WebX 2026 セッションレポート
伝統金融とDeFiの融合、新しい金融商品が問う市場の境界線 WebX2026
WebX 2026のLimitlessステージで、「伝統金融と分散型金融(DeFi)が交わる地点を問う」パネルが開かれた。登壇したのは、マーケットメイカー大手Wintermuteの共同創業者ヨアン・チュルパン氏、オンチェーンの資産運用とリスク管理を手がけるGauntletのCEOタルン・チトラ氏、イタリア中央銀行(Banca d’Italia)のアンドレア・ペリン氏。Tiger ResearchのCEOダニエル・キム氏の司会のもと、トークン化資産やステーブルコインをめぐる議論が交わされた。
登壇者プロフィール
デジタル資産の大手アルゴリズム取引会社Wintermuteの共同創業者。Optiverで10年以上、高頻度取引(HFT)トレーダーを務め、ロンドンのヘッジファンドやファミリーオフィスでの経験も持つ。10社以上のスタートアップに投資・助言する投資家でもある。
数百億ドル規模のデジタル資産のリスク管理と資本効率の最適化を手がけるGauntletの共同創業者兼CEO。DeFiに関する査読付き論文を25本以上共著する研究者でもあり、Robot Venturesを通じた投資やポッドキャスト「The Chopping Block」の共同ホストも務める。D.E. Shaw ResearchやVatic Labsを経て、コーネル大学で数学と応用工学物理の学位を取得。
イタリア中央銀行(Banca d’Italia)東京駐在事務所の副主席代表。日本・韓国・台湾・豪州・ニュージーランドの経済政策やマクロ・金融動向を分析する。中央銀行・銀行監督・国際金融機関で15年以上の経験を持ち、金融規制やガバナンスに精通。ローマ・トル・ヴェルガータ大学で法学博士号を取得。
ソウルを拠点とするWeb3リサーチ・コンサルティング会社Tiger Researchの創業者兼CEOで、アジアのWeb3市場に関する調査で知られる。20億ドル超を運用するニューヨークのファミリーオフィスで技術調査チームを率いたほか、Microsoft、AWS、Yahoo!でも要職を歴任。本セッションのモデレーターを務めた。
トークン化資産の取引最前線
ダニエル・キム氏はセッションを「現在」と「未来」に分け、まず各社の現状から議論を始めた。
Yoann Turpin
私たちは伝統金融(TradFi)の出身だ。Wintermuteは2017年設立で、2019年からDeFiに関わってきた。直近ではトークン化証券の取引に積極的に関与し、24時間365日で対応。昨年からトークン化ゴールド、今年からトークン化株式も扱い、CEX(中央集権型取引所)、CeFi、DeFiの3つの場をまたいで取引している。KYC(本人確認)など課題は残るが、鍵はオフランプ(法定通貨への出口)まで含めた枠組みを整えることだ。
ダニエル キム
数年前に取材したときと比べ、扱う資産が劇的に変わったのではないか。
Yoann Turpin
中核はいまも仮想通貨のスポット取引だが、機関投資家の関心を映すOTC(相対取引)は、2021年の総取引量の約5%から、いまでは15%近く、大きな日には25%を超える。取引の担い手そのものが変わってきている。
補足:OTC(Over-The-Counter、相対取引)は、取引所の板を介さず、売り手と買い手が直接価格を決めて売買する取引形態。大口の注文でも市場価格を大きく動かさずに約定できるため、機関投資家が大量の仮想通貨をまとめて売買する際に用いられることが多い。
ボールト・キュレーションという新領域
続いてダニエル・キム氏は、SBIホールディングスからの資金調達を発表したばかりのGauntletのタルン・チトラ氏に、「リスク・キュレーション」とは何かを尋ねた。
補足:Gauntletは2026年7月9日、SBIホールディングスを単独出資者とする1.25億ドル(シリーズC)の調達を発表した。6月にクローズし、2018年の設立以来最大となる。同社は現在15億ドル超の資産をボールトで運用し、対応するステーブルコインを米ドル・ユーロから日本円やメキシコペソへ拡大する方針を示している。
Tarun Chitra
DeFiはMakerDAOを起点とすればあと2年で10年を迎える。初期は完全にプールされ誰でも参加できる(パーミッションレスな)取引が中心だったが、伝統金融と統合しようとすると、ある程度の許可制や分離が必要になる。完全にトラストレスな部分、KYCで囲われた部分、その中間があり、ボールトはこの2極の「あいだを埋める」ものだ。オンチェーンは主に流動性リスク、伝統金融は引受(アンダーライティング)リスクで、この2つをどうバランスさせるかがボールト・キュレーションの核心。
ボールトは、利用者が両方の世界を意識せずにステーブルコインを預け入れ、両サイドから利回りを得ながら、「資産はこの用途にしか使われない」という保証をスマートコントラクトで検証可能な形で受けられる仕組みだ。何よりノンカストディアル(非保管型)である点が伝統的な資産運用と異なり、その進化形と言える。
ダニエル キム
今後2年、リテールと機関投資家のどちらがボールトを主要戦略にすると見るか。
