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量子は脅威か、誇大広告か — 暗号資産業界の本音|WebX2026

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WebX 2026 | セッションレポート

量子は脅威か、誇大広告か — 暗号資産業界の本音

近藤秀和 × 三倉大司 × 津田匠貴

量子コンピュータはビットコインやイーサリアムにとって本当に脅威なのか。WebX 2026のLimitlessステージでは、量子研究と暗号資産の両分野に精通する3人が登壇し、技術的なリスクの実態から最悪シナリオ、各チェーンの対応策まで踏み込んだ議論を展開した。結論は単純な「脅威」でも「誇大広告」でもなく、「来ることは確実、問題はいつか」という共通認識のもと、ガバナンスという本質的な課題が浮き彫りになった。

東晃慈

東 晃慈(モデレーター)

Diamond Hands
CEO

Web3領域を中心に活動する起業家。Diamond HandsのCEOとして、暗号資産・ブロックチェーンの普及啓発に取り組む。

近藤秀和

近藤 秀和

G.U.テクノロジーズ株式会社
代表取締役社長 / Japan Open Chainファウンダー

EVM互換のコンソーシアム型ブロックチェーン「Japan Open Chain」のファウンダー。量子コンピュータのブロックチェーンへの影響を独自に研究し、2030年前後のリスク到来を警鐘する論者。

三倉大司

三倉 大司

日本ビットコイン産業株式会社
R&D / ビットコイン研究所ライター

大学時代に量子コンピュータを専攻し、現在はビットコインのR&Dに従事。技術解説メディア「ビットコイン研究所」を2015年から運営し、量子リスクに関する実証的な記事を多数執筆。

津田匠貴

津田 匠貴

一般社団法人Nyx Foundation
Research Engineer

イーサリアムファンデーションと連携し、次世代アップグレードに向けたゼロ知識証明(zkVM)の研究開発を担う。耐量子移行の技術設計の第一線にいるエンジニア。

量子コンピュータとは何か

モデレーターの東氏は、会場に「自分自身は量子コンピュータの専門家ではない」と断った上で、まず登壇した専門家のうちの一人である三倉氏に基礎的な説明を求めた。
三倉大司
量子コンピュータは、ミクロな世界の物理原理「量子力学」を用いて計算するコンピュータだ。私たちが普段使うラップトップやスーパーコンピュータは「古典コンピュータ」と呼ばれ、0か1の2進数で計算する。一方、量子コンピュータは0と1の重ね合わせ状態で確率的に計算を行う。
暗号資産への脅威として重要なのが、1994年にピーター・ショアが発表した「ショアのアルゴリズム」だ。これは、既存金融で使われているRSA暗号や楕円曲線暗号(ECC)を理論的に解くことができる。つまり、公開鍵から秘密鍵を導出することが理論上可能になり、デジタルウォレット内のコインが盗まれるリスクが生じる。
ただし、三倉氏はすべてのアドレスが等しく脆弱なわけではないと補足した。
三倉大司
ビットコインのアドレスはハッシュ関数を2回通して計算されている。このハッシュ関数はショアのアルゴリズムが適用できない別の数学的前提に基づくため、ハッシュがかかっている部分は量子リスクではない。既存のSegWitアドレスは問題ないが、一度送金すると公開鍵が露出してしまう。アドレスを使い回さないことが重要だ。
補足:ショアのアルゴリズムが破れるのは楕円曲線暗号(ECDSA)など「公開鍵が露出した部分」に限られる。ビットコインのアドレス自体はハッシュ保護されており、同一アドレスへの送金を繰り返さない運用が当面の現実的な防衛策とされる。

