発行や取引、決済、保管といった金融の一連の工程をブロックチェーン上でつなぐ「オンチェーン化」がステーブルコインやトークン化証券の広がりとともに現実味を増している。
Web3カンファレンス「WebX2026」で最上位のタイトルスポンサーを務めたシンプレクスは、戦略立案から設計・開発・運用保守まで一気通貫で手がける、金融システムに強みを持つIT企業だ。その技術力をいかしてWeb3領域にも事業を広げており、日本初の円建てステーブルコイン「JPYC」の発行・償還システムでも活用されている、国産ウォレット「Simplex Fourth」、ステーブルコイン業務システム「Simplex Stablecoin」などを手がける。
オンチェーン化は金融をどう変え、AIとの組み合わせでどのような事業機会が生まれるのか。同社でWeb3事業を統括する三浦和夫氏に聞いた。
01PART金融はどう変わるのか
金融オンチェーン化の本質
当社では、オンチェーン化とは、ブロックチェーンを用いて個人・企業・国をまたいだDX(デジタル変革)を進めることと捉えています。
これまでのDXは「企業の内側で自社の業務をいかに改善するか」という議論が中心でした。一方で、ブロックチェーンが扱うのは個人・企業・国をまたいで、資産や権利をやり取りする領域です。従来は、それぞれの企業が自社システムを作り込み、相手先ごとに個別接続し、仲介者を介して照合や確認を重ねることで取引を成立させてきました。ブロックチェーンは、そうした主体間のやり取りを共通の台帳・ルールに落とし込み、仲介や照合を減らし、自動化を進め、より効率的につなぐ技術です。つまり、企業内の業務改善にとどまらず、企業と企業、個人と企業、さらには国境をまたぐ取引そのものを効率化する基盤になり得ます。
金融の世界では、「商品の発行、取引、清算・決済、保管、監査」という流れのなかで、いくつもの担い手が間に入り、業務を行います。この構造にこそ、ブロックチェーンが適合します。当社は金融のDXに長く取り組んできましたが、オンチェーン化もその延長線上にあり、金融インフラそのものを次の段階に進めるDXだといえます。
金融のオンチェーン化で何が変わるのか。単に仲介してつなぐだけの役割はブロックチェーンに代替され、公共財化、低コスト化が進み、つながることそのものや手数料は、差別化要素ではなくなっていきます。加えて、仲介する役割がブロックチェーンに代替されることで、個人が資産や権利、取引履歴や属性情報をウォレットに保持・管理できるようになり、データの主導権がユーザーへうつっていきます。従来は、個人のデータが金融機関やアプリケーションに紐づいていたため、よりユーザビリティが高いアプリケーションが他社から出たとしても、簡単に乗り換えることはできませんでした。今後、ユーザーがウォレットを通じて自分のデータや資産を持ち運べるようになれば、サービス間のスイッチングコストも下がっていきます。
そんな中で、金融機関は何で戦い、どうやってユーザーを繋ぎ止めるのか。KYCやAML(本人確認やマネーロンダリング対策)などの規制対応を行う主体は、オンチェーン化が進んだとしても不可欠です。ただしそれ自体は差別化要素ではなく、事業を行う前提条件になります。その上で差別化の源泉となるのは、与信を行う力、流動性を提供する力、魅力的な金融商品を作る力、専門性をもって投資助言をする力、といった直接的にユーザーへ価値提供できる力です。金融機関の競争軸は「つなぐこと」から「どのような価値をユーザーへ提供するか」へ移っていくと考えています。
AIとブロックチェーンの交点
AIとオンチェーンについては、「AIは銀行口座を持てないから、決済にはステーブルコインを使うことになる」といった話も聞きますが、私の見方は少し異なります。AIがどの手段で支払うかはシステムの設計上の選択肢にすぎず、ステーブルコイン以外のやり方でも実現できると考えています。
ただ、AIもステーブルコイン含めたオンチェーン化も各々で進展していく話ではあります。オンチェーン化が進めば、お金の受け渡しは滑らかになり、ウォレットには個人データが蓄積されていく。並行してAIにできることも増えていくでしょう。
そして、それぞれが発展し両者が交わると、大きく二つのことが起きると考えています。一つはAIが参照できる情報が広がります。ウォレットに自分の持ち物や購買履歴が集約されればAIは好みを把握し、欲しいものの条件を事細かに伝えなくても最適な選択肢を示せるようになる。ブロックチェーンには、AIが決済に関わるようになったときのデータ基盤という側面があると考えています。
