目次
連載「今更聞けないWeb3」第4回
告白
NFTって結局なんなの、と聞かれて、答えに詰まる。
「デジタルアートでしょ」と言いかけて止まる。アートというなら、絵の話なのか、所有の話なのか、どちらの話なのかが曖昧だ。「ブロックチェーン上の所有権だよ」と言いかけて止まる。所有権というなら、何の所有権なのか。画像なのか、リンクなのか、それともリンクへのリンクなのか。
毎回ここで詰まる。同じ場所で、毎回。
そして、もう一つ喉に引っかかっている小骨がある。
画像なら、右クリックで保存できる。スクリーンショットでも、いくらでもコピーできる。元の画像と寸分違わない複製が、自分のローカルにも、別の誰かのスマホにも残る。それなのに、誰かが「これは自分のものだ」と言い、その言葉に何千万円、何億円という値段がついた。
複製可能なものを所有する、というのが、どうしても腑に落ちなかった。
連載の第1回で書いたBitcoinは、法定通貨への不信任票だった。価値の根拠を、人間ではなくコードに置き換えようとした最初の実験だった。第2回で書いたEthereumは、信用の置き場を、国家や銀行からコードへ移そうとする試みだった。第3回で書いたステーブルコインは、それ自体は新しい何かを生まなかった。ただドルという既存の救済を、ブロックチェーンの上を24時間走る配管に乗せ替えた——「決済の再配置」だった。
価値、信用、決済。それぞれ、何かが再配置されてきた。
ではNFT(non-fungible token、ブロックチェーン上に記録される一意で代替不可能なデータ単位)は、何を再配置しようとしたのか。
まずは、推した側の言い分を並べてみる。
クリエイターが、ギャラリーや出版社という中間搾取を介さず、直接ファンと繋がる。二次流通のたびに、ロイヤリティが永久に自動で還流する。ブロックチェーンが「これが本物だ」を保証することで、デジタル作品にも来歴が宿る。PFP(Profile Picture)を掲げれば、新しい形の所属と自己表明が可能になる。一握りのエリートが独占していた美術と所有の世界が、誰にでも開かれる。
そう書かれていた。そう語られていた。聞き心地は、よくできていた。そうなんだ、と聞いていた。
今回はその問いと向き合う。ただし、いつもと違って、思想家から入らない。読者がすでによく知っている、もっと俗っぽいものから入る。ゴルフ会員権だ。
ゴルフ会員権を見る
ゴルフ会員権、と聞いて何を思い浮かべるだろうか。
バブル期の象徴。1980年代後半、東京近郊の名門コースの会員権は、一枚で数千万円、ものによっては億を超えた。サラリーマンが住宅ローンを組むかわりに、ゴルフ会員権ローンを組んだ。会員権相場誌が書店に並び、株式と並ぶ投資対象として扱われた。バブル崩壊後に多くは大暴落したが、それでもなお、現在も一部の名門コースの会員権は資産として機能している。霞ヶ関、小金井、相模、東京ゴルフ倶楽部——名門と呼ばれる会員権は、価格を維持し、相続され、譲渡され、市場で売買されている。
ここで素直に立ち止まってしまう。なぜ「権利」が資産になり得るのか。
ゴルフ会員権は、モノではない。会員証は渡される。だが、紙だ。コースが手に入るわけでも、土地が手に入るわけでもない。手に入るのは、「この特定のコースでプレーする権利」と「会員として遇される立場」だ。それだけだ。それだけが、何千万円もの値札を背負っている。
少し角度を変えて考えてみる。所有とは何だろうか。
普通に考えれば、所有とはモノを持つことだ。車を所有する、家を所有する、本を所有する。非常に明快だ。だが、ゴルフ会員権の場合、所有しているモノが存在しない。あるのは、コースとの関係、クラブとの関係、他の会員との関係、市場との関係——関係の束だけだ。それでも、それは確かに資産として成立する。
19世紀末、経済学者のThorstein Veblen(ソースタイン・ヴェブレン)が『有閑階級の理論』で書いたことを思い出す。人は使うためだけに所有しない。見せるためにも所有する、と。実用価値だけで所有を説明しようとすると、説明しきれないものが必ず残る。残るのは、「他者の目」だ。誰かに見られていて、誰かが「あの人はあれを持っている」と認識する——その認識の総体が、所有を成立させている。所有は、自分とモノとの関係ではない。自分とモノと他者との、三項関係だ。
