連載「今更聞けないWeb3」第5回
目次
切り取りに見えたもの
RWAという言葉は、少し嘘がうまい。
Real World Assets。現実世界の資産。
何か新しい響きがする。どこか革新性も感じられる。かっこいい気もする。
SNSでも、社内の会話でも、喫茶店で開いた業界メディアでも、RWAは新しい発想として扱われていた。
だが、書き始める直前まで、自分にはそれが、切り取りのWeb3化に見えていた。
ただブロックチェーンに乗っただけ。レールが新しいだけで、上物は何も変わらない。
もっと言えば、レールでさえ新しくないじゃないか。
少し言い過ぎだったかもしれない。ただ、その違和感は完全には消えなかった。
現実は乗ってこない
RWAが運んでいるのは、本当に現実なのか。
不動産がブロックチェーンに乗るわけではない。
国債がブロックチェーンに乗るわけでもない。
乗っているのは、それらへの請求権だった。
現実世界の資産、と聞くと、何か手触りのあるものがこちらへ来るように思える。土地、建物、車、債券、金、倉庫に積まれた商品。そういうものが、ブロックチェーンの上に移ってくるように聞こえる。
だが、実際にはそうではない。
土地は土地のまま、どこかにある。建物は建物のまま、誰かが管理している。国債は国債として、既存の制度の中で発行され、保管され、償還される。
ブロックチェーンに乗るのは、それらそのものではない。それらに対して、将来何かを受け取れるという権利である。
家賃を受け取る権利。利息を受け取る権利。償還を受ける権利。分配金を受け取る権利。必要なときに、裏側にある資産を引き渡してもらう権利。
つまりRWAは、現実を運んでいるのではない。現実から、請求できる部分だけを切り出している。
この「請求権」という言葉は、法律や金融の領域では見慣れたものだが、地べたの生活に引き戻してみると、血の通わない性質を持っている。
日常で手にする家賃の振込用紙、生命保険の証書、あるいは取引先から届く売掛金の請求書を思い浮かべてみるといい。あれらは、建物の質感や人間の寿命、労働の現場から、金銭に換算できる機能だけを薄く剥ぎ取った皮膚の一枚だ。
RWAがやっているのは、その皮膚の一枚を、ブロックチェーンの上で扱える形式に変換することに近い。
この切り出し方は、そこまで新しくない。
小切手を考えればいい。小切手そのものに価値があるわけではない。
そこに書かれているのは、銀行に対して一定の金額を支払わせるための指図である。
紙そのものが金になるのではない。紙が、別の場所にある金への請求権を表している。
RWAも、どこかそれに似ている。
ただし、違いもある。小切手なら、まだ紙がある。署名がある。銀行の窓口がある。持っていく先がある。
RWAでは、その紙片がトークンになる。署名はスマートコントラクトになり、窓口はプラットフォームになり、裏側の資産はカストディアンや発行体の管理下に置かれる。
見た目は新しい。だが、やっていることは古い。
現実そのものを運ぶのではない。現実への請求権を、別の形式に置き換えている。
あるいは、これは中世の質屋の構造にもよく似ている。
質屋は、近代以前の信用市場の中核を担う装置だった。現物を質草として預け、その引換証——質札——を担保にして金を借りる。金を返せば質草は戻る。返せなければ流される。
装置の構造は、千年単位で変わっていない。
RWAは、この装置をデジタルに移し替えただけのものに見える瞬間がある。暗い倉庫はカストディアンになり、質札はトークンになり、流質は強制執行とスマートコントラクトに分かれた。
現物は動かない。遠くの暗い倉庫に人質として閉じ込められ、厳重に鍵をかけられる。手元に残されるのは、その人質が確かにそこに存在することの証明であり、そこから生じる利得を要求するための影としてのトークンだけだ。
構造は古い。装いだけが新しい。
だから自分には、RWAが小切手の切り取りに見える。
小切手から、紙の重さや窓口の気配を取り除き、請求できるという機能だけを残したもの。
現実から、現実らしさを削ぎ落とし、担保と利回りと請求権だけを残したもの。
RWAという言葉は、現実世界を連れてくるような顔をしている。けれど実際に来るのは、現実の一部だけである。それも、ブロックチェーン経済圏が扱える形に切り出された一部だけだ。
図1:RWAは何を運ぶのか
外側へ担保を求める
では、なぜその一部が必要になったのか。
なぜ、ブロックチェーンの経済圏は、現実をそのままではなく、請求権として切り出してまで、わざわざ自分の内側へ運び込もうとしたのか。