もう一つは合理化です。少額決済が容易になり使った分だけ支払うモデルが広がれば、サブスクリプションのように「ほとんど使わないのに払い続ける」無駄は減っていく。AIが「今月は使っていないので止めては」と促し、面倒な解約処理も代行してくれるため合理化が加速します。
一方で、合理化が進む中においても最後に選ぶのは人です。合理化により単純なコスト勝負が厳しくなるほど、合理性だけでは説明できない、「好き」で選ばれるというようなことが重要になると思っています。合理化の先で、むしろ非合理な部分が競争の鍵になると見ています。
02PARTシンプレクスの戦略と社会実装
今後2〜3年で注力するテーマ
2028年に向けて、暗号資産の金商法移管をはじめとする各種規制の整備が進む見通しです。当社としても今後2年で何を仕込むかが重要と考え動いています。Web3の社会実装は、ブロックチェーン、ウォレット、そしてその上で動くサービスの3領域にわけて整理しており、それぞれについて当社の方針をお伝えします。
まずブロックチェーンについては、当社が特定のチェーンを作る、あるいは一つのチェーンに賭けるというより、優れたチェーンをマルチチェーンで活用していく方針です。ブロックチェーンは技術進化も速く、ユースケースごとに適したチェーンも変わり得ます。そのため、特定のチェーンに閉じず、サービスに応じて最適なチェーンを選べる状態を作ることが重要だと考えています。
次にウォレットです。ここは当社として自社の武器として育てていきたい領域です。ウォレットは、ユーザーや企業がオンチェーンの世界に入る入口であり、資産や権利、データを扱う接点になります。金融機関や事業会社がオンチェーンサービスを展開する際にも、ウォレットは必ず必要になる基盤です。だからこそ、国産ウォレットである「Simplex Fourth」をしっかり育てていきたいと考えています。
そして最も力を入れるのが、その上で動くサービスの構築です。既に世の中には優れたブロックチェーン事業者がいて、我々のようなウォレットを提供する企業もある、それでもWeb3の社会実装が進んだとは言い難いのはなぜかというと、サービスの部分が発展していないことが要因だと思っています。
当社は、ウォレットを武器に金融機関や事業会社のオンチェーン化に入り込みながら、事業者とともにサービスそのものを作っていきたいと考えています。単なるシステム提供にとどまらず、業務設計、規制対応、サービス設計、実装、運用まで一気通貫で伴走することが重要です。
具体的には、今後2年でステーブルコイン発行、送金・決済、トークン化預金、その上に構築される金融サービスに注力します。ステーブルコインとトークン化預金は、オンチェーン金融における基礎になります。当社ではすでにステーブルコイン領域でソリューションを展開していますが、今後はトークン化預金やオンチェーン上での金融サービスについても、金融機関や事業会社と連携しながらソリューションを創出していきたいと考えています。
その先には、保険、IP、流通・小売、エンタメなど、さまざまな領域への広がりがあります。特に、合理化の先に「好き」で選ばれるサービスが重要になるという意味では、エンタメ領域に大きな可能性を感じています。ただし当面は、送金・決済、トークン化預金、金融の領域に集中していきます。構想で終わらせず、実際の業務に組み込み、運用まで回る形にしていくことが当社の役割だと考えています。
Simplex Stablecoinの役割
前述のサービス構築で土台になるのがステーブルコインの発行、交換・流通、そして送金・決済です。「Simplex Stablecoin」は、まさにその部分を担うソリューションです。
ステーブルコインのビジネス領域は、大きく「発行サービス」「交換サービス(電取:電子決済手段等取引業)」「利用サービス」の三つに分かれます。
当社はJPYCのプロジェクトで発行・償還のシステムを構築し、発行体の業務を支えています。またJPYCは発行したステーブルコインを、ユーザーが保有する円と交換できるサービスもあわせて提供しています(交換は電取に該当する業務となるが、発行体は実施可能)。実は、電取が提供する交換サービスは、暗号資産交換業と類似する部分が多く存在します。