ゴルフ会員権は、その三項関係の塊だった。プレーするという実用、クラブの一員であるという立場、それを他者が認識するというステータス、そして売買できる市場。これらが揃って、初めて「権利」が資産として立ち上がった。
ここで一つ仮置きしておきたい。ゴルフ会員権は、ゴルフ場がある会員権だ。当たり前のことを当たり前に言っているように聞こえる。だが、この当たり前の話に後半でもう一度戻ってくる。
所有の4つの顔と、NFTが足した履歴
繰り返しになるが、第1回ではBitcoinを使用価値と交換価値の非対称性から見た。NFTもまた、使用価値だけでは説明できない。ただし今回は、価値ではなく、所有そのものを分解する必要がある。
ではゴルフ会員権を分解してみよう。所有を成り立たせている顔が、いくつか見えてくる。
利用。プレーできる。予約できる。コースを歩ける。ラウンジを使える。これは所有の最も素朴な顔だ。実用としての所有。
所属。自分はあのクラブの会員である、という立場。集団への帰属。会員食堂で同じテーブルにつく相手が決まる。これも所有の重要な側面だ。
顕示。あのクラブの会員であることを、他者に示せる。バッグタグ、会員証、紹介の場面で「私、○○の会員です」と言える権利。Veblen的な、見せるための所有。
流動性。売買できる。市場がある。価格がつく。現金化できる。所有はいつでも所有のままではなく、別の形に変換できる。これが資産としての所有を支える。
ここまでが、所有の4つの顔だ。
そしてNFTが、ここに何かを足した。履歴。
誰がいつ、どのトークンを所有していたか、すべてがブロックチェーン上に記録される。記録は改ざん耐性が高い。半永久的に残る。前の保有者、その前の保有者、最初の発行者まで、全部辿れる。これは、過去の所有形式にはなかった次元だ。
ゴルフ会員権では、前の保有者が誰だったかはほとんど気にしない。市場で取引されるとき、来歴は売買契約書の片隅に残る程度で、価格にも価値にもほぼ関係しない。誰が以前持っていたかではなく、自分がいま持っている、という現在形だけが重要だ。NFTは、この「過去の保有者」を所有の中心に置き直した。
整理してみる。
図1. 所有の4つの顔と、もう1つの時間軸——ゴルフ会員権・NFTの比較。筆者作成
図表にすると、少し綺麗すぎる気もする。だがNFTの気持ち悪さは、たぶんこの綺麗すぎる分解の中にある。
右端の「生き残ったNFT」は結論を少し先取りしている。まずは、多くのNFTに何が足りなかったのかを見る。
ただし履歴だけは、他の4つと少し違う。利用・所属・顕示・流動性が所有を「広げる」次元——誰とどう関わるかという社会的な広がり——だとすれば、履歴はその所有に時間を与える垂直な記録だ。他の4つが空間的だとすれば、履歴は時間的だ。横に広がる次元と、縦に積み上がる次元。性質がまるで違う。
加えて、ブロックチェーンに残るのは、所有移転の履歴だ。誰がいつ買って誰に売ったか、それは正確に残る。だが、それがなぜ意味を持ったかは、台帳には残らない。これは後半で大事になる。
第1回で、ゴールドが価値を持つ理由として4つの条件——安定・希少・加工可能・美しい——を整理した。4つの条件をすべて満たす元素は、周期表の中にゴールド以外存在しなかった、と書いた。
今回の話は、その構造に少し似ている。所有が資産として成立するためには、4つの顔が揃っている必要があった。利用・所属・顕示・流動性。これらが揃わないと、所有は「私的な所有感」に留まり、「資産としての所有」には届かなかった。ゴールドの4条件のように、欠ければ崩れる構造だ。
そしてNFTは、その4つに加えて、5つ目の縦軸を足した。ただし、5つを綺麗に並べた完全な5次元ではない。「4つの顔と、もう1つの時間軸」と呼んでおきたい。
NFTを当てはめる
では、NFTを当てはめてみる。図1の2列目だ。
図1. 所有の4つの顔と、もう1つの時間軸——ゴルフ会員権・NFTの比較。筆者作成(再掲)
利用は、弱い。
