WebX 2026 | セッションレポート
機関投資家クリプトの全貌、カストディ・AI・市場収束論点
機関投資家が仮想通貨市場に本格参入するとき、何が必要で、何が障壁になるのか。WebX 2026のCRYLステージでは、コインベース、ビットゴー、サークル・インターネット・グループの幹部3名が登壇し、フルスタック・プライムブローカレッジの定義から、規制断片化の課題、カストディリスク、日本・韓国市場の現在地、AIエージェント取引の展望、そしてホールセール市場のトークン化という長期シナリオまでを議論した。
登壇者プロフィール
コインベースの戦略責任者。投資銀行・ヘッジファンド業界でキャリアを積み、デジタル資産の機関向けビジネスに精通する。ニューヨーク商品取引所(NYMEX)での商品先物取引経験も持つ。
ビットゴーのAPAC責任者兼マネージング・ディレクター。韓国を拠点に、アジア太平洋地域における機関投資家向けカストディ・プライムサービスの展開を主導する。
サークル・インターネット・グループのインターナショナル担当アシスタント・ゼネラル・カウンセル。英国・シンガポール・アブダビ・バミューダなど複数拠点でのライセンス取得・規制対応を担い、USDCの国際展開を法務面で支える。
フィナンシャル・タイムズの金融規制担当エディター。長年にわたり金融規制・デジタル資産分野を取材し、英国の業界動向にも精通する。本セッションのモデレーターを務めた。
フルスタック・プライムブローカレッジの定義
「年金基金が仮想通貨への資産配分を始めるとしたら、最初の6ヵ月で何に驚くか」というアーノルド氏の問いに、ダゴスティーノ氏はまず前提を整理した。年金基金より複雑なニーズを持つ資産運用会社を想定し、機関投資家が必要とするフルスタック・サービスの構造を説明した。
John D’Agostino
機関投資家に必要なのは4つの機能だ。まず取引(売買できること)、次に保管(安全に保存できること)、そして借入(資産を担保に借りられること)、利回り獲得(保有資産から収益を得られること)。これら4つを一つの場所で提供できれば、それはプライムブローカーだ。仮想通貨では最近まで、これらが一体となって存在していなかった。コインベースは今、フルスタックのプライムブローカレッジを提供できる状態にある。
なぜ一体である必要があるか。クロスマージンのためだ。取引する場所で保管し、保管する場所で借り入れ、借り入れる場所で利回りを得る。そうすることで、異なる資産を同一の担保として扱う相殺(ネッティング)効果が生まれる。たとえば金の現物を買い建てしながら金鉱株を売り建てすると、明らかに相殺効果がある。だが今の伝統的金融では、一つの機関がその双方を処理する能力を持っていることはほぼない。すべてを同一のプラットフォーム上に置いて初めて、それが可能になる。
Abel Seow
数週間前、韓国でソブリン・ウェルス・ファンド(政府系ファンド)の候補先をホストする機会があった。大統領令により仮想通貨への資産配分が決まっており、外貨準備、エネルギー資源の積立金、没収資産を原資に戦略的準備金を形成する計画だ。典型的な「知らないことを知らない」状態で、まずウォレットやカストディのインフラから始まり、その上にステーキング、プライムレートサービス、ファイナンシング、クロスマージン、取引所決済機能、DeFi機能、三者間担保管理機能などを積み上げていく必要がある。顧客はますます、5社や7社と個別に契約する代わりに、ワンストップで対応できるプロバイダーを求めている。複数のプロバイダーを使うほど運用リスクが上がり、ヒューマンエラーの余地が広がり、交渉コストも増える。
規制断片化とカストディリスクの現実
「2年前、機関投資家は規制の明確化を待つと言っていた。今はどうか」というアーノルド氏の問いに、タクール氏が規制環境の現状と残る課題を整理した。続けて、機関投資家のカストディ障害が起きた場合の主因についてダゴスティーノ氏が見解を示した。
Tanu Thakur
以前は規制の不在が本当の障壁だったが、今は違う。米国のGenius Act、欧州のMiCAなど、世界中で機能する規制の枠組みが整いつつある。サークルも10年以上かけて複数の管轄で段階的にライセンスを取得してきた。規制ライセンスの保有は今や競争上の優位性だ。
ただ、2つの課題が残る。一つは断片化だ。各国規制の間にパスポーティング(相互認証)がなく、グローバルに展開する機関にとってコンプライアンスコストが重い。金融安定理事会(FSB)もG20の議論の中で、各国規制の間に乖離とギャップがあると指摘している。もう一つは実装速度だ。規制の意図はあっても、それが実際に機能するまでのインフラ整備には時間がかかる。APAC のような競争の激しい市場では、この遅延がコストになる。