暗号資産交換所システムは当社が暗号資産黎明期から取り組んできた得意領域で、ソリューションとして仕上がっています。JPYC向けでもそのノウハウをフル活用し、ユーザーのアカウント開設や本人確認(KYC・AML)から、発行・償還のUI、交換、レポートや各種システム連携まで、ワンストップで各業務に対応できるシステムを提供しています。これが「Simplex Stablecoin」です。
次に作っていきたいのが「利用」の領域です。発行、交換・流通ができても、使える場がなければ意味がありません。店舗での支払いなど、受け取ったステーブルコインを日常の決済で使えるようにする部分です。
ここは発行体だけで完結しないため決済事業者や銀行と組む必要があり、最近はそうした事業者と話す機会も増えてきました。発行から交換、利用までを一貫して提供できてはじめて、ステーブルコインは社会に根づくと考えています。
JPYCは、2025年8月に発行ライセンスを取得した日本初の円建てステーブルコイン。シンプレクスは2024年からそのシステム構築を手がけており、その知見を製品化したのが、2025年6月発表の発行・償還システム「Simplex Stablecoin」。
信託型は現在準備を進めているところです。この領域は当社だけで完結するのは難しいと考えています。業務や実務を深く理解していないとできない領域なので、信託型も資金移動業型(JPYCなど)も、実際に事業を営む方々と一緒に取り組んでいます。
国産ウォレットの優位性
ウォレットは安全でなければなりません。当たり前の要件を確実に実装するのが大前提です。
市場を探すと海外製が中心で海外勢と競合することも少なくありません。海外製品ももちろん優れた製品がたくさんありますが、国内の金融機関が採用するとなるとセキュリティ審査の負荷が大きく、使い方を誤れば取り返しがつかないため、理解してもらうためのコミュニケーションやサポート体制が問われます。
その点Simplex Fourthは「国産ウォレット」であり、国内に拠点を構え、何かあればすぐに動ける体制があることは大きな強みです。
日本独自の規制に合わせた作り込みも欠かせません。コールドウォレットなど国内では厳しい要件もあり、それを厳密に満たせるか。金融庁の暗号資産制度に関するワーキング・グループでは、ウォレット事業者を登録制とすることも議論されています。規制に届きやすい国内企業がウォレット構築のノウハウを持っているということが、今後より大きな意義を持つようになると考えています。
規制変化は当社にとって追い風です。国内の事業者なら規制の変化に素早く合わせられ、当局とも対話しやすい。また「次世代AI・オンチェーン金融構想PT」が立ち上がるなど、国としても推進していきたい領域において、基盤技術であるウォレットを国内企業として提供することは、クラウド、AIのように基盤を海外のみに依存させず、日本に収益をとどめ、国内の発展につなげる効果もあると考えています。
そして、ウォレットは導入して終わりではなく、それを使って何をするかが必ず問われます。オンチェーン金融の世界で良いサービスを作るには、ウォレットを提供できることに加えて、ウォレットの上に載るサービスの構築までの一連をシームレスにサポートできなくてはならないのです。だからこそ、自社製の国産ウォレットを所有する企業として、金融における圧倒的な知見に裏打ちされた一気通貫の支援体制を提供できる数少ない企業として、シンプレクスのポジションを確立したいと考えています。
「Simplex Fourth」は、シンプレクスが暗号資産交換業向けウォレットで培った技術を活用したWeb3統合プラットフォーム。ウォレットやトークン管理などをSaaS型で提供し、企画から開発・運用保守・拡張まで一気通貫で支援する。金融からエンタメまで幅広く対応する。
透明性と規制対応の両立
ブロックチェーンの強みは誰もが同じ台帳を参照できる「共通の土台」であること。企業ごとにバラバラな仕組みを作ると連携に手間がかかりますが、共通のチェーン上であれば、同じルールに沿ってやり取りできる。参加者が増えるほど、互いにつながりやすくなります。
一方で、金融機関が本格的に活用するうえでは、全てをオンチェーンに載せればよいわけではありません。個人情報や機微な取引情報は、プライバシー保護や削除権、情報漏えいリスクを考えると、原則としてオンチェーンに載せるべきではないと考えています。