ほとんどのNFTには、実用がない。画像をプロフィールに設定できる。それは正直、画像ファイルを保存しても同じことができる。ゲーム内アイテムとして使えるNFTもあるが、運営するゲームのサービスが終わると、アイテムは事実上死ぬケースが多い。別のゲームでも持ち運んで使える設計を目指したのがブロックチェーンゲームの理想で、その理想が機能している実例も一部には存在する。だが、それが業界の標準となるところまでは届いていない。実物の引換券として機能するNFTもあるが、それはNFTでなくても良い設計が多い。多くのNFTを買った人間は、買った後で「これ、何をするためのものだろう」と気づく。利用の顔は、ほぼ機能していなかった。
所属は、不安定だ。
NFTを買うと、専用のDiscordサーバーに入れる。コミュニティの一員になる。当初はそう設計された。だが、Discordは熱が冷めれば過疎化する。プロジェクトのリーダーが姿を消せば、コミュニティは霧散する。所属の感覚が、ゴルフクラブのように建物と理事会とメンバー名簿に支えられていない。チャットログだけが頼りだ。プロジェクトの熱が冷めた瞬間に、所属の感覚は消える。長く続いた所属を維持できたプロジェクトは、ごく一部だった。
顕示は、強い。
ここだけは、NFTが強かった。プロフィール画像(PFP、Profile Picture)としてTwitterやDiscordに表示すれば、「あの作品のホルダーである」と一目でわかる。CryptoPunks、BAYC、Pudgy Penguins——これらのPFPは、それを掲げているだけでアイデンティティを表明できた。Veblenが100年以上前に書いた「他者の目のための所有」が、SNS時代に最も鮮やかに再来した。
PFPは作品というより、属性の組み合わせとして消費された。髪型、背景、肌色、装着物、組み合わせのレアリティ。哲学者の東浩紀が『動物化するポストモダン』で「データベース消費」と呼んだ構造は、NFTでは所有の形式として現れた。物語ではなく、要素の組み合わせを所有する。CryptoPunksの一枚一枚は、その組み合わせのレアリティに値札がついた典型例だ。
流動性は、強かった——バブル期だけは。
2021年のピーク時、OpenSea一社の月間手数料収入だけで3億ドル規模に達していた(平野淳也、HashHub Research、2024年3月)。マーケットプレイスとしてはBlur、X2Y2、LooksRareが続々と参入し、価格は常に動いていた。当時、フロアプライス(プロジェクトの最低取引価格)は分単位で変動し、人々は寝る前に売買を決断した。流動性は、確かにあった。
ただし、それはバブル期だけだ。2022年以降、多くのプロジェクトのフロアは静かに崩れた。OpenSeaの売上はピーク時の約1/50にまで縮小し、市場全体のEffective Royalty Rate(クリエイターへの実効ロイヤリティ)は5%から0.4%にまで落ちた。「売れる」という流動性の前提自体が消えた。資産であるための条件のうち、最も基本的な「現金化できる」が成立しなくなった。
履歴は、唯一強い。
ブロックチェーン上に、所有移転の履歴が残る。誰がいつ買ったか、誰に売ったか、いくらで売ったか、すべて残る。改ざん耐性が高い。誰でも閲覧できる。これは確かに、過去の所有形式にはなかった精度の記録だ。
これまでの議論を整理する。NFTで唯一明確に強かったのは、履歴だけだった。残り4つの顔のうち、顕示は強かったが、利用は弱く、所属は不安定で、流動性はバブル期に依存した。ブロックチェーンが解決したのは、所有の4つの顔と、もう1つの時間軸のうち、ただ一つ——所有移転の履歴の証明——だけだった。ゆえに、残りはすべて、プロジェクト側が独立に作り上げる必要があった。
そして、ほとんどのプロジェクトは、それを作り上げられなかった。
履歴は残る、だが歴史にはならない
ここで、NFTから少し離れたい。画像の話をしていたはずなのに、どうしても歴史の話をしたくなる。履歴と歴史。この二つを分けないと、NFTの気持ち悪さがうまく掴めない気がする。
歴史家のE.H. Carr(エドワード・ハレット・カー)は『歴史とは何か』で、こう書いた。歴史とは、無数の事実から歴史家が選び取って物語に編んだもののことだ、と。すべての事実が等しく歴史になるわけではない。歴史家は捨てる。膨大な事実のうち、ほとんどを忘却の海に流す。残るのは、わずかな選ばれた事実だけだ。
なぜ捨てるのか。捨てなければ、何も浮かび上がらないからだ。