5年以内の脅威か — 3者の見解

東氏が「5年以内に暗号資産への脅威になるか」と問いを投げると、3人の見解は微妙に異なりながらも、方向性は一致した。
近藤秀和
量子コンピュータはよく「速いコンピュータ」と誤解されがちだが、そうではなく特定の問題が得意なコンピュータだ。ショアのアルゴリズムで楕円曲線暗号を破るには論理キュービットが必要で、Googleはその目標を50万キュービットとしている。ただし誤り訂正後に実際に使えるのはごく一部で、現状の水準を踏まえると2035年前後というタイムラインだった。
ところが最近、IBMや理化学研究所などが優れた誤り訂正符号を開発し、必要なキュービット数が縮まっている。クロスポイントを見ると、早ければ2030年という可能性もある。ブロックチェーンは楕円曲線暗号を使っているため、RSA暗号を使うインターネット通信より先に破られるかもしれない点が最も深刻だ。
津田匠貴
ECDSAについては近藤氏の見解と同じ。Googleが出した論文にはイーサリアムファンデーションの研究者も共著者として入っており、移行を早く進めようという方向でアーキテクチャを設計している。さらに、その論文公開後にAIを使って量子回路をチューニングする試みが出てきており、Googleの論文から性能を20%向上させた結果も報告されている。実現に向けて加速しているのは間違いない。
ただし、イーサリアムはECDSA以外にもゼロ知識証明やKZGコミットメントなど移行が必要な暗号技術が多く、それらに関しては時間的な余裕はあると考えている。
三倉大司
5年以内というのは、既存の暗号を使うのを止めるべき「非推奨」のフェーズとして現実的だと考えている。ハードの制約はまだ大きく、2025年の研究では21の素因数分解さえ難しいとされていた。ただ、もし5年以内にリスクが顕在化した場合、暗号資産だけの問題ではなく既存金融が破られる、つまりネットバンキングがハッキングされるような事態になり得る。NISTはすでに2030年までに既存暗号の廃止、2035年までに完全移行を求めている。
補足:米国国立標準技術研究所(NIST)は2024年、耐量子暗号の標準化規格を正式公開した。インターネット通信では主要プロバイダーがすでに段階的な移行を進めており、RSA暗号の6割程度がハイブリッド鍵方式に置き換わりつつあるとされる。

最悪のシナリオ — サトシ・ナカモトのコインと金融危機

東氏が思考実験として「準備が間に合わなかった場合の最悪の展開」を問うと、議論は具体的なリスクに踏み込んだ。
近藤秀和
問題は大きく2つある。まず、耐量子暗号の署名サイズが非常に大きい。現在の楕円曲線署名が数十バイトなのに対し、NISTが標準化したML-DSAは約2.2KB、SLH-DSAに至っては7.8KBにもなる。これをそのまま使うとブロックサイズが膨張し、速度が大幅に低下する。
もうひとつは死蔵コインの問題。ビットコイン全体の30%近くが長年動かされていない古いアドレスに眠っている。サトシ・ナカモトのコインもその一部。これを盗まれたとき、コミュニティには「放置する」か「凍結する」かの二択しかない。ビットコインとビットコインの哲学に関わる問題で、コミュニティで激しく議論されている。
三倉大司
ビットコインの論文には「秘密鍵を持って動かせた人が所有者」と書いてある。そのため、ハッキングした人も所有者になりうる。凍結については、ビットコインの思想的には絶対にやってはいけないというのが私の考えだ。サトシのコインが将来量子コンピュータに盗まれる可能性は十分あり、それによりBTCの市場価格が下がることもあるだろう。ただ、再分配されてやがて元に戻っていくという認識もある。
また、ビットコインはBlockstreamの研究者が提案する方式を使えば署名を324バイト程度に抑えられる可能性があり、現在のビットコインの64バイトと比べて増加幅は許容範囲に収まりうると考えられている。
近藤秀和
一番の最悪のシナリオは、ビットコインやイーサリアムそのものへの信用が失われ、最大100兆円規模の資産が暴落して金融危機が起きることだ。これだけは避けなければならない。そこを回避するために取り組んでいる。
津田匠貴
イーサリアムで最も怖いのは、コンセンサスが回らなくなることや、EVM部分の移行が進まないまま研究開発が宙ぶらりんに続いて何も終わらないという状況だ。

