目次
前提
逆回転リスクが高まるストラテジー社の今後についてシナリオ別予想を行います。
既にStrategy社は保有ビットコインは含み損を抱えており、また配当支払いの義務を負っています。32BTCだけをマーケットで売却して、ある意味で売却のテストを行いましたが、本格的な売却には至っていません。しかしながら、同社の逆回転リスクは高まっていることは否定しようがないでしょう。
今回は、同社の今後のシナリオを、ノーランディングシナリオ・ソフトランディングシナリオ・ハードランディングシナリオで整理します。
逆回転リスクが高まるストラテジー社の今後についてシナリオ別予想
ノーランディングシナリオ
ビットコイン価格が6万ドルを割らずに回復するパターン
ノーランディングシナリオは、現在のビットコイン価格下落が一時的な需給悪化にとどまり、ビットコイン価格、ETFフロー、MSTR株、優先株市場が比較的短期間で回復するケースです。
このシナリオでは、ビットコイン価格はまずStrategy社の平均取得単価である75,699ドル近辺を回復し、その後80,000〜90,000ドル台へ戻る展開を想定します。MSTR株は再びビットコイン保有価値に対してプレミアムを持ち、STRCも額面100ドル近辺まで回復します。
この場合、Strategy社はビットコイン売却を継続する必要が薄れます。むしろ普通株や優先株を通じた資本調達が再び経済合理性を持ち、売却した32 BTCは「市場に売却可能性を織り込ませるための小規模なテスト」だったという整理になります。
このシナリオで起きること
ノーランディングシナリオでは、Strategy社はまずUSD Reserveを厚くします。5月末時点で900百万ドルのUSD Reserveを保有していますが、今後も配当と利払いを市場に安心させるため、1.0〜1.5十億ドル以上の準備金を維持する方向になると考えます。
そのうえで、MSTR株またはSTRCを中心とする優先株発行を再開し、調達資金の一部をビットコイン購入に回す可能性があります。2026年5月11日から25日の期間には、同社はSTRCとMSTRの売却を通じて24,869 BTCを購入しており、資本市場が開いていれば依然として大規模なビットコイン購入能力を持っていることは確認されています。
このシナリオでは、ビットコイン市場にとって最も重要なのは、Strategy社の売却懸念が後退することです。32 BTCの売却が象徴的な出来事であったのと同様に、再び同社が数千BTC単位で買い越しに戻れば、市場心理は大きく改善します。
ビットコイン価格への影響
ノーランディングシナリオでは、ビットコイン価格の下落局面で形成されたショートポジションや悲観的なポジションが巻き戻されます。
特に、現在のビットコイン市場ではETFフローの影響が大きいと見られています。Citiは、スポットビットコインETFフローが週次のビットコイン価格変動の約45%を説明すると推定しており、足元の価格下落はStrategy社単体の問題というより、新規需要の不足とETF流出の問題でもあります。
したがって、このシナリオでビットコインが明確に反転するには、Strategy社の買い再開だけでは不十分です。米国スポットETFへの資金流入再開、リスク資産市場の安定、暗号資産規制に対する期待回復が同時に必要になります。
そのため、仮に株価が回復しても、2024〜2025年のような過剰なプレミアムが持続する可能性は低下したと考えます。
このシナリオの条件
このシナリオはかなり楽観的なように思います。実際にはアメリカ政府がビットコイン準備金に関して大きな進捗を見せるなど、何かしらの非常にポジティブなニュースが出て、ビットコインの資金フローを急改善するようなイベントがないと実現しにくいと考えられます。
ソフトランディングシナリオ
Strategy社が構造的買い手ではなくなるが、秩序立って縮小するケース
ソフトランディングシナリオは、筆者が現時点で最も蓋然性が高いと考えるシナリオです。
このシナリオでは、ビットコイン価格は急落を避けるものの、75,000ドルを明確に上回るほどの力強い回復には至りません。価格帯としては、しばらく50,000〜75,000ドルのレンジで推移するイメージです。
この場合、Strategy社は直ちに大規模なビットコイン売却を迫られるわけではありません。しかし、以前のように数十億ドル単位で資本を調達し、そのままビットコインを買い増すことも難しくなります。
つまり、Strategy社は構造的買い手ではなくなりますが、直ちに構造的売り手にもならないという状態です。
このシナリオで起きること
ソフトランディングシナリオでは、Strategy社の行動はより防御的になります。
具体的には、以下のような資本政策が想定されます。
- 普通株のATM発行は継続するが、調達額は以前より小さくなる。
- STRCなど優先株の追加発行は、価格が額面を下回る局面では抑制される。
- USD Reserveを維持するため、ビットコインの小規模売却が断続的に行われる。
- ビットコインの新規購入は完全停止または限定的になる。
- 市場に対しては、売却が「配当・準備金管理の一部」であり、戦略変更ではないと説明される。
この場合、Strategy社のビットコイン保有残高は大きく減らない可能性が高いです。しかし、保有残高が増え続けるという前提は崩れます。
