各チェーンの相違点
前編で述べたように、起源が同じであり似たような機能を有しているとはいえ、これら三つのプロジェクトはそれぞれ異なった特徴を持っており、それによりメリットやデメリット、さらには適切なユースケースもそれぞれ異なっています。
後編では、ディエムの流れを汲む3つのプロジェクトが、互いにどのように異なっているのかを比較しながら見ていきます。
Aptos
三つのプロジェクトの中で、おそらく最も開発が進んでいるであろうプロジェクトが「Aptos」です。「最速かつ最もスケーラブルなL1ブロックチェーンの構築」をモットーに、元Meta社員のMo Shaikh氏(CEO)およびAvery Ching氏(CTO)の二人により創始されました。
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Block-STMによる並列処理
Aptosの特徴の一つは、トランザクションの並立処理を可能とする技術に、Block-STMと呼ばれるエンジンを利用しているという点です。
トランザクションの並列処理には様々な方法がありますが、基本的にはどのプロトコルでも、互いに関連性のないトランザクションを並列的に処理しています。「互いに関係ない」とは、例えば上述のような「AさんからBさんへ1ETH送金」と「CさんからDさんへの1ETH送金」という、お互いに影響を与えないトランザクションを意味しています。仮に「AさんからBさんへ1ETH送金」と「AさんからCさんへ1ETH送金」を同時に処理してしまうと、例えばAさんが2ETH以上保有していなければトランザクションが成立しないので、AさんからBさんへ1ETH送金、そして次にAさんからCさんへ1ETH送金というように、並列ではなく、順序立てて処理する必要があります。
Aptosでは、Block-STM(STMとはソフトウェア・トランザクショナル・メモリの略、並列計算を行う技法)を活用することにより、ブロック内にあるトランザクションはおそらく互いに関連性がないだろうと楽観的に(Optimistic)に仮定し、トランザクションを同時並行的に実行しています。
仮に関連性のあるトランザクションが発見された場合、再度トランザクションが実行および検証され、ブロック内のトランザクションが全て完了されるまでこれを繰り返します。
Diem BFTによるコンセンサス形成
Aptosでは、PoSに加え「Aptos BFT」というコンセンサス・メカニズムが採用されています。これは、元々はディエムで開発されていた「Diem BFT」というプロトコルを基盤にしています。
Aptos BFTの「BFT」とは、「Byzantine Fault Tolerant」の略であり、日本語では「ビザンチン耐性がある」などと訳されます。「ビザンチン耐性がある」とは、端的に言えば、「参加者の中にネットワークに害となる行為者が一定数いたとしても、ネットワークが正常に機能する能力」を指しています。Aptosの場合、ネットワーク参加者のうち3分の1が不正を働いたとしても、ネットワークは正常に機能できます。
BFTの考え方は理論的には正しいですが、現実では、全てのノード同士の連携を図らなければならないため、合意形成に時間がかかるというデメリットがあります。そこで、それぞれのノード同士が全て同等に連携を図るのではなく、リーダーを選出して連携を取ることにより、コミュニケーション時間の短縮を実現する「pBFT:Practical Byzantine Fault Tolerant」という考えが発明されました。これは、Cosmos開発のIgnite(旧Tendermint)などで採用されている考え方です。
このpBFTを基に、さらにコミュニケーションを簡略化したプロトコルが「Hotstuff」であり、Aptos BFTはこのHotstuffを直接の基盤として、そのリーダー選出プロセスに更なる改良を加えました。
つまりAptosが採用しているAptos BFTとは、「コミュニケーションにかかる時間を最大限まで短縮できるように改良された、参加者の中にネットワークに害となる行為者が3分の1いたとしてもネットワークが正常に機能する能力を持つコンセンサス・プロトコル」ということができます。
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エコシステム
執筆時点では、Aptosはテストネットしかローンチしていないものの、既にAptos上で開発が行われているdAppが多数存在しています。中には、トランザクションの並列処理システムを活用し、他のチェーンでは提供できないサービスを構築しているプロジェクトもあります。
代表例:
トークノミクス
Aptosのトークノミクス(トークン経済)の詳細は未だ公表されていません。しかしホワイトペーパーには、「Aptosのネイティブトークンは、トランザクションおよびネットワーク使用料、ガバナンス投票ならびにPoSを使用したブロックチェーンのセキュリティに利用される」と書いてあるため、他の多くのPoSチェーンと似たようなトークン経済圏が作成されることが予想されます。
22年9月現在の開発状況
執筆時点では、4段階あるテストネットのうち、2段階が完了し3段階目の参加者を募集しているところです。メインネットローンチは、22年秋だと予定されていますが、テストネットの結果によっては前後する可能性があります。
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Sui
Aptosと肩を並べて語られることの多いプロジェクトが、Mysten Labsにより開発が進められている「Sui」です。Mysten Labsも、元Meta開発者のEvan Cheng氏(CEO)、Adeniyi Abiodun氏(CPO)、Sam Blackshear氏(CTO)およびGeorge Danezis氏(主任研究員)により創始されたプロジェクトです。
Aptosと類似している部分も多くありますが、以下の点でAptosおよびその他ディエム系プロジェクトと異なっています。
二種類のトランザクションによる並列処理
Sui最大の特徴は、ネットワークのスピード改善のためにトランザクションの種類を二つに分け、それぞれ異なる方法で実行することにより、並列処理を可能にしている点です。