少し考えてみてほしい。仮に、ある人物の人生のすべてが記録されたとする。生まれた瞬間から死ぬ瞬間まで、一秒残らず、すべての行動、すべての言葉、すべての呼吸が映像と音声と心拍と血圧として、完全に保存されているとする。これは「すべての記録」だ。だが、これを「人生の歴史」と呼べるだろうか。
呼べない。
「すべての記録」は、まだ歴史ではない。歴史というのは、その膨大な記録の中から、誰かが「これが重要だ」と選び取り、文脈の中に並べ直し、意味を与えたものだ。記録が無限に存在しても、選び手がいなければ、それは事実の堆積でしかない。砂浜の一粒一粒の砂を全部記録しても、それは「砂浜の歴史」にはならない。
Walter Benjamin(ウォルター・ベンヤミン)が『複製技術時代の芸術作品』で書いたアウラの話を、ここに重ねたい。
アウラとは「いま、ここ」にしかない一回性のことだ。原画は美術館に行かなければ見られない。礼拝のように、特定の時間と場所で出会うしかない。複製技術はその一回性を破壊する。アウラは消える。
NFTを最初に語った人々は、ブロックチェーンが「これが本物のオリジナルだ」と保証することで、デジタル作品にもアウラを取り戻せると考えた。
だが、自分のBenjamin読みでは、これは構造的な見当違いだった。Benjaminが書いたのは「複製技術がアウラを破壊する」という観察で、その逆向き——複製不能性さえ確保すればアウラが戻る——までは含意していない。アウラの中心は、「いま、ここ」にしかない一回性、礼拝という特定の文脈の中で出会う体験の質、にある。複製可能性の有無は、その体験を破壊する一要因に過ぎなかった。
NFTは、アウラという体験の質を、履歴というデータの量で代替しようとした。たぶん、そこに無理があった。
Bored Apesの画像をスマホで見ても、美術館で原画と対峙するような体験は生まれない。生まれようがない。スマホは礼拝の場所ではないからだ。
ここで、ありそうな反論を一つ先に拾っておきたい。「NFTはそもそも歴史を作りたかったのではない、ただ取引の記録を残したかっただけだ」という見方だ。だが告白で並べたとおり、NFTを推した側は「来歴が宿る」「これが本物だ」と語っていた。記録だけなら、データベースで足りる。NFTが背負わされたのは、それより重い何かだった。それを言葉にすれば、歴史だ。
Carrに戻る。
ブロックチェーンが残すのは、歴史ではなく履歴である。誰が、いつ、どのトークンを持ったかは残る。だが、それがなぜ意味を持ったのかは、台帳だけでは残らない。
人間が歴史を作るためには、どうでもいい事実を忘れる作業が必要だ。歴史家は事実を選ぶ。選ぶというのは、捨てるということだ。捨てなければ、何も浮かび上がらない。
ブロックチェーンはその忘却を許さない。すべての所有移転を等しく刻み、等しく残す。Aliceの取引も、Bobの取引も、何の意味も持たなかった単なる投機の取引も、文化史的に決定的だったかもしれない取引も、全部同じ重さで台帳に並ぶ。そこには差がない。何が選ばれ、何が捨てられたかが区別されない。
すべてを記録する装置は、すべてを忘却する装置と、構造的に同じ場所に立っている。
これこそがNFTのジレンマだ。所有の記録は完璧に残る。だが、その記録の中から「これが意味を持った」と選び取って物語に編む作業——歴史を作る作業——は、ブロックチェーンの外でしか起こらない。誰かが、台帳の外で「この作品は重要だった」と語り、書き、議論し、選び取らなければ、履歴は歴史にならない。
そして、その語りと選びは、コミュニティの中でしか起こらない。プロジェクトに継続的なコミュニティがあれば、その中で誰かが歴史を編む。コミュニティが霧散すれば、誰も編まない。台帳には膨大な取引履歴が残るが、それを意味付ける人間がいなくなる。
NFTは所有を再配置しようとして、所有の中の「履歴」次元だけを過剰に強化した。垂直な記録だけが異常に発達した、尖った杭のような資産だった。だが、所有が資産として成立するためには、履歴だけでは足りなかった。利用が、所属が、顕示が、流動性が、そして何より、その記録に意味を与え続ける人間の営みが、必要だった。
余談——文脈をオンチェーンに積み増そうとした試み
ここで一つ、寄り道をしておきたい。
