべきなのは、YesやNoの数字だけではありません。重要なのは、その数字がどのような市場の細胞の中で作られているのかです。市場設計が違えば、同じ未来に対する価格の出方も変わりますし、これはDNAが同じでも細胞が違えば発現が変わるのと同じです。
AIエージェントは、賢さだけでは経済主体になれない
予測市場が未来に関する情報を価格に変える仕組みだとすれば、AIエージェントは情報を読み取り、判断し、行動する存在として注目されています。たとえば、ニュースやSNS、オンチェーンデータ、予測市場の価格を読み、自動で取引する。さらにウォレットを持ち、APIに支払い、DeFiを使い、ユーザーの代わりに意思決定する。こうした未来像は、AI×クリプトの方向性として非常にわかりやすいものです。
実際、AIエージェントがオンチェーンで動くための環境は少しずつ整い始めています。たとえば、AIエージェントがウォレットを操作したり、APIやサービスにステーブルコインで支払ったりする構想は、すでに具体的な開発テーマになっていますが、これはAIエージェントが単なる会話相手ではなく、資金を動かす経済主体として扱われ始めていることを示しています。
ただし、AIモデルが賢くなることと、AIエージェントが安全に経済活動を行えることは別の話です。たとえモデルが高性能でも、秘密鍵管理、権限設定、資金上限、取引先の検証、監査ログ、停止条件、ユーザー同意、責任分界が曖昧であれば、安心して資金を任せることはできません。
むしろ、AIエージェントが自律的に支払いを行える世界では、便利さとリスクが同時に大きくなります。誤った指示、改ざんされた外部データ、偽のAPI、悪意あるMCPサーバーなどによって、実際の資金が動いてしまう可能性があるからです。したがって、重要なのはAIに自由を与えることではなく、どこまで動いてよいのかを決める境界線を設計することです。
この境界線は、AIエージェントにおける「細胞膜」のようなものです。細胞膜が内と外を分け、何を通し、何を遮断するかを決めるように、AIエージェントにも、使ってよい資金、信頼してよい情報源、実行してよい取引、人間の確認を挟む条件を定める必要があります。ここが曖昧なままでは、AIエージェントは自律的な経済主体というより、制御しづらい自動化ツールになってしまいます。
つまり、AIエージェントを「賢いモデル」として見るだけでは不十分です。経済主体として見るなら、ウォレット、決済、権限管理、本人性、評判、監査、セキュリティ、規制対応まで含めて考える必要があります。重要なのはモデル単体の性能ではなく、そのモデルが安全に判断し、失敗しても被害を限定できる環境です。
以上のように、AIエージェントの本質的な問いは、AIを使うかどうかではなく、AIをどのような環境に置くかだと言えます。情報を処理するだけなら、AIは便利なツールにとどまりますが、資金を動かし、他のエージェントと交渉し、ユーザーの代理で意思決定するのであれば、その周囲には制度的・技術的な細胞膜が必要になります。そのため、AIエージェントの価値は、モデルの賢さだけでなく、安全に行動できる環境をどこまで設計できるかによって決まるのです。
AI×予測市場は、情報発見とノイズ増幅の境界にある
そして、AIエージェントと予測市場が組み合わさると、情報中心主義の魅力はさらに強まります。予測市場は未来に関する不確実性を価格に変換し、AIエージェントはその価格やニュース、SNS、オンチェーンデータを読み取り、判断し、取引を実行します。この構図だけを見ると、世界の不確実性がリアルタイムに処理され、より合理的な判断が自動で下されるように見えます。
理想的には、予測市場の価格は集合知のインターフェイスになり、AIエージェントはその集合知を読み取る分析者になり、クリプトは支払いや所有、決済、検証の基盤を提供します。つまり、情報を集める市場、情報を処理するAI、情報を実行に移すクリプトがつながることで、情報がそのまま経済活動へ変換される世界が見えてきます。
ただし、この魅力はそのまま危うさにもつながります。なぜなら、予測市場の価格が薄い流動性や偏った参加者によって作られている場合、AIエージェントはその偏りを「市場の知恵」として読み取るかもしれませんし、SNS上の誤情報が予測市場に反映され、その価格をAIが参照し、AIの取引がさらに価格を動かす可能性もあるからです。つまり、情報の発現環境が歪んでいると、AIはその歪みを増幅してしまうのです。
なお、ここで注意したいのは、トークン価格や出来高だけを見て実態を判断しないことです。AIエージェント関連トークンが上昇しているからといって、そのエージェントが本当に経済的価値を生んでいるとは限りませんし、同様に予測市場の出来高が増えているからといって、その市場が常に質の高い予測を生んでいるとも限りません。重要なのは、どのようなユーザーが参加し、どのようなルールで市場が解決され、どのようなリスク管理や監査可能性があるかです。
