
ただの通貨ではない
ビットコインをはじめとする暗号資産は、一般的に「仮想通貨」として知られている。しかし、その実態は単なる通貨の枠に収まるものではない。
Arkham Intelligenceによると、2025年3月、ブータン王国政府は600 BTCを未知のウォレットへ移動した。この600 BTCの移転は、首相ツェリン・トブゲイが示したように、公務員の給与や医療提供の向上を支援する可能性がある。
これは初めてのことではない。2023年にブータン政府は公務員の給与を50%引き上げた。その資金源はビットコインマイニング(採掘)による収益であった。
「国民の幸せ」という国家理念を掲げるブータン王国は、ビットコインの保有量において世界有数の国の一つとされている。
もしビットコインの価格がさらに上昇すれば、国家としてより豊かになり、いっそう「幸せ」になれるのだろうか。
これはあくまで仮説ではあるが、ブータンのように地政学的視点からビットコインを活用する国家戦略は、ビットコインそのものの「価値の再定義」へとつながる可能性を示している。
ビットコインはもはや単なる通貨ではなく、「資産(アセット)」としての性質こそが本質なのかもしれない。
その価値はどこから?
これまでの歴史上、「資産性」を明確に認められてきたものには、金(ゴールド)、銀(シルバー)、米ドルなどの法定通貨が挙げられる。では、なぜこれらが資産として広く受け入れられているのか?
その理由を考察すると以下のような整理になる。
金のような「実物資産」とは:
- 劣化せず、長期にわたり価値が保たれる
- 埋蔵量が限られ、希少性が高い
- 歴史的・文化的に価値が広く認識されている
- 課題:取引や保管に手間がかかり、流動性に制限がある
米ドルのような「制度的資産」とは:
- 国家(アメリカ)の信用によって支えられる通貨
- 世界の基軸通貨として広く流通
- 法的強制力と高い流動性を持つ
- 課題:発行が政府にコントロールされており、インフレや金融政策の影響を受けやすい
ビットコインは、金やドルと異なる特性を持つ新しいタイプの資産であり、以下の点で注目されている。
金と共通する側面(希少性・保存性・取引効率):
- 発行上限がある(2,100万枚)→ 金と同様の希少性を持ち、供給の予測可能性が高い。
- 腐食せず、消失せず、ブロックチェーン上で永続的に記録される→ 物理的制約を受けず、長期保存性に優れる。
- 取引履歴がすべて公開され、偽造が極めて困難→ 高い可追跡性と透明性を実現している。
- デジタル上で即時かつ低コストで取引可能→ 金と比べて取引効率に優れる。
ドルと共通する側面(利便性・アクセス性):
- 中央発行者が存在せず、特定の国家に依存しない→ 政治・金融政策の影響を受けにくい構造。
- 発行上限があり、インフレ耐性が構造的に組み込まれている→ 通貨価値の安定性が理論上保たれる。
- 24時間、世界中どこでも送金・決済が可能→ 高いグローバルアクセス性を備えている。
- 国家や銀行を介さずに価値を保有・移転できる→ 自己主権性や検閲耐性があるとされる。
でも、ビットコインには価格変動の大きさというリスクがあり、実際に急激な値動きがしばしば見られる。理論的にはインフレ耐性を持つとされているが、市場全体の動向や投資家心理の影響を受けやすく、短期的な価格の乱高下が発生しやすい点には注意が必要だ。

投資資産比較表
しかも、いくつかの利点を備えていても、ビットコインが「資産」として定着するには、「価値がある」とする社会的合意(コンセンサス)が不可欠である。
結局のところ、金や米ドルも、長い時間をかけて社会的な信頼を得てきたのだ。
誰がビットコインを本当に資産として使っているのか?
現在、いくつかの国はすでにビットコインを戦略資産として取り入れ始めている。
関連:ビットコイン準備金とは | 米国・各州の法案動向まとめ

各国の政策
さらに、中国では2025年5月、国家系シンクタンクが「ビットコインを国家準備資産として検討すべき」とするレポートを公式サイトで紹介した。
これは政策の転換ではないが、ビットコインの資産価値に対する関心の高まりを示すシグナルといえる。
要注意なのは、ビットコインは資産化されつつある一方で、金のように安全資産と見なされる限りではない。CME Groupの2025年4月のレポートによると、ビットコインと金は2022年末から2024年末にかけては比較的連動していたが、2025年に入ってからは乖離傾向が強まり、3月末時点では金が約16%上昇したのに対し、ビットコインは6%以上下落したとされている。
関連:ビットコインは今後どうなる?2025年の価格展望と押さえておきたい注目材料
実際、現在ビットコインの時価総額は金の約10分の1にすぎない。そうだとしても金の歴史は数千年、ビットコインはわずか十数年という事実は忘れてはならない。時の経過とともに、ビットコインの可能性はさらに広がっていくのではないか。