「履歴は残るが歴史にはならない」という違和感に、当時のWeb3業界自体も気付いていなかったわけではない。NFTバブルが膨らみ続けていた2021年10月、Context.appというプロダクトがベータ公開された。共同創業者の一人Adam Ludwinは、それ以前にブロックチェーン企業Chainを立ち上げ、Stellarに売却した実績のある人物だ。
Context.appが掲げた理念は、「コミュニティが文脈を編む、Web3の補助層(A community-powered contextual layer for Web3)」というものだった。
「補助層」というのが効いている。台帳そのものではなく、台帳の傍らに文脈を積み上げる層を作る。誰がどのトークンを買ったかは台帳に残るが、なぜ買ったか、何を考えていたか、その作品がコミュニティの中でどんな位置にあったかは、台帳には残らない。Contextはその欠落を埋めようとした。具体的には、Twitterでフォローしている有名人やDAOのウォレットを、Instagram風のフィードで眺められる仕組みだった。「文脈」のフォーマットとしては、当時最先端の試みだったと言える。
2022年4月、Contextは有力VCのVariant Fundをリードに、1,950万ドルのseed roundを調達した。
その7ヶ月後。同年11月、共同創業者2名は「JPEG Fund I GP」というNFT投資ファンドを立ち上げた。Context.app本体は、静かに姿を消した。
1,950万ドルでも、文脈の層は積み上がらなかった。
理由は推測できる。台帳に新しい取引を書き込むときは、参加者全員にそれが利益になる。送金者は資産を移動でき、受領者は資産を得る。だから書く。一方、過ぎ去った取引に文脈を書き残しても、書いた本人には直接の利益がない。読み手にとっての価値はあるかもしれないが、書き手にとっては仕事だ。利益は得られず、仕事だけが残る。
タダでWikipediaを編集する人間は地球上に数十万人いる。彼らは「Wikipediaという共有物のために」書いている。NFTの個別作品の取引履歴に、同じ動機を引き出すだけの共有性があったかというと、なかった。
Context.appの創業者たちが立ち上げ直したのは、文脈を編む層ではなく、NFTで売買して儲ける投資ファンドだった。
理念で人は動かない。金で人は動いた。NFTの世界は、そういう結論を得た。
なぜ多くは崩れたのか
まずは事実から確認する。
2021年のNFTバブルは、本当に異常だった。BAYCのフロアは150ETH(当時で約7,000万円)を超えた。CryptoPunksは数千万円、ものによっては数億円で取引された。1日数千の新規プロジェクトが立ち上がり、Twitter(現X)のタイムラインはミントの告知で埋まった。
そして、2022年から2023年にかけて、ほとんどが静かに崩れた。
ここに事実を一つだけ置く。2021年にローンチされたNFTプロジェクトのうち、2024年時点で取引可能な流動性を維持していたのは、ごくわずかだ。多くのプロジェクトはフロアがほぼゼロに近づき、所有者は売ろうとしても買い手がいない状態に陥った。プロジェクトのDiscordは過疎化し、運営者は姿を消し、当初の「ロードマップ」は実行されないまま放置された。
何が起きたのか。図1の2列目に戻ってみる。
図1. 所有の4つの顔と、もう1つの時間軸——ゴルフ会員権・NFTの比較。筆者作成(再掲)
利用は、最初からなかった。 所属は、Discordの賑わいが消えると同時に消えた。 顕示は、フロアが暴落するとともに無意味になった。「持っている」と見せても、市場が「価値がない」と評価しているものを誇示できる人はいない。 流動性は、買い手がいなくなった瞬間に消えた。
残ったのは、履歴だけだった。
ブロックチェーンには、誰がいつ買って誰に売ったかが、永遠に刻まれた。だが、その履歴に意味はもう与えられていない。誰も語らない。誰も覚えていない。台帳には数字が並んでいるが、その数字が何を意味したのかを語る人間が、もういなくなった。
序盤で仮置きしたフレーズに戻る。ゴルフ会員権は、ゴルフ場がある会員権だ。あれは当たり前のことを言ったように見えたが、ここで効いてくる。
ほとんどのNFTは、ゴルフ場のない会員権だった。
