円建てステーブルコインの現在地
2025年は、日本円建てステーブルコインが「構想段階」から「実用段階」へ本格的に移行した年となった。
2025年10月、JPYC株式会社が改正資金決済法に基づく電子決済手段として、国内初の円建てステーブルコイン「JPYC」を正式にリリース。口座開設数や発行額は急速に拡大を続けており、決済や送金など実需での利用が着実に進んでいる。
金融機関の動きも加速している。3メガバンクがそれぞれステーブルコインの実証実験を進めるほか、SBIホールディングスは2026年中の発行計画を公表。企業間決済や証券取引の効率化をにらんだ「本格参入」の機運が高まっている。
2026年、日本円建てステーブルコインはどこへ向かうのか。2月27日に開催される次世代金融カンファレンス「MoneyX」に合わせ、業界を代表する5名の有識者に国内普及のポジティブな影響と今後の課題を聞いた。
国内普及のポジティブな影響
Q. 日本円建てステーブルコインの国内普及は、投資家・利用者にとってどのようなポジティブな影響があるとお考えでしょうか。
利用者の普及が進めば、決済収益の海外流出低減、国内企業の決済コスト削減、決済マネーの国内循環を通じて、国内経済に緩やかな好循環が生まれる可能性もある。そのためには「保有者数の拡大」よりも、まず利用できる場所・ユースケースの拡大が重要であり、事業投資に見合う条件が早期に整うことを期待している。
併せて、円ベースのデジタル経済圏が生まれることで、日本発のweb3スタートアップが増加することも期待できる。また、日本円建てであれば心理的にも国内の個人・法人の利用にも馴染み、スマートコントラクトによる効率化、コスト削減効果を含め支払いや送金など日常決済とブロックチェーン上の資産が接続し、よりスムーズな価値移転が可能になると期待される。
これにより、投資家は小口でも高度な金融サービスにアクセスでき、利用者はスマホ一つでオンライン商店が手軽に開設できたり、プログラムによる安全な用途限定のお小遣いなど、今までにない金融体験とともに、グローバルでオープンな経済圏に誰もが参加できる金融の民主化が加速するだろう。
1点目を分解すると、「円貨-外貨間交換(FX)のシームレス化」「銀行間連携のSTP化」「国際間キャッシュマネジメントの利便性向上」等が挙げられる。クロスボーダー決済における課題は、かつてのLibra構想を契機にG20でテーマ化され、解決に向けた取り組みが国際的に進められている。SCも解決手段の1つとして期待されているが、これらは金融インフラレイヤーの高度化の話のため、皆さまがSwiftや全銀ネットを直接触るわけではないのと同様、「いつの間にか早く安くなった」という類の効果実感になるだろう。
2点目を分解すると、「24時間取引の易化」「Player to Player(P2P)取引の易化」等が挙げられる。クロスボーダー取引と比較すると、国内で完結しやすい分、比較的早い時間軸が想定される。証券側のオンチェーン化(=Security Token(ST)市場の拡大/拡張)が前提となるが、別記事でも解説しているとおりこの領域は日本が相対的に”相応に戦えている”立ち位置にいるため、この勢いを落とさなければ、株式や投資信託といった皆さまに馴染みのある取引でも効果を実感できるかもしれない。
3点目で最もキャッチーなのは「AI Agent決済」だろう。かつてのIoT/M2M決済のように掛け声だけで中身のない主張も散見されるが、現実的な見地から着実に進めている事業者の方が存在しているのも事実。例えばChatGPTやGeminiから銀行APIを呼び出して送金を実行することは(一部のネット銀行様を除き)想像しづらいが、SCでは外部からの更新は比較的容易に実装可能なため、銀行APIよりはイメージしやすいはずだ。そこから先はAI Agent側の進化/浸透に依拠するが、これは不可逆だろう。
SCがもたらす副次的な効果として、自社エコシステムを有する事業者にとってのメリットがあるが、本題ではないため今回は割愛する。
米国の「Clarity Act」を巡る議論からも分かる通り、オンチェーン金融の利点は、中間コストを排して金利や収益を利用者に直接還元できる点にある。日本円がオンチェーン化することで、投資家は従来の銀行口座では不可能だった利回りを享受できる「新しいアセットクラス」にアクセス可能になる。