技術的な対応策 — ビットコインとイーサリアムの違い

各ブロックチェーンが現在どのような対策を進めているかについて、それぞれの立場から説明が行われた。
三倉大司
ビットコインはNISTの標準署名をそのまま導入すると、(処理速度が)現在の6〜7TPSから0.36TPSにまで落ちてしまう。そのため、署名サイズが小さく既存実装との親和性が高いものを選ぶ議論が進んでいる。ハッシュベース署名、格子ベース、同種写像暗号など様々な方式が提案されているが、ビットコインは管理主体が存在せず合意形成が非常に遅い。一度脆弱性を招けば崩壊しかねないため、絶対に安全なものしか導入できない。量子コンピュータが実用化されるまで、最善の選択肢を選び続けていく形だ。
津田匠貴
イーサリアムはコンセンサス層と実行層が分かれており、両方を移行する必要がある。コンセンサス層ではBLS集約署名をゼロ知識証明で置き換え、その証明自体もハッシュベースの耐量子スキームに移行する。実行層のECDSAについては、アカウントアブストラクションへの移行を推進しており、コントラクトベースのウォレットにすることで任意の署名方式への差し替えが可能になる。パスキー署名はすでに使われており、これを耐量子署名に置き換えるオプションは複数ある。
ただしEOAのままでいるアドレスの強制移行については、まだ解決策が出ていない。個人的には個人の責任が最も重要で、移行しなければサトシのビットコインと同様に取られてもやむなし、というのが私の見解だ。
近藤秀和
イーサリアムもビットコインも、最後のところは必ず問題が残る。解決できる部分はなんとかなるが、どうしても盗まれる人が出てくる。そこまで来ると、そもそも「分散化とは何か」が問われることになる。今後は耐量子ブロックチェーンが多数登場するトレンドが来ると見ており、Japan Open ChainはすでにハッシュサイズShortの署名開発に取り組んでいる。
補足:ゼロ知識証明(ZKP)とは、情報の中身を明かさずにその正しさだけを証明できる暗号技術。zkVMはこの仕組みを大量の署名処理に応用したもので、耐量子移行が間に合わないチェーンでも利用できる汎用基盤として期待される。EVM(Ethereum Virtual Machine)はイーサリアムのスマートコントラクト実行環境であり、Polygon・AvalancheなどEVM互換チェーンはECDSAを共有するためイーサリアムの技術選択に追随する形が基本となる。一方ソラナはEVM非互換で独自のアーキテクチャを持ち、設計上の制約から移行困難とされる。

ガバナンスという本質的課題

議論の後半では、量子対応の核心はガバナンスにあるという認識で3者が一致した。三倉氏はビットコインの視点から、他チェーンとの対照を示した。
三倉大司
正直に言うと、他のチェーンは十分に分散化されていないので、ハードフォークして古いアドレスを新しいアドレスに強制移行することが可能だ。ある意味では量子コンピュータが脅威でないとも言える。集権化されているから対処できる。しかしビットコインだけはその部分を守らなければならない。リーダーがいないことを価値としているため、どうしてもトレードオフが生じる。
近藤秀和
本当に大事なのは技術ではなくガバナンスだ。「サトシ・ナカモトが消えることでビットコインが完成した」と言われるように、リーダーがいないことそのものが価値。しかし仮にサトシのコインが国家や企業によって密かに盗まれたとき、倫理的問題はある。社会が許容しないとは思うが、法律の面では秘密鍵を持って動かした人が所有者という論理が成り立ちかねない。そこを社会がどう判断するか、非常に難しい問題だ。
津田匠貴
マイナンバーカードの問題も指摘したい。日本ではRSA(公開鍵暗号方式)から楕円曲線暗号への切り替えが進んでいるが、これは量子リスクの観点からむしろ時代に逆行している。政治的に間に合わない可能性があり、なりすましが多発する事態が起きかねない。既存金融への影響も大きいと考えている。
補足:楕円曲線暗号(ECDSA)はRSAより短い鍵長で同等の強度を実現でき、ICカードなどリソースが限られたデバイスに適しているため、古典コンピュータの安全性観点ではRSAからの移行は合理的との指摘もある。しかし、量子耐性の観点だと楕円曲線暗号の方が先に破られるリスクが懸念されている。

セッション総括

最後に東氏が各登壇者に締めのメッセージを求め、それぞれ次のように語った。
津田氏は、イーサリアムは移行が必要なパーツが多い分、他のチェーンや金融機関と比べて早く進もうとしているとした上で、「私たちが開発するzkVMは、移行が間に合わないチェーンでも使える大量署名に特化した技術だ。新しいアプローチになりうると考えている」と展望を述べた。
三倉氏は「量子コンピュータとアカデミアの世界では、研究成果を大きく見せることで助成金を得ようとする動きもある。惑わされず自分で検証してほしい」と注意を促した。ビットコインに関しては、ビットコイン研究所で随時解説を続けていくとした。
近藤氏は「量子コンピュータが来ることは遅かれ早かれ間違いない。然るべきタイミングできちんとアップグレード対応できるよう、今から注視してほしい」と会場に呼びかけ、セッションを締めくくった。

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