会員証だけはある。台帳に名前が刻まれている。だが、コースがない。プレーできない。クラブハウスがない。集まる場所がない。バッグタグを示しても、誰も「あのクラブの会員ですね」と認識してくれない——なぜなら、そのクラブはもう、ほとんど誰も覚えていないからだ。
連載の第1回で、Bitcoinについて「消えなかった、なぜか」と問うた。何度も「終わった」と言われながら、Bitcoinは消えなかった。価格は何度も暴落したが、ネットワークそのものは止まらず、世界中で取引され続けた。
NFTでは、その問いの裏返しが起きた。ほとんどが消えた、なぜか。
理由は、ここまでの議論で半分以上、見えてしまっている。資産として成立するための4つの顔ともう1つの時間軸のうち、ブロックチェーンが提供できたのはせいぜい1つ半(履歴と、間接的に流動性)で、残りはプロジェクト側が独立に作る必要があった。そして、ほとんどのプロジェクトは、それを作る体力も、意志も、戦略も持っていなかった。
中身の薄い器を、全員で価値あるものとして扱おうとした。集団的自己暗示の取引会だった。全員が王の新しい服を讃えるパレードだった。そう言ってしまうと少し残酷だが、NFTバブルの一部にはそういう空気があった。
なぜ一部は残ったのか
ただし、すべてが崩れたわけではない。
ごく一部のプロジェクトは、生き残った。生き残っただけでなく、価値を維持し、拡大し、ブランドを築いている。なぜそれらが残ったのかを見ていくと、NFTという形式そのものの可能性と限界の両方が、もう少しはっきり見える。
CryptoPunks。2017年にLarva Labsが発行した、最初期のNFTプロジェクトだ。1万体のドット絵のキャラクター、それぞれが少しずつ違う属性を持っている。今もフロアプライスは数十ETH——日本円にして数千万円の水準で取引が成立している。
細かい補足を一つ入れる。CryptoPunksが発行された当時、いま「NFTの標準規格」とされるERC-721——イーサリアム上で一意なトークンを扱うための規格——は、まだ存在しなかった。Larva Labsは、本来は通貨のような代替可能なトークン(同じ価値で互いに交換できるトークン)のための規格であるERC-20を、独自にカスタム実装して使った。規格が先にあってプロジェクトが生まれたのではなく、プロジェクトが先にあって、規格はあとから追いついた。
なぜ残ったか。一つの大きな要因は、「最初である」という事実そのものが、所有の重みになったからだ。CryptoPunksは、現代的なNFTという形式が誕生したその瞬間に立ち会っていた。後発のすべてのPFPプロジェクトの祖型であり、その意味で交換不可能な歴史的位置にいる。
ここで、消えたと思われたアウラが、一部だけ復活する。「最初のもの」という礼拝価値だ。Benjaminが書いたアウラの本質——一回性、特定の時間と場所への結びつき——が、「2017年に最初に作られた」という歴史的一回性として、CryptoPunksには宿っている。スマホで画像を見ても複製でしかないが、「これがあのオリジナルである」という礼拝的な距離感が、所有の中に残っている。
加えて、Larva Labsはこの作品をクリスティーズやサザビーズに持ち込み、伝統的アート市場の文脈に接続させた。美術館でも展示された。「現代美術の文脈の中で、この作品は意味を持つ」という、ブロックチェーンの外側での歴史化の作業が、ここでは進行している。台帳の外で、誰かが選び、語り、残してきた。だから残った。
Pudgy Penguins。2021年にローンチされた8,888体のかわいいペンギンのPFPプロジェクトは、2022年に一度ほとんど崩壊しかけた。当初の運営チームが資金を持ち逃げするスキャンダルが起き、コミュニティは分裂し、フロアは数ETHから0.3ETHまで落ちた。
そこからどう復活したか。新しい運営チームが、NFTそのものを売るのではなく、Pudgy Penguinsをブランドとして再構築する戦略に切り替えた。Walmartで実物のぬいぐるみを売り、Amazonでも展開し、子供向けキャラクターブランドとしてリアルワールドに進出した。Huddleと呼ばれるコミュニティイベントを開催し、世界中のホルダーが実際に集まる場所を作った。