そして、特に重要なのは、情報の循環構造です。予測市場の価格がAIの入力になり、AIの取引が予測市場の価格を作り、その価格がまた別のAIの入力になる。この循環は、うまく機能すれば高速な情報発見につながります。しかし、設計を誤ると、自己参照的にノイズを増幅する仕組みにもなります。
そのため、AI×予測市場を考えるうえでは、モデルの精度や市場設計だけでは不十分であり、非公開情報へのアクセスや市場操作、誤った市場解決、責任の所在、取引停止条件、監査ログ、ユーザー保護まで含めて設計する必要があります。AIエージェントが市場に参加するほど、予測市場は単なる情報メディアではなく、金融市場としての性格を強めていくのです。
つまり、AI×予測市場は、情報中心主義の完成形に見える一方で、その限界が最もはっきり表れる場所でもあります。今後見るべきなのは、AIがどれだけ賢いか、予測市場の価格がいくらか、出来高がどれだけ伸びたかだけではありません。むしろ重要なのは、AIと市場がどのような環境の中で相互作用し、その結果としてどのような情報が発現しているのかです。
日本の事業者は「情報を信頼に変える環境」を設計できるか
ここまで見てきたように、DNA、予測市場、AIエージェントに共通しているのは、情報そのものだけを見ていると、その情報が現実にどう働くのかを見落としやすいという点です。DNAには生命の情報がありますが、細胞という環境がなければ生命活動として現れません。同じように、予測市場の価格やAIエージェントの判断も、それぞれを支える環境があって初めて価値として発現します。
この視点は、日本の既存金融機関やWeb3事業者にとっても重要です。予測市場に取り組むなら、価格が確率を示すことだけでなく、その価格がどのような市場環境で作られるのかまで考える必要があります。どのイベントを扱うのか、誰が参加できるのか、流動性は十分か、解決ルールは明確か、未公開情報や市場操作に近い行為をどう監視するのか。こうした土台が弱いままでは、予測市場の価格は便利な数字に見えても、信頼できる情報商品にはなりにくいです。
金融機関にとって、予測市場は単なる新しい取引商品ではなく、社会的に参照される確率情報をどう安全に作るかというテーマです。市場価格がメディア、投資家、企業、行政関係者に参照されるようになれば、その数字は娯楽の範囲を超えます。だからこそ、取引画面や手数料設計だけでなく、表示方法、リスク説明、解決プロセス、異議申し立て、監視体制まで含めて、情報インフラとして設計する必要があります。
一方で、Web3事業者にとっては、「予測市場をオンチェーン化するだけでは十分な差別化にならない」という点には留意が必要です。オンチェーンであることは透明性を高めますが、透明であることと、利用者に正しく理解されることは別です。誰が流動性を出しているのか、どのような参加者が価格を作っているのか、解決ルールに恣意性が入りにくいのか。こうした市場の細胞を整えられる事業者こそが、予測市場を一過性の投機ではなく、継続的な情報ビジネスへ育てられます。
なお、これはAIエージェントについても同じです。日本の金融機関やWeb3事業者がAIエージェントに取り組むなら、どのモデルを使うかだけでなく、どの範囲で行動させるかを設計する必要があります。ウォレットを持たせる、API利用料を支払わせる、予測市場で取引させる、DeFiで運用させるといった構想は魅力的ですが、実際の事業にするなら、権限管理、資金上限、承認フロー、監査ログ、秘密鍵管理、停止条件、ユーザーへの説明責任が欠かせません。
そして重要なのは、AIエージェントを賢くすることだけでなく、AIエージェントが安全に間違えられる環境を作ることです。AIが常に正しい判断をする前提に立つのではなく、誤った判断をしたときに損失を限定し、原因を追跡し、責任を整理できる構造が必要です。この点では、既存金融が培ってきたリスク管理、内部統制、監査、コンプライアンスの知見が大きな意味を持ちます。
つまり、予測市場なら価格だけでなく、市場設計と信頼形成を見る必要があり、AIエージェントならモデルだけでなく、権限、監査、責任、停止条件を見る必要があります。どちらにも共通して重要なのは、ユーザーが安全に使い続けられる運用環境です。そして、日本の事業者にとっての勝ち筋は、海外の流行をそのまま輸入することではなく、情報が発現する環境を、日本の制度、利用者保護、金融実務に合わせて設計することにあります。
結局のところ、予測市場もAIエージェントも、情報そのものを売るだけのビジネスにはとどまりません。これから価値を持つのは、情報を信頼できる形で発現させるビジネスです。未来に関する情報をどのようなルールで価格に変えるのか。AIの判断をどのような権限の中で実行に移すのか。オンチェーンの透明性をどのような運用と説明で社会的な信頼に変えるのか。この問いに答えられる事業者だけが、予測市場とAIエージェントを単なるトレンドから、継続的な金融・情報インフラへ育てられるのでしょう。
総括