これは市場にとって大きな変化です。これまでStrategy社は、ビットコイン価格が下がれば買う主体でした。しかしソフトランディングシナリオでは、同社は下落局面で買い支える存在ではなく、むしろ米ドル流動性確保のために一定量を売る可能性のある主体になります。
売却規模のイメージ
このシナリオでは、売却規模は年間で数千BTCから数万BTC程度にとどまると考えます。
同社の優先株残高は5月25日時点で15.5十億ドルです。単純に年率10%前後の配当負担を想定すると、年間の優先株配当負担は概算で15億ドル超になります。もちろん、すべてをビットコイン売却で賄う必要はありません。普通株発行、既存USD Reserve、事業キャッシュフロー、追加の資本調達も利用可能です。
しかし、ビットコイン価格が60,000ドル台にとどまる場合、15億ドルは約25,000 BTCに相当します。つまり、資本市場が十分に機能しない環境では、配当・利払い・準備金維持のためのBTC売却が、無視できない規模になる可能性があります。
とはいえ、843,706 BTCという総保有量に対して、年間1〜3%程度の売却であれば、市場が吸収できる可能性はあります。問題は、売却量そのものよりも、売却が常態化することで市場が同社を「買い手」ではなく「需給上の上値抑制要因」と見なすようになることです。
ビットコイン価格への影響
ソフトランディングシナリオでは、ビットコイン価格はクラッシュしませんが、上値が重くなります。
ETFフローが弱く、AI株など他のリスク資産へ資金が移る環境では、ビットコインには新規の買い手が不足します。実際、米国上場のビットコインETFからは12セッションで約40億ドルが流出したと報じられており、Strategy社の小規模売却以上に、ETFとデリバティブを含めた需給悪化が価格に影響しています。
この状況でStrategy社が積極的な買い手でなくなると、ビットコイン市場はしばらく「大きな悪材料はないが、買い手も乏しい」状態になります。
筆者はこのシナリオでは、ビットコインは当面レンジ相場になりやすいと考えます。下値では長期投資家や一部ETF需要が支えますが、上値ではStrategy社の買い手不在、ETF流出、マクロ資金のAI株シフトが重しになります。
このシナリオの条件としては、ビットコイン価格が50,000ドル台前半を明確に割らないこと・MSTR株が完全に資本調達不能になるほど下落しない
ハードランディングシナリオ
逆回転が加速し、Strategy社が構造的売り手になるケース
ハードランディングシナリオは、最も警戒すべきシナリオです。
このシナリオでは、ビットコイン価格が60,000ドルを明確に割り込み、50,000ドル台前半、場合によっては40,000ドル台まで下落します。Strategy社の平均取得単価75,699ドルを大きく下回ることで、同社のビットコイン保有価値に対する市場の信認が急速に低下します。
Standard CharteredのGeoffrey Kendrick氏も、ビットコインが60,000ドルを下回る場合、さらなる売り圧力のリスクがあると指摘しています。
このシナリオでは、問題はビットコイン価格の下落だけではありません。MSTR株、STRCなどの優先株、ビットコインETF、Strategy関連レバレッジ商品が相互に悪影響を及ぼすことで、逆回転が加速します。
このシナリオで起きること
ハードランディングシナリオでは、まずMSTR株のプレミアムが急速に消えます。
ビットコイン価格が下落すると、Strategy社の保有BTCの時価は下がります。執筆時点のビットコイン価格62,622ドルを用いると、同社の843,706 BTCの時価は約528億ドルです。一方、同社には6.7十億ドルの転換社債と15.5十億ドルの優先株が存在します。
この構造では、普通株はビットコイン価格の下落に対してレバレッジされています。ビットコイン価格が下がるほど、普通株主に残る残余価値は急速に縮小します。
次に、優先株の価格が下落します。STRCは額面100ドルを中心に安定させる設計ですが、執筆時点では95.42ドルで取引されています。これが90ドル、80ドルと下落すれば、Strategy社は優先株を発行して資金を調達することが難しくなります。
普通株でも優先株でも十分に資金を調達できなくなると、残る選択肢はUSD Reserveの取り崩し、配当政策の見直し、またはビットコイン売却です。
配当政策の見直しは、優先株市場の信認を大きく損ねます。したがって、同社は信用維持のためにビットコイン売却を選びやすくなります。これはまさに構造的売り手化です。
逆回転のメカニズム
ハードランディングでは、次のようなフィードバックループが発生します。
- ビットコイン価格が下落する。
- MSTR株が下落する。
- MSTR関連ETFやレバレッジ商品から資金が流出する。
- STRCなど優先株も下落し、資本調達コストが上がる。
- Strategy社がUSD Reserve維持と配当支払いのためにBTC売却を増やす。
- 市場が将来の売却を先回りしてビットコインを売る。
- ビットコイン価格がさらに下落する。
- MSTR株と優先株がさらに下落する。
この場合、実際に売却されたBTCの数量よりも、将来売却される可能性のあるBTCが市場にとって問題になります。