つまり、最初は「ゴルフ場のない会員権」だったものに、後からゴルフ場を建てた。利用を、所属を、顕示の現実世界での裏付けを、後から獲得した。
ただし、ここに一滴の留保がある。Pudgy Penguinsの成功は、NFTの本質的な勝利というより、古臭いブランド・マーケティングの勝利だったのかもしれない。Walmartで売れたのは、NFT技術が偉大だったからではない。可愛いペンギンキャラクターの商品として、子供と親が買ってくれたからだ。Web3という魔法を使わなくても、誠実な商売をすれば道は開ける、という、あまりに当たり前で、あまりにWeb3的ではない結論が、ここでは滲んでいる。
それでも、Pudgy Penguinsは生き残った。NFTの中に閉じずに、NFTの外に出ることで生き残った。
Art Blocks。2020年に始まった、ジェネラティブアート(プログラムによって自動生成されるアート)のプラットフォームだ。ここではジェネラティブアートの歴史的な系譜——1960年代のコンピューターアート、Sol LeWittの命令型アート——が、ブロックチェーン以前から続く確かな文脈として存在する。
Art Blocksが残ったのは、ブロックチェーンが本質ではなく、ブロックチェーン以前から続くアート史の文脈の中に位置を持っていたからだ。礼拝価値が、最初から、別の場所で確保されていた。この種の作品に対する考察は、HHR(HashHub Research)ではmasao i氏が「NFTの普遍性と個別性」シリーズで書き残してきた。台帳に乗ったのは、その文脈の上での「いま、ここ」の証明にすぎなかった。
3つのケースに共通しているのは、ブロックチェーンの外側で何かが起こっていた、ということだ。CryptoPunksは「最初である」という歴史的位置で、Pudgy Penguinsは現実世界のブランド事業で、Art Blocksはアート史の文脈で。台帳の外側で、誰かが意味を語り、選び、編んでいた。だから履歴は歴史になり始めた。
NFTだから残ったのではない。NFTを超えて何かを獲得したから残った。
ここで、HHR内の別の視点にも触れておきたい。HHRでは、でりおてんちょー氏がNFT市場を「NFT 1.0からNFT 2.0への移行」として論じてきた。NFT 1.0は投機商品としてのNFT、NFT 2.0は機能的トークンとしてのNFT——彼の枠組みでは、転換の中心は「投機からユーティリティへ」だ。
本稿はゴルフ会員権という俗物的な比喩から所有構造を見るが、彼の分析は同じ転換を市場データやプロジェクト戦略の側から記述している。同じ現象を、別の語彙で描いている。
おわりに——所有の再配置
連載の比喩を並べ直す。
Bitcoinは、金の延べ棒だった。価値の保存装置。動かさないことに意味があった。
Ethereumは、神官のいない神殿だった。信用のインフラ。契約と所有を刻む場所。
ステーブルコインは、ドルの影だった。価値ではなく、配管。本体は銀行の中で休み、影だけが24時間走った。
そしてNFTは、履歴だけが残った会員権だった。
所有の4つの顔と、もう1つの時間軸——利用・所属・顕示・流動性・履歴——のうち、ブロックチェーンが提供できたのは、最後の「履歴」だけだった。残りの4つは、プロジェクト側が独立に作り上げる必要があった。そして、ほとんどのプロジェクトは、それを作り上げられなかった。だから、ほとんどのNFTは「ゴルフ場のない会員権」になった。生き残ったごくわずかは、台帳の外側で歴史を編む営みを、別途確保していた。
結局のところ、NFTが再配置しようとしたのは、所有という形式だった。所有を、モノから切り離して、純粋な記録として抽出しようとした。だが、抽出は再配置と同じではなかった。所有を成立させていたのは、記録だけではなかった。利用が、所属が、顕示が、流動性が、そして何より、その記録に意味を与え続ける人間の営みが、所有を所有たらしめていた。それらを欠いた純粋な記録は、所有の幽霊にしかなれなかった。
嫌な言い方だが、少なくとも自分にはそう見える。
図2. 暗号資産・伝統資産の7分類(筆者による暫定分類)。筆者作成(連載第1回より再掲)
連載の最初に置いた分類表に戻ると、NFTはやはり扱いに困る。価値保存でも、決済でも、信用の土台でもない。所有の形式を切り出したもの、とでも呼ぶしかない。