情報は強いです。DNAは生命を理解するうえで欠かせない情報です。予測市場の価格は未来を考えるうえで有用な情報です。AIモデルは膨大な情報を処理する強力な仕組みです。しかし、情報だけでは世界は動きません。情報は、環境の中で読み出され、実行され、修正され、時に誤読されながら、初めて現実になります。
予測市場とAIエージェントの時代は、情報中心主義が最も魅力的に見える時代です。市場価格が未来を示し、AIがそれを読み取り、クリプトが実行する。これは美しいナラティブです。しかし、美しいナラティブほど、現場を消してしまいます。
これからのWeb3を見るうえで必要なのは、コードや価格やモデルを崇拝することではなく、それらがどんな細胞の中で働いているのかを見抜くことです。DNAだけでは生命は動きません。価格だけでは未来はわかりません。モデルだけではAIエージェントは経済主体になれません。情報だけでは市場は動きません。予測市場もAIエージェントも、情報が発現する環境まで含めて初めて、その価値とリスクが見えてくるのです。
参考文献
- Gene Expression Regulates Cell Differentiation – Nature Education
- Gene regulation – Biological Principles / Georgia Tech
- Gene Expression and Regulation – Nature Education
- The Selfish Gene – Wikipedia
- From prediction markets to info finance – vitalik.eth.limo
- Prediction markets explode in 2025: Inside the Kalshi-Polymarket duopoly – The Block
- Google Finance to roll out Polymarket and Kalshi prediction markets data in search results – The Block
- Kalshi Outpaces Polymarket in Prediction Market Volume Amid Surge in U.S. Trading – CoinDesk
- Polymarket and Kalshi Prediction Markets Coming to Google – CoinDesk
- Google Finance Integrates Polymarket, Kalshi Prediction Market Data – Decrypt
- Year in Prediction Markets: From Regulatory ‘Sinkhole’ to Multi-Billion Dollar Business – Decrypt
- ICE Announces Strategic Investment in Polymarket – Intercontinental Exchange
- Industry Filings: Designated Contract Markets Filing – CFTC
- CFTC Enforcement Division Issues Prediction Markets Advisory – CFTC
- Introducing x402: a new standard for internet-native payments – Coinbase
- Launching the x402 Foundation with Coinbase, and support for x402 transactions – Cloudflare
- Coinbase Enlarges Its AI Agent-Focused Crypto Micropayments Ecosystem – CoinDesk
- World launches agentkit with Coinbase-backed x402 to verify human identity behind AI agents – CoinDesk
- Crypto’s Latest Meta? AI Agent Tokens Like AI16z and Virtuals Skyrocket – Decrypt
- AI Agent Tokens Skyrocket as Franklin Templeton Highlights ‘Significant Promise’ – Decrypt
- Powering AI commerce with the new Agent Payments Protocol – Google Cloud Blog
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