WebX2026 | セッションレポート
ステーブルコイン実装へ Stripe・Visaが描くアジアのリテール決済
WebX2026のセッション「ステーブルコイン、実装へ」では、Stripe傘下のPrivy、Visa、NERO Chainの3社が登壇し、ステーブルコイン実装の現在地とアジア太平洋地域における決済インフラの変化について議論した。モデレーターはFINOLABの柴田誠氏が務めた。
登壇者プロフィール
Stripe傘下のPrivyでマーケティング責任者を務める。著書『Digital Mavericks』の著者でもあり、ONE Championshipでの事業拡大やGICでの10億ドル規模のポートフォリオ運用などの経験を持つ。
シンガポールを拠点にVisaのアジア太平洋地域のデジタル通貨事業を統括する。ステーブルコイン・CBDC・トークン化預金分野を担当。2022年にVisa入社、金融業界で20年以上の経験を持つ。
NERO ChainのFounder & CEO。以前はHuobiでトップ20にランクインしたレイヤー1プロジェクト「Cube Network」のCEOを務めた。物理学・電気工学の学位を持ち、トレーディングファンドの運用など金融領域でのキャリアも長い。
株式会社FINOLAB設立と同時に現職に就任。東京銀行入行後、オックスフォード大学留学(開発経済学修士)を経て、1998年から金融IT関連調査に従事。FINOVATORS創設メンバーで、UI銀行の社外監査役も務める。
各社のステーブルコインにおける立ち位置
柴田氏はまず各社に、ステーブルコインのエコシステムにおける自社の位置づけを尋ねた。
Jake Stolarski
NERO Chainは特定のステーブルコインに絞り込むのではなく、中立的なアプローチを取っていると説明した。規制の変化や新規参入者の登場があっても、体制を再構築せずに対応できるネットワークを持つことが狙いだという。
ブロックスペースはインフラ自体が価格を決めるものではなく、それを利用するアプリケーション側が決めるべき商品だと位置づけ、インターネットにおけるTCP/IPを例に挙げながら、消費者に見えない形でブロックチェーン取引の価格設定を次の段階へ進める存在でありたいと述べた。
Nischint Sanghavi
Visaのステーブルコイン戦略について説明した。約14,000の金融機関(銀行・フィンテック・決済代行業者)に対するインフラ構築の一部を担っていきたいとし、ウォレットやトークン化ソリューションの開発を支援する意向を示した。また、ステーブルコインを既存の商品ラインナップに組み込む取り組みも進めており、ステーブルコイン連動カードはここ数年で大きな成功を収め多くの市場に普及しているという。発行体・アクワイアラーとの決済にステーブルコインを活用し週7日体制の決済を実現していることにも触れた。このほか、クライアントごとにアドバイザリー業務も手がけていると説明し、今後はクロスボーダー送金のユースケースにも展開していきたいとの意向を示した。
規制の追い風とAPAC・日本の存在感
続いて、なぜステーブルコインに注力するに至ったのか、そしてAPAC地域における重点領域について話が及んだ。
Jake Stolarski
きっかけは、多くの人がイーサリアムの利用に苦労する姿を見てきたことだと振り返った。イーサリアムのトランザクションが急増する過程で誰もが直面していたのが、取引を行うにはまずイーサを調達し、取引所からウォレットへ移す必要があるという煩雑さだったという。ソーシャルログインなどでウォレットを意識させないPrivyのようなアプローチに共感を示し、今後は取引の決済方法が大きく変わり、ステーブルコインがその中心を占めると述べた。
Nischint Sanghavi
APAC地域はステーブルコイン領域でほぼ全方位的に活発だとし、シンガポール・香港、そして日本における規制に前向きな姿勢がその後押しになっていると述べた。ステーブルコイン決済は今年約70億ドル規模に達する見通しで、その多くがAPAC発だという。ステーブルコイン連動カードの取扱高もここ数年で約400億ドルに達しており、大部分がAPAC地域からのものだと説明した。日本を含む新興市場での規制変更を追い風に、韓国・台湾でも成長がさらに加速するとの見方を示した。
Nischint Sanghavi
JPYC・JPYSCの発行を受けた変化については、過去18ヶ月が業界にとって革命的だったと述べた。約18ヶ月前のMiCA規制やシンガポール・香港の規制整備に続き、日本でもJPYSC・JPYCのトークンが登場してきたことを歓迎し、USDCやPayPal USD、USDGと同様にこれらを自社エコシステムへの統合の可能性を模索していきたいとの意向を示した。Visaは特定のステーブルコインに肩入れせず中立的な立場を取り続けるとし、規制整備が機関投資家の参入を呼び込み、それがさらに規制の明確化を促す好循環が生まれていると述べた。
Debbie Soon
ステーブルコインの議論はこれまで米ドル中心だったと指摘した。Privyが展開するラテンアメリカやアフリカなどでは通貨によって変動が大きいものもあるため、米ドル建てステーブルコインを価値保存手段として保有するニーズがある一方で、現地通貨建てのステーブルコインも登場しつつあると述べた。日本円建てステーブルコインの実現は日本市場にとって大きな前進であり、地域内の他国にとっての先例にもなり得るとの見方を示した。
Jake Stolarski
経済学における「貨幣の流通速度」(GDPを流通貨幣量で割った指標)を引き合いに、米国では1.3〜1.4程度とされるこの指標が、ステーブルコイン全体(発行残高約3,000億ドル)では発行額の10倍前後の出来高回転として現れていると説明した。オンチェーンでの円ペアはまだほとんど整備されていないとし、規制承認が進めば24時間365日決済のメリットとともに円建てステーブルコインの存在感が高まる余地が大きいと述べ、これがNERO Chainが日本を拠点とする理由の一つだと語った。
