ETH「上海」アップグレードとは? ステーキング解除とETH売り圧に関する各社見解まとめ
マージ後初のアップグレード
暗号資産(仮想通貨)イーサリアム(ETH)は、次期アップグレード「Shanghai(上海)」の実施を23年3月~4月に控えている。
“上海”アップグレードには、開発環境を向上するための改善提案が複数盛り込まれているが、主な目的はバリデーターの出金機能のロックを解除することだ。
22年9月に完了した前回アップグレード「The Merge(マージ)」を経て、イーサリアム・ネットワークのコンセンサス(合意形成)アルゴリズムはプルーフ・オブ・ワーク(PoW)からプルーフオブステーク(PoS)に移行した。
PoSネットワークでは、従来のマイナー(採掘者)の代わりに、トークンをステーキング(ロックアップ)するバリデーターの中からブロック生成者が選出される。バリデーターはトランザクションを検証し、ブロックを生成する見返りとして報酬を受け取る。
イーサリアムの場合、バリデーターはそれぞれ32 ETHずつをステーキングしており、報酬として年利4%~6%が付与される。しかし、上海アップグレードが完了するまでは、ステーキングを終了したり報酬を引き出すことはできない仕様になっている。
公式ウェブサイトによると、2月17日時点にイーサリアムには51.6万のバリデーターが存在し、ETH供給量の13.85%に当たる1,650万 ETH(約3.5兆円相当)がステーキングコントラクトにロックされている。バリデーター報酬としては約103万 ETHが蓄積されている。
これらのETHが初めて市場に放出可能になるため、多くの仮想通貨市場関係者が注目を寄せている格好だ。この記事では、イーサリアムの出金機能を中心に、「上海アップグレード」の概要と各社見解についてまとめる。
上海アップグレードで実装される機能
メディア等では「上海」と簡略化される事が多いが、厳密には次のアップグレードは「Shanghai–Capella」と呼ばれる。イーサリアムは実行レイヤー(EL)と合意形成レイヤー(CL)の2つで構成されており、Shanghaiは実行レイヤーのアップグレード、Capellaは合意形成レイヤーのアップグレードを指す。
このうち、Shanghai側に含まれるEIP(イーサリアム改善提案)は以下の5点。出金機能の実装以外は、いずれも開発者やバリデーターが支払うガス料金の低減を目的としたものだ。
- EIP-3651:「Warm COINBASE」の実装、バリデーターのガスコスト低下
- EIP-3855:開発者のガスコスト削減につながる「Push0」コードの作成
- EIP-3860:開発者がスマートコントラクトに使用するコードに、ガス使用上限を設ける
- EIP-4895:ステーキングに出金機能を導入
- EIP-6049:コードの減価償却「SELFDESTRUCT」を開発者に通知する仕組み
一方、合意形成レイヤー(CL)でCapellaアップグレードを実装することで、ELとの相互作用が可能になる。バリデーターはCL上でETHをロックしており、これらを完全に引き出す際はCL→ELへ出金リクエスト(キュー)が発行される。厳密には出金リクエストは2種類あり、それぞれETHの出金完了までの日数にも影響するが詳細は後述する。
上海実装までのスケジュール
22年2月8日には、イーサリアムの公開テストネットZhejiang(浙江省)で、「上海(Shanghai/Capella)」の起動が成功。テストネットでは、仮想通貨取引所やステーキングプールなどのサービスプロバイダーが、本番前にステーキングETHの出金プロセスをチェックすることになる。
Zhejiang以後は、さらに2つのテストネットで上海を起動する予定だ。コア開発者のTim Beiko氏によると、まずはSepoliaで2月28日の上海を実装し、3月中旬にかけてGoerliテストネットでも展開する。正式に発表されていないが、Ethereum Newsによると、本番環境での上海実装はGoerliの数週間後(3月末~4月頃)に起動される可能性がある。
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ステーキングETHの出金プロセス
イーサリアムでは一度に大量のバリデーターが離脱して不安定になることを防ぐため、出金制限が設けられている。ETH Withdrawals FAQによると以下2つのオプションがあり、それぞれ出金にかかる待機期間が異なっている。
- 方法①、バリデーターから獲得した累積報酬のみをアンステークする「部分出金」
- 方法②、バリデーターを終了し、32 ETH+累積報酬をすべてアンステークする「全部出金」
また、出金リクエストには「出金キュー(withdrawal queue)」と「撤退キュー(exit queue)」が存在する。部分出金の場合は、出金キューだけを純繰り方式で処理する格好となり、出金に要する期間は平均4.5日とされる。
一方、②の「全額出金」の場合は、まず撤退キューを出し、通過してから1日~1か月強の待機時間が要される。この待機時間経過後にさらに出金キューを出すため、その時点で多くの出金キューが殺到していれば追加で待機する必要が生じる。
現行デザインにおいて、出金キューは12秒毎の1つのスロット(≒ブロック)で最大16バリデーターまで許可される仕様だ。
全額出金のプロセス
イーサリアムにおいてバリデーターが撤退したい時、1)撤退キュー(exit queue)を通過させ、2)待機期間を経過する必要がある。
1エポック(約6.4分)に対して通過可能な撤退キューは7バリデーターまでに制限されている(執筆時点*)。1日225エポックで1,575バリデーターの撤退キューの通過が可能であり、これは50,400 ETH(32 ETH×1,575)分である。*バリデーター数が増えると、エポック毎の引き出し申請数も増える。
撤退キューが殺到している場合、バリデーターは順番を待つ必要がある。この間、バリデーターは引き続き業務を遂行する必要がある。