政府のビットコイン保有量の推移
出典:CoinGecko
秩序なき時代の象徴
ビットコインが単なる投資対象を超えて注目される理由は、その技術的背景と思想的意義にある。
分散型秩序の原型としてのビットコイン
ビットコインなどの仮想通貨と従来の「資産」が異なる点は、その技術的な本質にある。
ビットコインには「創世ブロック(Genesis Block)」と呼ばれる最初のブロックが存在し、2009年1月3日に中本哲史(サトシ・ナカモト)によって採掘された。
このブロックには、次のような印象的なメッセージが記されている:
「The Times 03/Jan/2009 Chancellor on brink of second bailout for banks(タイムズ紙 2009年1月3日付:財務大臣、2度目の銀行救済の瀬戸際)」
これは当時の金融危機と政府による銀行救済政策に対する強い皮肉と批判が込められており、ビットコインが旧時代の分水嶺であることを象徴している。
このような時代に登場したビットコインは、単なる技術や資産ではなく、信頼の空白を埋める“思想的プロトタイプ”として捉えるべき存在である。
- 誰にも止められず、改ざんもできない構造
- 「法」や「中央管理者」ではなく、コードと暗号で信頼を成立させるという概念
- 情報が分断され、信用が崩れゆく中で求められる「制度に代わるインフラ」
- AI、ブロックチェーン、DAOと並び、未来のガバナンスを設計する技術群の一角
これは「経済の仕組み」ではなく、「社会の仕組み」そのものを問い直す視点であり、ビットコインはその入り口に立つ象徴的な存在である。
そして、ビットコインは「革命」の意味を内包し、いかなる国でも無視できないものとなっている。
BTCが照らす「次の主権」
トランプ大統領は最近のインタビューで、ビットコインや暗号資産に関する国家戦略について次のように語っている。
「アメリカがやらなければ、中国がやる。」
(If we don’t do it, China will.)
この発言のように、ビットコインや暗号資産は「分散インフラ」であるがゆえに、誰かが支配するのではなく、参加する者が主導権を握ろうという発想が広まりつつある。
実際に、先述した各国の政策は動機こそ異なるものの、ビットコインの活用を模索している。
アメリカ:主権資産としての戦略活用
- 没収BTCの国家保有方針
- 「戦略的ビットコイン準備」構想の浮上
- 再エネ・余剰電力を活用したマイニング振興、ハッシュパワー主導権の確保
ロシア・イラン・北朝鮮:非ドル圏での金融ツール
- 経済制裁の回避手段として活用
- 国際送金・貿易決済での代替インフラ
- グローバル金融システムからの「自立化」を模索
エルサルバドル・ブータンなど:経済再建・通貨代替
- ビットコインを法定通貨または国家収益源として導入
- マイニング収益を国家予算に活用
- 自国通貨不安・インフレ回避・送金コスト削減の手段
目的は異なっても、共通しているのは「秩序なき時代」に備え、ビットコインという革新に可能性を見出しているという点である。
仮想通貨が最終的にどんな影響をもたらすのかは予測困難だが、少なくとも前向きで開放的な政策姿勢が求められている。
このとき、日本はどの立ち位置にあり、どのような方針を打ち出すべきなのか。
日本は「仮想通貨の時代」とどう向き合うべきか?
「進歩」と「停滞」が同居する日本
日本における仮想通貨への姿勢は複雑であり、「進歩」と「停滞」が同時に存在する。
進歩の側面
- Web3プロジェクトやNFTなどで日本発のIPや技術が国際的に注目されている
- 国内の暗号資産ユーザー数は1,000万人を超え、アジアの中でも存在感を示す
- 経済産業省・デジタル庁・内閣官房などがWeb3を成長戦略に位置づけている
停滞の側面
- 所得税において暗号資産は依然として雑所得扱いで、最大55%の高税率
- ビットコインETFは未承認、DAOやステーブルコインの制度整備も途上
- 経済政策上の「資産戦略」としてはビットコインや暗号資産の明確な位置づけがない
つまり、個人や投資家はすでに関心を示しているが、制度的支援には慎重さが見られる。
金融安全性への懸念は理解できるが、より強力な支援が今後求められるだろう。
政策の進む方向
注目すべきは、近年進行している日本の政策改革である。
- 税制面では、暗号資産を従来の総合課税(最大税率55%)から切り離し、2026年度には20.315%の分離課税制度が導入される見通し
- 2024〜2025年にかけて資金決済法が改正され、ステーブルコインや暗号資産仲介業に関する新制度が整備された
- ステーブルコインの裏付け資産として国債保有を認め、仲介業者への登録制と資産保全義務が導入
- 金融庁は2026年の通常国会で金融商品取引法の改正案を提出予定で、暗号資産を金融商品のカテゴリーに組み込み、ETFの規制枠組みを設ける方針
- さらに、2025年4月に自民党が提出した「資産運用立国」提言では、NISAの拡充やGPIFのオルタナティブ投資拡大が盛り込まれている
提言に暗号資産の明記はないものの、Web3領域を含む可能性は高く、今後の政策動向として注目される。
民間の備え
ビットコインが国家戦略の一端として語られるようになった今、企業や個人も無関係ではいられない。
特に資産の分散化や地政学的リスクに備える観点から、暗号資産は有力な選択肢となりつつある。
株式市場の上場企業の中でも、米国のマイクロストラテジーや日本のメタプラネットのように、ビットコインを大量保有し、バランスシートに組み込む動きが現実化している。
これは暗号資産を「戦略的保有資産(財務戦略)」の一環とする企業が日本国内にも現れ始めたことを意味し、すでに他の上場企業にも広がり始めている。
こうした流れの中で、個人投資家にとっても制度改革や市場環境の改善は、暗号資産への向き合い方を見直す契機となっている。
長期的な資産形成の手段として、ビットコインなどのデジタル資産をどう捉え、どう付き合っていくか──その答えは、政府による制度整備のみならず、個人のリテラシー向上と自己責任の意識にかかっている。
まとめ:
ビットコインはもはや単なる通貨ではなく、資産・インフラ・主権の象徴として各国の戦略に組み込まれ始めている。金やドルの特性を併せ持つその性質は、秩序なき時代における新たな価値の基準となりつつある。
日本も制度整備や民間の動きを通じて、暗号資産との向き合い方を模索している段階にある。国家、企業、個人がどのような備えを選ぶかが、今後の経済・技術主権を左右する鍵となるだろう。
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