Stripe傘下Privyの現在地
StripeによるPrivy買収について、柴田氏がその現在地を尋ねた。
Debbie Soon
Privyは4年以上の歴史を持ち、当初はステーブルコインに限らずあらゆるデジタル資産のオンボーディング課題の解決に取り組んできたと説明した。24語のシードフレーズが必要だった時代から、メールやソーシャルログインなどで簡単にウォレットを作成できる時代へと進化したという。
現在Privyのウォレットインフラ上には1億4,000万のアカウントがあり、その資産構成はステーブルコイン以外が中心だった状態から、現在はウォレット内資産の70%がステーブルコインになっていると明かした。インターネットGDPの約2%を処理するStripeと組み合わさることで、LinkやTreasuryといったStripeの既存製品をPrivyのインフラ上に構築できるようになり、単独のStripe製品よりも多くの国で展開可能になったと述べた。
具体例として、FacebookやInstagramを運営するMetaがLinkを通じてコロンビアとフィリピンのクリエイターへステーブルコインで報酬を支払っている事例や、契約者への国際的な支払いを手がけるDeelとの協業で、ウォレット残高をDeFiボールトに接続し運用収益を得られる仕組みを紹介した。ステーブルコイン残高に連動したカード発行機能もStripeの既存機能を活用して実現できたと語った。
有望なユースケース:給与・トレジャリー・クロスボーダー
議論は具体的なユースケースへと移った。
Debbie Soon
給与支払いを筆頭に挙げ、従来の送金では2〜5日、銀行休業日を挟めばさらに時間がかかっていたところを、ステーブルコインなら大幅に短縮できると説明した。加えて、多国籍企業が法人間の運転資本を管理する内部トレジャリー業務での活用も増えているとし、必要以上の資金を手元に置く必要がなくなり、資本をより効率的に運用できるようになると述べた。
Nischint Sanghavi
Visaの視点では、企業の内部資金移動やクロスボーダー決済(特にラテンアメリカ・アフリカ向けの代金回収)が大きなユースケースだと述べた。消費者への直接的なリテール決済は、消費者保護の枠組みがまだ不透明な部分があり大きな伸びが見られない一方、既存のカードと同じ消費者保護の枠組みをそのまま使えるステーブルコイン連動カードは大きく成長しているという。さらに、インフルエンサーや契約社員、デジタルノマドなどへのBtoC型のステーブルコイン報酬支払いや、法定通貨とステーブルコインを行き来するCtoC送金も伸びている領域として紹介した。
エージェント決済という新たな地平
NERO Chainの視点からは、まだあまり語られていないテーマとしてエージェント決済が挙げられた。
Jake Stolarski
VisaやStripeも支持するLinux標準であるX402を紹介し、Bloombergのペイウォールのように、従来の決済インフラではなくステーブルコインのレールを使ってインターネット上のコンテンツへのアクセス時に決済を要求できる仕組みだと説明した。NERO Chainはこの仕組みを軸に、エージェント同士やエージェントとウェブサイトが相互にやり取りできるアカウント抽象化ツールキットを構築したと述べ、エージェントが急増する中でガス代を意識させずに済む標準を作れたことに自信を見せた。全インターネットトラフィックの30〜40%がボットによるクローリングだとされる中、今後1年でエージェント決済は未開拓の領域が広がっていくとの見方を示した。
Debbie Soon
エージェントに従来型のKYCをそのまま適用することは難しいとしつつ、実質的にスマートコントラクトであるウォレットインフラを使えば、エージェントが保有残高に紐づいた金融アイデンティティを持てるようになると述べた。特定の取引額や1日あたりの支出上限を設定するポリシーを組めることが、新しいビジネスモデルの土台になるとの見方を示した。
Nischint Sanghavi
Visaもエージェント向けの専用クレデンシャルを検討していると述べた。Multi-Token Networkを通じてオンラインのVisa加盟店で支払いができるようにする一方、ステーブルコインを受け入れる加盟店がまだ十分でない点が課題だとし、ユーザーに見えない「ゴースト・クレデンシャル」も含めてステーブルコインでそのギャップを埋める実験を進めていると語った。
補足:X402はHTTPステータスコード402(Payment Required)を活用し、AIエージェントがステーブルコインで即時に少額決済を行えるようにするオープンプロトコル。Coinbaseが開発し、現在はLinux Foundation傘下のx402 Foundationが標準化を主導しており、Visa・Mastercard・Stripeなど複数の決済大手が支持している。
セッション総括
最後に登壇者はそれぞれ、ステーブルコインの将来像を短く語った。Debbie Soon氏は、消費者にとってどのチェーン・どのトークン契約かは意識されなくなり、複数のウォレットが統合された残高として管理される未来を描いた。Nischint Sanghavi氏は、ステーブルコインが銀行口座や決済口座に組み込まれた存在となり、単独の製品としてではなくあらゆる金融エコシステムに埋め込まれていくと述べた。
Jake Stolarski氏は、貿易決済という未開拓領域を挙げ、「まだほんの表面をなぞったにすぎない」と述べ、オンチェーンでのエスクローを活用したクロスボーダー取引の円滑化に大きな可能性があると語った。
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