また、バリデーターの撤退キューが通過すると、256エポック (約 27 時間) の待機期間を迎えるが、過去にペナルティを受けていれば8,192エポック(最大36日)に拡大される。この待機期間終了後に、出金キュー(withdrawal queue)を出すことが可能になる。
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ステーキングETHの出金と売却圧力
ステーキングされたETHの引き出しが可能になることで、ETH取引市場に需給関係にどのような影響を及ぼすか関心が高まっている。
第一に流動化されるETHとして想定されるのは、バリデーターが獲得した累積報酬のみをアンステークする「部分出金」だ。32 ETHを超える余剰分は報酬が発生しないため、一端は引き出し、売却するか再度ステーキングに回されることになる。
米国の大手仮想通貨取引所コインベースは、51.6万のバリデーターに分配された累積報酬(約103万 ETH)のうち、Lidoなどの仲介サービスでステークされている64万ETH(67%)の報酬はステーキングの追加に使用されると想定。34万ETH(700億円)がひとまず売却されると見ている。
これに加えて、米国のクラーケン取引所から35万ETH~114.5万ETHの出金が発生すると、コインベースは指摘する。クラーケンは、米証券取引委員会(SEC)との和解条件として、米国でステーキングサービスを停止しなければならない。現在、クラーケンはステーキングETH総量の約7%(123万ETH)を占めているが、米国外ユーザーも相当数含まれること、また一部の米国ユーザーは別のサービスで再ステークすることを考慮したものだ。
以上を踏まえ、最大114.5万ETH+34万ETHが潜在的なステーキングETHの出金需要として推定されるが、前章で述べたイーサリアムの出金メカニズムにより、1日の売却量は最大でも11.8万ETH(138億円)だろうとコインベースは試算する。
一方、ETHの1日の取引量は過去30日間で平均82億ドル(1兆円)である(データ:分析会社TIE)。よって138億円の売却量は「簡単に市場に吸収される」とコインベースは主張した。
同様の見解は、米大手仮想通貨投資企業Galaxy Digital社も述べている。Galaxy社は、イーサリアム価格が多くのバリデーターのETH取得時点の価格を下回っていることから、解除された報酬分のETHのうち売却されるのは最大50%と見ている。
Galaxy Digitalはまた、既に稼働が停止しており、ほぼ確実に撤退するであろう1,138バリデーターのETHが100%売却されると想定する一方で「クラーケンのユーザーが売却する根拠はない」としている。
結論としてGalaxyは、上海後7日間のトータルの売却量は合計553,650 ETHであり、週間のETH出来高(現物、無期限先物を含む)の約1%に留まるとしている。
オンチェーン分析企業glassnodeによると、ステーキングされているETHの平均取得単価は22年6月時点で2,404ドル(約30万円)とされており、含み損状態にあるこれらのETHが出金されても売却される可能性は低いとのGalaxyの見方に一定の説得力がある。
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Binance Researchの見解
Binance Researchも基本的にコインベースやGalaxyと同様の見解を示しつつ、さらに細かく根拠を示した。まず、イーサリアムのステーキング参加者の57%が、LSD(リキッドステーキングでリバティブ)を使用しており、Lidoの「stETH」やコインベースの「cbETH」など、預けたETHに対して1:1で受け取る代替トークンをいつでも流動化できる状況であることを指摘。上海アップグレードをきっかけに新たな売却圧力を引き起こすことはないと主張した。
Binance Researchによれば、2020年12月以来、イーサリアムのステーキングコントラクトに蓄積された1650万以上のETHのうち、1,600ドルの現状価格で利益を挙げている割合は31%(511万5,000 ETH)に過ぎない。
損失を被っている投資家については「上海のアップグレード後に清算するインセンティブがほとんどない」とBinance Researchは指摘。また、400ドル~700ドルで200万ETHがステーキングされたが、多くがイーサリアムの熱心な支持者によるものであり、売却される可能性は低いと加えている。
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上海アップグレードがETH需要を喚起
上海アップグレードにより、短期的には一定の売り圧力が引き起こされたとしても、中・長期的には需要増加につながると期待する事業者は少なくない。出金機能の欠如を懸念してきた投資家が、新たにETHのステーキングを開始する可能性があるからだ。
分析会社Messariのデータによると、イーサリアム(ETH)の供給量に占めるステーキング分の割合は14%と他のレイヤー1ブロックチェーンの中で最も低い。平均値は65%で、BNBでは90%に達していることから、拡大余地はまだあると見られている。
仮想通貨のインデックスファンド運用会社Bitwise Asset Managementの最高投資責任者Matt Hougan氏は「これまでのような(事実上の)無期限ロックアップが解除されれば、ETHステーキングを求める投資家の割合は爆発的に増える」として、23年末までにETH流通量に対するステーキング率が少なくとも50%上昇すると予測。
投資銀行JPモルガンは「上海アップグレード後にコインベースの個人投資家の95%がイーサリアムのステーキングに参加する可能性がある」と指摘しており、コインベースの年間収益が現在価格で2億2500万ドル(295億円)から5億4500万ドル(700億円)まで拡大すると試算している。
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