Tarun Chitra
リテールは既に明確だ。ネオバンクや取引所が残高のステーブルコインに利回りを付ける「アーン(Earn)プログラム」にボールトを組み込み、この市場は2024年2〜3月以降、総資産で約100億ドルに急拡大した。難しいのは利回りを生む側だ。これまでビットコイン担保の借り手が支えてきたが限界に近く、供給側(リテール)はすでに伸びており、次に伸ばすべき利回り生成側の担い手は、供給側よりむしろ機関投資家になると考える。
中央銀行の視点と「中立的なレイヤー」論争
議論は、民間の技術革新を中央銀行がどう捉えるかへと移った。
Andrea Perin
フィンテックにこれほど活発な環境が生まれているのは非常に興味深い。効率性や24時間365日という特性は評価するが、それは我々にとっての課題でもある。中央銀行の視点の根底には金融政策があり、中央集権であれ分散型であれ、あらゆる活動には管理・評価すべきリスクが伴い、資本要件も必要になる。ステーブルコインも慎重に評価しコントロールする必要があるが、それは特定の解決策を押し進めるためではなく、公共の利益を守るためだ。
Yoann Turpin
米国のFRBは成長の後押しを担うが、欧州の中央銀行はまずインフレの不安定さを念頭に置く傾向がある。私はずっと、ブロックチェーンは中央銀行が「波及経路(トランスミッション・メカニズム)」を経ずに政策を直接届けられる完璧なツールになりうると考えてきた。とはいえ、自ら資産を保管(カストディ)したい事業者の役割も依然として大きい。
補足:波及経路(トランスミッション・メカニズム)は、中央銀行の金融政策(政策金利の変更など)が経済全体に伝わっていく道筋を指す。中央銀行から銀行、さらに企業や家計へと段階的に伝わり、貸出や投資、物価に影響する。チュルパン氏は、ブロックチェーンを使えばこの多段階の経路を介さず、政策を直接届けられるという趣旨で言及した。
Andrea Perin
欧州のMiCAという枠組みは支持できる。ただ、ステーブルコインの発行体は準備資産(米国債など)を運用して収益を得る一方、保有者には利回りを払わない。これは欧州や米国が求めてきた構造で、突き詰めれば銀行のビジネスと大きく変わらず、ステーブルコインは利ざやで成り立つ銀行に近づいている。
補足:MiCA(Markets in Crypto-Assets Regulation)は、EUが世界に先駆けて整備した包括的な仮想通貨規制で、ステーブルコイン関連の規定は2024年6月から適用。単一通貨に連動する「電子マネートークン(EMT)」の発行体には、準備資産の1:1裏付けや保有者への利息付与の禁止が課される。ペリン氏の指摘はこの構造を踏まえたものだ。
Tarun Chitra
一点だけ異論がある。金融安定性のために統制が必要というが現在、どの2つの中央銀行に聞いても、自国通貨に照らした金融安定性の定義は一致しない。DeFiが中央銀行にはない形で提供するのは、極めて中立的なレイヤーだ。ルールは明快で、すべての参加者が同じように解釈でき、どの市場でも同じだ。国ごとにルールが異なり整合しないという偏りが起きにくい。それがこの並行システムが存在する理由だ。
次の課題、分配と非ドル・ステーブルコイン
後半、ダニエル・キム氏はテーマを「未来」に移し、次に解決すべき課題を尋ねた。
Yoann Turpin
課題は「どう良い形で商品を届けるか(分配)」に尽きる。作り方は分かっているが、十分に届ける方法がまだ分からない。不動産のトークン化などは以前から試みられてきたが、スケールした分配は依然として課題で、教育の問題でもある。ボールトについては、貸付先が十分に分散していればシステムに耐性が生まれる。実際、我々はLunaや破綻した中央集権型レンディング企業を生き延びてきた。
Tarun Chitra
非ドル・ステーブルコインの覇権を誰が握るかは興味深い。長期的にユーロが有力とは思えない。EURC(ユーロ建てステーブルコイン)のオン/オフランプはドル建ての10〜15倍と高コストで持続可能とは思えず、活動もインセンティブ主導だ。問われるのはドル建て以外の資産をオンチェーンに乗せられるかで、日本には国外に出られない何兆円ものRWA(実世界資産)があり、1%で眠る銀行残高も大量にある。次の市場は明らかに日本だ。
Andrea Perin
ユーロ・ステーブルコインへの懐疑も受け止める。ただ、欧州にはステーブルコインだけでなく、トークン化やトークン化預金、そしてECBをはじめ各中央銀行が力を入れるデジタルユーロもある。ステーブルコイン中心の議論が多いいまこそ、代替手段にも目を向けるべきだ。
セッション総括
議論を締めくくり、ダニエル・キム氏は「5年間司会を務めてきたが、キャリアの中でも最も刺激的なパネルの一つだった」と振り返った。
マーケットメイカー、リスク管理者、中央銀行という異なる立場の議論は、伝統金融とDeFiの融合が、技術だけでなく規制・流動性・分配、そして「誰のためのルールか」という問いを含む多層的な課題であることを浮き彫りにした。
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