Aptosと同様にSuiでは、あるトランザクションがその他のトランザクションと関連性があるかどうかにより、トランザクション実行方法が決定されています。単なるトークンの移動など他のアドレスやトランザクションとの関連性が薄いトランザクションは、コンセンサス・プロトコルを経由する必要がなく、送付者がそのトランザクションの内容をネットワーク内の参加者へ伝達した後、他のバリデータの承認を受け取ることにより、即座に完了します。
一方で、例えばDEX(分散型取引所)でのトレードなど複数のアドレスおよびトランザクションを含む複雑なトランザクションは、他のブロックチェーンと同様にコンセンサス・メカニズムを経て実行されます。Suiでは、「Narwhal」というおよび「Bullshark」という二つのプロトコルを組み合わせた、DAG基盤のBFT(ビザンチン耐性のある)プロトコルを採用しています。
一つのブロックに対し一つのブロックしか繋がってない直線的な構造を保有しているブロックチェーンに対し、DAG(Directed Acyclic Graph)とは、一つのブロックに複数のブロックが繋がった構造になっています。この仕組みにより、複数トランザクションの並列記録が可能になるため、ブロックチェーンよりも処理能力が高くなると考えられています。
DAG基盤のプロトコルを採用している他のプロジェクトには、アバランチやFantomなどがあります。
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Suiのトランザクション実行およびコンセンサス形成メカニズムでは、メムプール(承認前のトランザクションが集まるところ)へ提出されたトランザクションを実行しネットワーク内にその実行情報を拡散するプロセス(=Narwhal)と、拡散されたデータをバリデータが検証および承認するプロセス(=Bullshark)が互いから分離されています。この設計に加え、両方ともDAGの形をとることにより、高速なトランザクション実行およびファイナリティ形成が可能になっています。
Sui Move
Metaで開発されていたMoveをそのまま採用しているAptosに対し、SuiではMoveの改良版を使用しています。
トークノミクス
Aptosとは異なり、Suiのネイティブトークン「SUI」の詳細は、22年9月現在既に公開されています。
Mysten Labsによると総発行数は100億SUIで、メインネットローンチ時にはその一部のみが市場に流通する予定だそうです。多くのブロックチェーンと同様にSUIは、資産であると同時に、PoSにおけるステーク、ガス代支払いおよびガバナンス投票に利用されます。
SUIトークノミクスの最も特徴的な点が、ガス代算出方法です。Suiでは、ネットワーク使用量に応じてガス代が急に上昇してしまったり、ガス代の予測が困難であるなど、ユーザーにとって不利な状況にならないように「バリデータが参考価格を提示する」という仕組みを採用しています。
この仕組みにおいては、各エポック(ネットワークにおける時間の一単位)の初めに、バリデータが、「このくらいの価格でトランザクションを処理します」という参考価格を話し合い、それをユーザーへ提示します。しかしそれだけでは、バリデータ同士が協力して法外に高いガス代をユーザーへ提示することが可能になってしまうため、Suiではこれを防ぐために、「最初の話し合いの段階で比較的安いガス代を提示したバリデータは、最終的に他のバリデータよりも多く報酬をもらえる」という仕組みを組み込みました。
これによりバリデータは、闇雲に高いガス代を提示するインセンティブが無くなったため、トランザクション処理に必要なコストはカバーし利益は上げられるものの、ユーザーも過度に高いガス代を払う必要がないというwin-winの関係が出来上がります。
またSuiでは、大容量のデータをチェーン上に保存できるという特徴を最大限活用するために、「ストレージ使用料」も導入しています。ネットワーク上にデータを保存したいユーザーは、ストレージ提供者へ直接ではなく、プロトコルへSUIでデータ保存料を支払うことにより、ストレージを利用できます。プロトコルへ支払われた手数料は、提供したストレージ量に応じて、ストレージ提供者へ報酬として分配されます。
エコシステム
Aptosと同様にSuiメインネットのローンチはまだ実現していませんが、既にエクスプローラーやウォレットがリリースされ、エコシステム拡大の準備が整っています。Suiではその処理能力の高さから、特にスピードを要するゲーム関連の開発が加速していくのではないかと考えられています。
代表例:
22年9月現在の開発状況
執筆時点では、テストネットがリリースされ参加者がネットワークのセキュリティやノードをテストしている段階にあります。メインネットおよびトークンのローンチ日程は明らかにされていません。
linera
Lineraは、22年6月に公式情報が公表されたばかりと、他の二つよりも若いプロジェクトであり、詳細の多くは未だ分かっていません。とはいえ上述のとおり、a16z等から資金を調達するなど、既に投資家からの注目を集めています。AptosおよびSuiと同様に、元Diemのエンジニア、Mathieu Baudet氏(CEO)により創設されました。
「Linera」という名前は、「Linear Scaling(線形スケール)」から来ていると言われています。Linear Scalingとは、下図のように、ネットワークに参加するノードの数に比例して、処理能力が向上するという考え方を表しています。先述のとおりこれは、トランザクションを順々に処理し、ノードの数が増加しても処理速度が変わらないEVM互換チェーン等とは対になる考え方です。
Lineraは、Baudet氏がMetaで研究していた「FastPay」と呼ばれるビザンチン耐性のある高速決済システムに改良を加えた「Zef」というプロトコルを基盤にしています。FastPayおよびZefは、AptosおよびSuiと同じく、互いに独立した決済の効率化および並列処理に焦点を当てたプロトコルであり、これにより、高速かつ効率的なトランザクションが可能になると考えられています。
AptosおよびSuiは、ディエム開発の言語、Moveおよびその改良版を採用していますが、Lineraでは「Rustベースの言語を採用」としか述べられていません。しかし、MoveもRustを基盤にしているため、大差はないと考えられます。