暗号資産の世界は、もともと既存の金融システムから一定の距離を置くために構築された側面がある。
第1回で書いたように、Bitcoinは法定通貨に対する不信任票だった。第2回で書いたEthereumは、既存の枠組みを捨ててコードという領域に信用を置き直そうとした。数学的な自律性によって完結する、閉じられた経済圏。そこには、既存世界の複雑な法律も、紙の契約書も、中央銀行の介入も必要ないはずだった。
だが、閉じられた経済圏は、しばしば外部を必要とする。
暗号資産の内部だけで完結する経済は、ある時点から特有の循環に入り込んだ。トークンを担保にして別のトークンを借り、それを預けてまた別の記号を得る。内部のシステムにおいては、トークンが別のトークンを支え、そのまた別のトークンが利回りを生む入れ子構造が整えられていった。
しかし、その構造は、外部の経済活動から切り離されている限り、内部の記号が互いを支え合っている不安定な均衡の上に成り立つ。ゲームの熱狂が落ち着き、内部の記号供給だけで利回りを維持することが難しくなったとき、システムを繋ぎ止めるための重さの不足が表面化した。
自律的なシステムを維持するために、外側へ手が伸ばされた。かつて距離を置こうとしたはずの、あの既存の法制度と国家の強制力によって守られた現実世界へ。
ここで、RWAという言葉が持っているイメージの矢印が、反転する。
ブロックチェーンが現実へ橋を架けた、という最初の絵を、もう一度見直す必要がある。橋は確かに架かっている。だが、橋の向きが、語られてきたものとは少し違う。
RWAは、ブロックチェーンが現実へ橋を架けた話ではない。
閉じた経済圏が、自分の外側へ担保を求め始めた話である。
橋は、こちらから向こうへ伸びているのではない。向こうの厚みを、こちらへ運び込むために伸びている。
具体的に起きていることの一つが、オンチェーンの世界への米国債の持ち込みだ。
2023年から2024年にかけて、トークン化された米国短期国債の市場は急拡大した。BlackRockのBUIDL、Ondo Finance、Franklin Templetonといった既存の金融機関やプロジェクトが、オンチェーンへT-Bill、つまり米国短期国債を持ち込み、暗号資産業界がそれを内部の安定した利回り源として吸収する動きが広がった。
国家通貨や中央銀行への不信任から始まったはずのシステムが、自らの安定のために、その国家が発行する国債の信用に依存し始めている。
もちろん、実務においては対象資産の性質を見なければならない。不動産と国債とファンド持分は、リスクも法律も管理方法もまったく違う。
だが、オンチェーン側のシステムに入った瞬間、それらは一度、同じ言葉に置き換えられる。
利回り。担保。流動性。請求権。
現実世界の個別の文脈や厚みは、背景へ下がる。ブロックチェーン経済圏が、自らの経済効率のために扱える資源の単位へと変換される。
実務では、個別の事情を見なければならない。だが、物語の側では、それらはまず「現実資産」として束ねられる。不動産も、国債も、ファンド持分も、金も、売掛債権も、いったん同じ看板の下に並べられる。
RWA。
現実世界の資産。
だが、その看板の下で必要とされているのは、現実世界そのものではない。そこから抽出できる利回りと信用であり、システムの自己維持に使える担保である。
図2:閉じた経済圏の外部依存
おわりに――帰る場所という知らせ
連載の最初に置いた分類表に、RWAを書き加えるのは容易ではない。
それは新しいアセットの誕生ではなく、既存の資産の「配管の架け替え」に過ぎないからだ。
現実が、現実として運ばれていない。
運ばれているのは、現実の表皮、機能だけを薄く剥ぎ取った請求権の集まりだ。それも、ブロックチェーン経済圏の自己維持のために、必要な分だけ切り出されている。
見渡してみれば、そこには奇妙な景色が広がっている。
国家や中央銀行の支配を嫌い、そこからの離脱を前提として設計されたはずの最先端のコードの自律圏が、今やそのシステムを維持するために、米国財務省の利回りに依存して呼吸をつないでいる。
革命を約束した技術が、既存世界の利回りに帰ってくる。
帰る場所がある。
それは、悪い知らせかもしれない。
詰まったまま、先に進む。
連載「今更聞けないweb3」第5回 / 全10回予定
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