
1. 類似性と相違点
近年、金(ゴールド)とビットコインはしばしば「避難資産」として語られ、ビットコインは「デジタル・ゴールド」との文脈で語られることもある。
この呼び名にも一理あり、全体的な価格推移を見ると、両者はあたかも歩調を合わせるかのように揃って上昇してきたように見える。

ビットコインと金の相関
しかし、細部に目を凝らすと違いははっきり見えてくる。時期にもよるが、その相関係数は決して高くはない。
2025年4月2日の「解放の日」――トランプ米大統領が全輸入品に一律10%、特定国に最大50%の関税を発表し、この日を“Liberation Day”と呼んだ。一例として、この件を取り上げたい。
トランプ大統領は関税を発動次第に、市場が反応し始めた:
- 金(ゴールド)は、米国の包括的な輸入関税の発表を受けて株式市場が暴落するなど、投資家心理は一気にリスクオフに傾いた。相場の退避資金が安全資産に殺到し、金の現物価格は1トロイオンス=3,167ドルの過去最高を更新(2025年初来で+19%、2022年末からは+71%)した。
- 一方のビットコインは、株式などリスク性資産との相関が強く、発表直後に約88,000ドルから82,000ドル強へと急落した。このように、同じイベントでも価格の反応は明確に分かれる。
似たような分岐は他の局面でも繰り返し観察されてきた。――では、本当に両者とも「避難資産」と言えるのか。何が同じで、何が違うのか。以下で整理する。
2.金とビットコインに共通する特性
まずは金とビットコインの共通点を見てみよう。
1、インフレ耐性
金とビットコインがインフレ耐性を持つとされる最大の理由は、供給量の制約にある。
金は埋蔵量が限られ、年間の採掘量もほぼ一定で、価格が急騰しても短期間で生産を大幅に増やすことはできない。こうした安定した供給構造が希少性を保ち、通貨価値の下落局面でも相対的に価値を維持しやすくしている。
ビットコインも同様に、発行上限は2,100万BTCとあらかじめ決まっており、新規供給ペースは約4年ごとの半減期で減少していく。中央銀行のような恣意的な通貨発行はなく、長期的に供給量が一定であることから、インフレ下でも希少性が保たれる構造を持つ。
2、政府の影響
金は歴史的に各国の通貨制度の裏付けや外貨準備として利用されてきたが、その存在自体は国境を越え、あらゆる国や地域で価値を認められている。市場は世界中で開かれており、国家が金そのものの発行量や存在をコントロールすることはできない。
ビットコインもまた、ブロックチェーンという分散型ネットワーク上で運用され、発行や取引のルールは事前にコードで定められている。特定の国が一方的に供給を増やしたり減らしたりすることは不可能で、インターネット接続さえあれば世界中の投資家が取引に参加できる。
ただし、重要な留意点として、暗号資産は規制リスクに晒される場面もある。
特にビットコイン以外のアルトコインでは、「有価証券性」を巡る問題などで米国の規制判断に大きく影響を受けることがあった。ビットコイン自体も完全に規制の影響を受けないわけではなく、各国の取引規制や税制変更が価格や流動性に影響を与える可能性は常に存在する。
この点において、長年の歴史を持つ金と比べると、ビットコインの「非政府支配」という特性にはある程度の不確実性が残っているとの見方もできる。
3、避難資産としての機能
金とビットコインはいずれも、市場の不確実性が高まった局面で資金が流入しやすいという特徴を持つ。
金は長い歴史の中で、戦争、経済危機、金融不安といった有事における「最後の拠り所」として信頼を積み重ねてきた。実際、株式市場が急落した際や、地政学的リスクが高まった場面では、投資家はリスク資産から資金を引き揚げ、金にシフトする傾向が顕著に見られる。
ビットコインも近年では、特に金融システムへの不安や通貨安局面で「デジタル避難先」として注目されるようになった。中央銀行や政府の影響を受けにくく、国際送金や資産移転が容易である点も、混乱時に資金が流入する理由となっている。
一方、ビットコインは、短期的には株式と同様の「リスク性資産」としての性格が強く、市場心理がリスクオフ(リスク回避)に傾くと売られる傾向にある。
4、ETFによるアクセス向上
金とビットコインはいずれも、ETF(上場投資信託)の登場によって投資環境が大きく変化した。
金ETFは2000年代初頭に登場し、現物の保管や直接の取引を行わなくても、証券口座を通じて容易に金価格に連動した投資ができるようになった。これにより、個人投資家だけでなく年金基金や運用会社といった機関投資家の参入が進み、市場規模と流動性が拡大した。
ビットコインETFも2020年代に入り各国で承認が進み、現物や先物を裏付けとする商品が相次いで上場した。これにより、暗号資産取引所の口座を持たない投資家や、規制上の理由で直接ビットコインを保有できなかった機関投資家も参入可能となった。
金とビットコインは、これらの条件が重なり、両者は世界中の投資家から長期的な価値保存手段として注目を集めてきた。「避難資産」としてのストーリーが固まりつつある。