重要なのは、何をオープンにし、何をクローズに保つかを整理することです。たとえば、誰が何をしたかという詳細はオフチェーンで管理しつつ、その取引がルール通りに執行されたことを検証するための情報だけをオンチェーンに出す、といった設計が考えられます。透明性を担保する部分と、機密性を守る部分を切り分ける必要があります。
秘匿化したまま計算する技術やゼロ知識証明のような技術も進化していますが、計算量や実装コストとのトレードオフがあります。したがって、技術だけで解くのではなく、業務、規制、リスク管理を含めた設計が重要です。ここはまさに、金融業務とシステムの両方を理解している当社が価値を出せる領域だと考えています。
また、完全な分散という世界観になるかというと、それは難しいと考えています。何か起きたときに誰が責任を取るのか、という論点が最後まで残ります。金融領域でもその着地点を探っている状態で、一定の規制を遵守した上で安全にブロックチェーンを使っていくことになると考えています。
ブロックチェーンらしさだけを追いすぎるのではなく、金融機関が安心して使える形に段階的に落とし込むことが重要です。
構想で終わらせない実装力
一つは、金融領域で豊富なサービス提供実績をもち、伝統的な金融を深く理解したうえでブロックチェーンも押さえていること。実はこの両方をもつ企業はそう多くありません。そしてもう一つが、当社に根づいた「やりきる」という気質です。
構想だけで終わらせず、社会実装まで落とし込み、最終的に最良な形へ持っていく。そこに強いこだわりがあります。
当社は運用を外部に任せず、導入後もシステムを担い続けます。そうして築いた信頼関係の中でこそ、新しい取り組みを共に立ち上げられる。戦略コンサルティングのXspear Consulting(クロスピア コンサルティング)もあり、経営層から現場まで入り込み、最後まで伴走できることが当社ならではの強みです。
大切なのは順番だと思っています。まず金融のドメインや既存のビジネスを理解し、そのうえで新しい技術をどう適用するかを考える。このビジネスと技術の両輪、いわば「Biz×Tech」が当社の強みです。
03PARTAIとオンチェーンが開く未来
広がる投資の入り口
人の「好き」つまり合理性だけでは測れない部分は、これから新しい金融商品の形になっていくと見ています。たとえば株式は、もう少しアンバンドル(まとめて提供されていたものを分解して個別に扱うこと)されていく。ある会社の株は欲しくなくても、その会社の特定の商品は好き、ということはあります。
発行コストが下がれば、規模が小さく、個別具体に紐づく資金調達もやりやすくなります。好きな商品を買うときにそのトークンも一緒に買う、といった投資の入り口が広がる。普通の消費と投資の境界が曖昧になり「気づかないうちに投資を体験している」という機会が増えていくはずです。
好きなアイドルのトークンのように、イベントで目にしたらすぐ買いたくなるものを早い段階から用意しておく。その人の心をつかむ商品をどれだけ持てるかが、プラットフォームに利用者をつなぎ止めるうえで重要になります。逆に、それがなければ利用者が離れていく。この流れはAIによって加速していくはずです。
政府は2026年4月、暗号資産を金融商品取引法上の金融商品と位置づける改正案を閣議決定した。成立後の施行を経て、20%の申告分離課税は2028年からの適用が見込まれている。
読者へのメッセージ
これまで業界の中心は暗号資産のトレーダーや技術に詳しい方々でした。一方、最近は金融機関や事業者の中でも「Web3を事業にどう取り込むべきか」を学び、検討し始める方が増えてきました。本格的にビジネスへ組み入れ、検討を始めるなら今が好機です。
長く欠けていたのはオンチェーンで使える「お金」、つまりステーブルコインでした。資産や権利にくわえ、「お金」という最後のピースが埋まり、取引から決済までブロックチェーン上で完結する前提が、ようやく整いつつあります。
更にはAIが普及し自律的に取引を始める世界では、合理化の先に、ユーザーを繋ぎ止める自社サービスの価値の再定義が必要となります。そんな大きな変化の渦のなかで、重要なのは、構想で終わらせないことです。
オンチェーン金融やWeb3を、実際の業務やサービスにどう落とし込むか。今はまさに、その検討を始めるタイミングだと思います。構想を実際のサービスにまで育てていきたい方とは、ぜひ一緒に取り組んでいきたいですね。
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