John D’Agostino
カストディ障害の主因はガバナンスだと思う。すべてはそこから流れるからだ。コインベースはコールドカストディに対する技術的な侵害もホットウォレットへの技術的な侵害も経験していないが、世界中でホットウォレットへの攻撃は多発している。資産クラスが成熟するにつれ、国家が支援するハッカーグループが私たちを標的にしていることは、否定しようがない現実だ。コールドからホットに移行した瞬間に、技術的攻撃かソーシャルエンジニアリングの両方に対して脆弱になる。
重要なのは、攻撃の大半は技術的な侵害ではなく、ソーシャルエンジニアリングだという点だ。ウォレットアドレス間での送金やDeFiとCeFiのブリッジングは、この業界の人間には当たり前の操作だが、大半の人にとってはそうではないし、おそらく長い間そうはならない。私たちは「より良いシステムを作ったのだから人々は学んでくれる」と思いがちだが、それは現実ではない。人々は自分の価値移転のコストを削減するために新しいシステムを学ぼうと思って目を覚ますわけではない。ユーザーが私たちのところに来るのではなく、私たちがユーザーのいるところへ行かなければならない。
ステーブルコインが変える決済インフラ
「USDCは機関投資家のデフォルト決済資産になりうるのか」というアーノルド氏の問いに、タクール氏がサークルの立場からステーブルコインの役割を説明した。
Tanu Thakur
ステーブルコインはオンチェーンで価値を瞬時に移動できる。24時間365日の決済、劇的なコスト削減、これらは機関投資家にとってのフリクションを大幅に下げる。さらにインフラの構造そのものを改善する効果がある。仲介者の役割も再定義される。カストディアンが、デジタル資産と伝統的資産の双方を一つの規制されたスキームのもとで保管する世界が来れば、それは大きな転換点になる。
一方で、ステーブルコインのデフォルト化は、仮想通貨ネイティブの取引プラットフォームにとっては一定の脅威になりうる。伝統的取引所とデジタル取引所の境界が溶け始めるからだ。われわれのようなステーブルコイン事業者にとっては、価値は採用に比例する。だからこそ、信頼性を高め、実際に使われるステーブルコインを作ることが最優先課題だ。
日本・アジア市場の現在地
「アジア各市場の整備状況と、特に日本・韓国に何が必要か」というアーノルド氏の問いに対し、セオ氏とダゴスティーノ氏がそれぞれの見解を示した。
Abel Seow
アジア全体として、業界はまだ走れる段階ではなく、歩き始めたばかりの時期にある。それでも着実に前進しており、次は走り出す前にしっかり歩けるようになることが課題だ。日本は特に注目に値する。コールドウォレットに95%、ホットウォレットに5%という保管ルール、鍵の国内管理義務など、仮想通貨のインフラに関するルールは長年にわたって明確に定義されてきた。FTX崩壊後、FTXジャパンが真っ先に債権者へ資金を返還できたのは、こうした健全なガードレールが機能していたからだ。日本市場は、すでに設定された道筋に沿って進めば、かなり速いペースで次のフェーズに移れると見ている。
韓国はリテール(個人投資家)主導の市場だが、機関投資家マネーの参入に向けて着実に変化している。仮想通貨現物ETFの導入に向けた規制整備も進んでおり、銀行・資産運用会社・証券会社によるステーブルコインのコンソーシアム形成も始まっている。今年から来年にかけて、韓国市場は重要な変曲点を迎えるかもしれない。「日本で速い」ことが「オーストラリアで遅い」と見なされ、「香港で合理的」なことが「ベトナムでは非合理的」と見られることもある。地域ごとのカスタム戦略が重要だ。
John D’Agostino
日本の専門家ではないが、一つ明確に言える。税制の問題を解決しつつある点が素晴らしい。私の理解では2026年第4四半期から2027年、そして2028年にかけて税制が大幅に改善される予定だ。これは世界の多くの国より遥かに前進した取り組みだ。税制は、それ単体で市場を何倍にも拡大させることもあれば、どんな資産クラスも潰せる最大の障壁になりうる。米国には1980年代の税制優遇措置を起点に今日まで続く商品投資市場がある。日本が仮想通貨税制を世界最悪水準から最良水準の一つへ転換しようとしているのは、本当に驚くべき変化だ。
税制が解決され、強固なリテール基盤がある。この2点が揃えば、日本はグローバルで上位5%の魅力ある市場になる。ビジネスの流入はその後に続くはずだ。
余談:ダゴスティーノ氏はセッション中、ステージに用意されていた登壇者用の水のボトルにあらかじめストローが刺してあることに触れ、「これを考えた人は天才だ」と称えた。WebXが登壇者に用意した細やかな「おもてなし」が会場の笑いを誘い、日本の気配りの文化を体現する一場面となった。