金とビットコインの共通点
3、金とビットコイン、その決定的な違い
次に金とビットコインの相違点を見てみよう。
1. 安定性と市場反応速度の違い
金は数千年にわたり価値保存の手段として認められ、その地位は戦争、金融危機、インフレなどの混乱期にも揺らがなかった。
現在も中央銀行、ソブリンファンド、商品系ファンドといった長期資金が安定的に保有しており、市場規模の大きさと深い流動性が急激な価格変動を抑える役割を果たしている。リスクイベント発生時には、こうした資金が即座に流入し、相場を下支えするため、短期的にも安定性が高い。
一方、ビットコインは誕生からまだ十数年と歴史が浅く、市場参加者の評価も割れている。「デジタルゴールド」として長期保有する層もあれば、高ボラティリティを嫌って危機時に売却する層も存在する。そのため、短期的な反応は金のように一貫せず、価格変動が大きくなりやすい。
実際、2022年のロシア・ウクライナ戦争開戦時には、地政学リスクの高まりを受けて金は上昇した一方、ビットコインは株式市場と同様に売りが先行し下落した。両者とも「避難資産」と呼ばれるが、その安定性や市場の反応速度には明確な差が存在している。
2. 価格の主なドライバー
金の価格は、長期的に見ると主に以下の三つの要因に左右される。
- 実質金利。金は利息を生まないため、実質金利が低下すると保有コストが下がり、需要が高まる。
- ドル相場。金はドル建てで取引されるため、ドル安は非ドル圏投資家にとって割安感を生み、需要を刺激する。
- 中央銀行の買い越し。大量の金購入は需給バランスを直接引き締め、価格を押し上げる。
これらの要因は比較的予測可能で、長期資金による安定的な需要を生み出してきた。
一方、ビットコインの価格は、金と共通するマクロ経済やドル相場に加えて、以下の要因によって動く。
- オンチェーン活動。送金・取引量、アクティブアドレス数などのネットワーク利用状況。
- 技術トレンド。Layer2の普及、新しいアプリケーションやDeFiプロジェクトの登場など。
- 規制・制度の進展。現物ETFの承認やカストディ規則の変更など、制度面での変化。
つまり、金は比較的安定したマクロ要因に支えられるのに対し、ビットコインはマクロと技術・制度要因が絡み合うため、短期的なボラティリティの大きさが際立つのである。
3. 供給と市場構造
金の供給は鉱山生産とリサイクルによって成り立ち、一定の価格弾力性を持つ。価格が高止まりすれば数年かけて生産が増加し、上昇圧力を和らげる効果がある。
市場参加者の中心は中央銀行やソブリンファンド、長期運用資金であり、取引はロンドン現物市場やCOMEX先物市場(ニューヨーク商品取引所における金や商品先物取引市場)の深い流動性に支えられている。こうした市場インフラとヘッジ・マーケットメイク体制により、金は日中の価格変動が比較的抑えられる傾向がある。
一方、ビットコインは発行上限が2,100万BTCと固定されており、短期的な価格上昇によって新規供給が増えることはない。そのため価格は需要の変動に全面的に依存する。
市場構造も依然としてレバレッジ取引やデリバティブ取引が主導しており、永久先物や高レバレッジのポジションが強制清算されることで連鎖的な値動きが発生しやすい。これにより、ビットコインは短期的な価格変動が金に比べて大きくなる傾向がある。
総じて、金は安定した避難機能、明確な価格ドライバー、供給の緩衝機能により「守りの中核」となりやすい。ビットコインは高ボラティリティ、多様なドライバー、固定供給とレバレッジ構造により「攻めのサテライト資産」としての性格が強い。

金 vs ビットコインの相違点
4.投資戦略のポイント
金とビットコインはいずれも「避難資産」という語で括られることもあるが、性格や市場構造が異なるため、投資家は単なるイメージではなく、役割やリスク特性を理解した上で組み入れることが重要だ。
注視すべき指標
実質金利は金価格の基礎的なドライバーであり、ドル・インデックス(指数)は両資産に共通して影響を与える。さらに、ETFの資金フローは機関投資家の動きを示す重要なシグナルとなり、中央銀行の金購入量は金の需給を直接引き締める。
一方、ビットコインではオンチェーン資金流やアクティブアドレス数、主要取引所の建玉なども市況判断に有効な材料だ。
配分の考え方
金は「守備的コア資産」として、長期的な安定性とポートフォリオ全体のボラティリティ抑制に寄与する。
一方、ビットコインは「攻めのサテライト資産」として、高リターンを狙いつつも価格変動リスクを許容できる部分に限って配分すべきだ。リスク許容度、投資目的、運用期間に応じて配分比率を明確に設定し、全体のバランスを保つことが望ましい。
動的リバランスの重要性
マクロ環境や市場心理の変化に応じて、年数回のペースで資産配分を見直すことが推奨される。金価格が長期上昇局面にある場合や、ビットコイン市場に新たな制度的支援(例:現物ETF承認)が出た場合など、ファンダメンタルズに基づいて配分を調整し、単一資産への過度な依存を避けることが、安定的なリターン確保のカギとなる。
5.まとめ
金とビットコインは、いずれもグローバルな資産配分において重要な位置を占める。
ETFの普及や機関投資家の参入でアクセスは拡大しているが、市場での役割、価格形成メカニズム、リスク特性は本質的に異なっており、金は『守り寄りの代替資産』、ビットコインは『攻め寄りの代替資産』としての見方ができる。
投資家は伝統的なポートフォリオの補完として、それぞれの特性を活かした配分を検討すべきだろう。
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