Strategy社は843,706 BTCを保有しており、これは同社の強みであると同時に、ハードランディング局面では市場が意識する潜在的な供給源になります。5月末の32 BTC売却は極めて小さいものでしたが、市場が恐れているのは32 BTCではなく、将来の数万BTC、あるいは10万BTC規模の売却可能性です。
どの程度のBTC売却があり得るか
ハードランディングシナリオでは、売却規模は大きくなります。
たとえば、同社が年間15億ドル超の優先株配当負担をビットコイン売却で相当程度賄う必要に迫られた場合、ビットコイン価格が50,000ドルなら30,000 BTC超、40,000ドルなら37,500 BTC超に相当します。
さらに、USD Reserveを1十億ドル規模で維持する必要がある場合や、将来の債務償還・買戻しに備える必要がある場合、売却規模はさらに増えます。
ただし、即時破綻シナリオではありません。重要なのは、ハードランディングシナリオは必ずしも即時破綻を意味しないという点です。
同社のビットコイン保有量は依然として大きく、ビットコイン価格が極端に下落しない限り、負債と優先株の合計額を大きく下回るわけではありません。また、優先株はビットコインで直接担保されているわけではなく、オンチェーン上で強制清算されるような構造でもありません。
したがって、ハードランディングは「即座に破綻する」というより、「資本市場からの信認が低下し、同社がビットコインを買えなくなり、むしろ売る側に回る」というシナリオです。
市場にとってはこちらの方が重要です。Strategy社が破綻するかどうかよりも、同社が今後ビットコイン市場の需給に対して継続的な売り圧力になるかどうかが問題だからです。
ビットコイン価格への影響
ハードランディングシナリオでは、ビットコイン価格は単なるマクロ要因やETFフローだけでなく、Strategy社関連の信用不安によって下落します。
この場合、ビットコインは「デジタルゴールド」や「機関投資家採用」というナラティブではなく、「レバレッジド・トレジャリー企業の巻き戻し資産」として見られる可能性があります。
特に、以下の水準を割ると市場心理は悪化しやすいと考えます。
- 60,000ドル:さらなる売り圧力が意識される水準。
- 55,000ドル:Strategy社の含み損が一段と拡大し、優先株市場が不安定化しやすい水準。
- 50,000ドル:同社の資本調達余力と配当維持能力への疑念が本格化する水準。
- 40,000ドル台:MSTR普通株が残余価値に対して大きく調整し、BTC売却懸念が市場の中心テーマになる水準。
このシナリオでは、ビットコインは一時的にファンダメンタルズではなく、強制的・準強制的な需給で価格形成されます。
このシナリオの条件
ハードランディングシナリオが現実化する条件は、以下です。
- ビットコイン価格が60,000ドルを明確に割り、回復できないこと。
- ETFフローの流出が継続すること。
- MSTR株がビットコイン保有価値に対して大きなディスカウントまたは低いプレミアムで推移すること。
- STRCが90ドルを割り込み、優先株発行が実質的に機能しなくなること。
- Strategy社のBTC保有残高が連続して減少すること。
- USD Reserveが減少し、配当・利払いへの市場不安が広がること。
この条件が複数同時に起きた場合、Strategy社は構造的売り手として市場に認識される可能性があります。
総括
今回のStrategy社による32 BTC売却は、金額としてはほとんど無視できる規模です。しかし、象徴的には極めて重要です。
これまでのビットコイン市場では、Strategy社は「下がれば買う主体」であり、「売らない主体」でした。今回の売却によって、その前提は修正されました。
今後の焦点は、Strategy社が再び資本市場を使ってビットコインを買えるのか、それとも配当・利払い・準備金維持のためにビットコインを売る主体になるのかです。
筆者の主観では、あくまで執筆時点の予想で、
- ソフトランディング 40%
- ハードランディング 40%
- ノーランディング 20%
を予想します。
Strategy社は直ちに大規模売却を迫られるわけではなく、保有BTCの大半を維持しながら、普通株発行、小規模なBTC売却、USD Reserve管理を組み合わせて時間を稼ぐと考えます。
しかし、ハードランディングリスクは上昇しています。ビットコイン価格が60,000ドルを割り込み、STRCがさらに下落し、ETF流出が継続する場合、Strategy社の資本調達装置は逆回転します。その場合、同社はビットコイン市場における構造的買い手ではなく、構造的売り手として認識される可能性があります。
筆者は今後数週間から数ヶ月、ビットコイン価格と同時に、MSTR株、STRC価格、USD Reserveの推移をより重視して観察するべきだと考えます。Strategy社の問題は、すでに単一企業の財務問題ではなく、ビットコイン市場全体の需給構造に関わる問題になりつつあります。
※免責事項:本レポートは、いかなる種類の法的または財政的な助言とみなされるものではありません。
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