ただ、CryptoPunksが100年後に美術館に並ぶ未来は否定できない。いまは履歴にすぎないものを、後世の誰かが歴史として読み直す可能性はある。その可能性を、自分はまだ笑い切れないでいる。
次回はRWA(Real World Assets、実物資産のトークン化)を扱う。ステーブルコインがドルを運んだとすれば、RWAは何を運ぼうとしているのか。小切手の切り取りに見える。質屋にも見える。仲介が必要なら中央集権の構造は残っているのではないか。そういう違和感と、次回は向き合いたい。
詰まったまま、先に進む。
連載「今更聞けないweb3」第4回 / 全10回予定
HashHub Research × CoinPost|レポート一覧
CoinPost掲載レポートを見る →参考文献
- Thorstein Veblen『有閑階級の理論』(1899年)
- E.H. Carr『歴史とは何か』(1961年)
- 東浩紀『動物化するポストモダン』(2001年)
- ヴァルター・ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』(1936年)
- Adam Ludwin, Mirror「A community-powered contextual layer for Web3」(2021年10月)/Decrypt「Context App Makes NFT Trading Feel Like Instagram」(2021年10月3日)
- 平野淳也 トップNFTマーケットプレイスOpenSeaはいかにそのビジネスモデルを失ったか (2024年3月)
本稿の流動性議論で参照したマーケット縮小と手数料崩壊のデータを、事業者目線で詳述。
HASHHUB RESEARCH
HashHub Researchは、暗号資産・ブロックチェーン領域に特化した国内有数の調査・分析サービスです。
機関投資家や事業会社向けに、マクロ経済・プロトコル分析・市場動向など多角的なレポートを提供しています。本レポートはSBI VC トレードの口座開設者を対象とした限定コンテンツの一部です。
無料口座開設でHashHub Researchのレポートが読み放題
SBIグループのVCTRADEサービス かんたん口座開設の手順
申込みフォームへの入力所定のフォームに氏名や住所などの個人情報を入力する
本人確認書類の提出スマートフォンから顔写真と書類(マイナンバーカード等)を撮影・提出する
ログイン・入金審査完了後、ログインIDが届いたら即時入金サービス等を使って資金を移す
【ご注意事項】
本サービスで提供される内容は、情報提供が目的であり、投資推奨や法的・税務アドバイスではありません。暗号資産投資はユーザー自身の調査と責任において行っていただきますようお願い申し上げます。提供される情報は信頼性のある情報源から得ておりますが、その正確性や完全性を保証するものではありません。また、外部リンクに関し、リンク先の内容やその利用から生じる問題に対して当社では責任を負いかねます。本記事の内容に関するお問い合わせは、株式会社HashHub(https://hashhub.tokyo/)までお願いします。
CoinPostの特集記事
📊 Investment Guide 資産運用の始め方は?【2026年最新】 → 📈 Stock Guide 仮想通貨関連の株式投資ガイド【2026年最新】 → 🔰 Crypto Guide 仮想通貨の始め方|初心者向け完全ガイド【2026年最新】 → ₿ Bitcoin Guide ビットコイン(BTC)とは?完全ガイド【2026年最新】 → 📚 Ethereum Guide イーサリアム(ETH)とは?完全ガイド【2026年最新】 → 📝 XRP Guide リップル開発XRPとは?完全ガイド【2026年最新】 → 💰 Stablecoin Guide ステーブルコインとは?完全ガイド【2026年最新】 → 💊 Health & Performance 投資家注目の健康サプリ3選 疲労ストレス・睡眠不足・血糖値ケア → 💡 求人情報 国内最大手の仮想通貨メディアCoinPost、新たな人材を募集 →


WebX完全ガイド
TOP
新着一覧
チャート
取引所
WebX