AIエージェントとホールセール市場の収束
セッション後半、AIと機関投資家向け仮想通貨戦略の接点、そしてホールセール市場のトークン化という大局的な未来像が議論された。
Tanu Thakur
サークル内部ではAIの活用が急速に広がっており、効率化・業務自動化に活用している。それ以上に重要なのは、AIエージェントを主体とした金融の出現だ。サークルはX-402という決済プロトコルの基盤組織に参加しており、「サークル・エージェント・スタック」というツール群もリリースしている。AIエージェントが自律的に支払いを行い、AIエージェント同士が経済取引を完結させる世界の実現に向けて、適切な人間の監督とポリシー設計を前提に取り組んでいる。
Abel Seow
エージェント型ウォレットについては、現在の機関投資家クライアント(ヘッジファンド、ファミリーオフィス、取引所など)からはまだそれほど多くの声が上がっていない。ただ、「ああ、なるほど」という瞬間が来たとき、特に新しいフィンテック企業や決済プラットフォームから需要が発生すれば、一気に方向が変わるだろう。その流れに乗るべく準備を進めている。こうした動きが本格的に定着するには、おそらく3〜5年かかるだろう。
John D’Agostino
完全に自律したエージェント取引が近い将来に実現するとは思わない。規制上の枠組みがそれを許容しないからだ。AIが手術を「必要」と判断してそのまま実行する世界は、保険上の仕組みが整わない限り到来しない。ただ、AIエージェントが補助する形での取引活動が現在の水準の7倍に達するという見立ては十分に現実的だ。一人のアナリストが今まで16〜25社しかカバーできなかったのが、AIの補助で1000社をカバーできるようになる。コインベースが参加するX-402プロトコルでも、エージェント型の価値移転の取引量が月次で着実に増加している。
大きな起爆剤を待つべきではない。「規制の明確化が来れば」「どこかの出来事が解決すれば」という待ち方は間違いだ。中央銀行が仮想通貨をバランスシートに載せる、日本が税制を改善する、サークルが普及を拡大する。こうした小さな積み重ね(マイクロカタリスト)が、ある日「気づいたら取引量が5倍になっていた」という状態を作る。
補足:英国財務省が公表したホールセールデジタル市場に関するレポートでは、潜在市場規模を88兆ドルと試算し、より効率的な取引インフラへの移行によって英国経済に330億ポンドの押し上げ効果がもたらされると指摘している。担保の削減、決済の高速化に加え、AIエージェントとプログラマビリティの導入が市場を変える主要因として挙げられている。
John D’Agostino
これが思ったより早く進んでいる。もし今日新しい取引所を作るなら、伝統的なレールではなくブロックチェーンのレールを使う。2009年までオープンアウトクライ(場立ち取引)で原油先物を取引していたニューヨーク商品取引所(NYMEX)を思い出してほしい。デジタル化しようとして、様々な理由で阻まれ、本来の15年後にようやく移行した。今はすべての主要米国取引所が、通常取引時間外のサイドバイサイド取引を走らせている。ナスダックが現在ナスダックである理由は、30年前に誰も上場させたくなかった企業(マイクロソフト)を上場させたからだ。必要なのは「勇気」だ。十分に需要が見込める企業が「この株式をブロックチェーンで買えなければアクセスさせない」と言い切れる日が来れば、市場は変わる。一度使えば二度と戻らないほど、速く、優れている。2年前は金曜午後4時31分に石油市場で何かが起きたら、月曜の午前9時30分まで対処できなかった。今はハイパーリキッドで週末に石油エクスポージャーをヘッジできる。誰も取引所の開閉時間に縛られる生活には戻らない。
セッション総括
「機関投資家向け仮想通貨はいつか伝統的資本市場と区別がつかなくなるのか、時間の問題に過ぎないのか」というアーノルド氏の締めくくりの問いに、タクール氏が応えた。
「収束は確実に起きる。ただし、それはまずインフラの層から始まるだろう。資産レベルでの運用特性はしばらく異なり続けるかもしれない。ステーブルコイン、トークン化、デジタル資産レートはすでに日常のインフラの一部だ。私たちが動いていることは否定できない」
フルスタックのプライムブローカレッジ整備、規制断片化の克服、カストディガバナンスの強化、そしてAIエージェントとの統合。機関投資家クリプトの「全貌」はまだ描き切れていないが、このセッションはその輪郭を確かに示した。
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