また、「24時間365日」即時決済による資本効率の向上によって、既存の銀行システムに縛られない企業間決済や証券決済の効率が劇的に向上する。これは投資家にとって、資金の拘束時間を最短化し、再投資の回転率を高めるメリットに直結する。
※敬称略・50音順。
懸念点や課題点
Q. 懸念点や課題点があればお聞かせください。
システム面では、スケーラビリティやファイナリティ、マルチチェーン対応、鍵管理、UI/UXといった課題は存在するが、これらは技術進展とともに解決が見込まれる論点である。運用面でもKYC・AML、プライバシー、会計・税務処理など検討は続くが、Web3的な理想論に寄せるより、既存ビジネスの延長線で整理していくことが、普及に向けた現実解だと考えている。
ステーブルコインの本質はインターネットという公共インフラの上で、オープンかつグローバルに機能することである。私企業のための利益追求だけでなく、日本円の通貨としての公的価値の維持向上のためのユーティリティを設計できるか。この観点が人類とAIが共存する未来のステーブルコインには必要と考える。
まず1点目が「クロスボーダー取引」における課題だ。国内で完結しない以上”相手”あっての話であり、各法域でそれぞれSC規制法が整備される中での「相互通用性」の担保が不可欠だ。各国で”銀行コンソーシアム”によるアプローチが志向されており、日本も例外ではないが、インパクトが大きい分腰を据えた取り組みが想定される。日本においては金融庁を事務局とする「決済高度化プロジェクト(PIP)」が設置されているとおり、各国規制当局との連携が重要だ。
つぎに2点目が「証券取引」における課題だ。これはSC側というよりST側の課題だが、株式については既存インフラとのカニバリがある中で連携/棲み分けを整理できるか、投資信託については券面前提の既存法をどのように乗り越えるか、といった点が論点だ。この2点を対象としたワーキング・グループ(WG)を業界として取り組んでおり、その成果を3月に公表することを目標としている。
最後が「プログラマブル決済」及び「クリプトアセット取引」における課題だ。共通している論点が「実行主体は誰か」というIDの問題、言い換えるとAML/CFTの課題だ。もっと直接的にいうと、例えば某国のロケット開発を間接的に援助するような資金供与に与していないか?という観点でクリーンであることを、どのように担保するかということだ。DeFi取引を求める声のモチベーションの大多数は、取引柔軟性を損ないたくないという動機であって、テロ資金を供与したいという動機ではないはずだが、動機の有無を問わず結果として”与してしまえば同じ”だ。昨年の金融審議会のWG報告では「注視」となっているが、クリプトアセット推進の流れにある米国のClarity Actでさえ、DeFiアクセスには厳しいスタンスだ。テロ組織以外、実現したい未来/目的は同じはずなので、ブロックチェーンも先端技術の1つなら、規制ではなく技術的な創意工夫で解決するのが理想的だ。皆さまのお知恵をお貸しください。
オンライン決済がそうであるように、技術が生んだ課題は規制ではなく技術で解決をするべきだ。名前ばかりのイノベーションではなく、本質を見極め真にイノベーションを促進する制度を希望する。
※敬称略・50音順。
共通する期待:決済インフラの進化と金融の民主化
5名のコメントに共通するのは、円建てステーブルコインが決済インフラの根本的な進化をもたらすという見方だ。24時間即時決済による資本効率の向上、P2P取引の易化、企業間決済の効率化など、既存の銀行システムの時間的制約から投資家を解放する可能性が指摘されている。ドル建てが主流のブロックチェーン取引に円建ての選択肢が加わることで為替リスクが低減され、参入障壁が下がるという視点や、円ベースのデジタル経済圏がWeb3スタートアップの増加につながるとの期待も示された。
効率化にとどまらず、DvP(同時履行)やスマートコントラクトを活用したプログラマブルな決済は、小口投資家でも高度な金融サービスにアクセスできる「金融の民主化」を加速させる。注目されるユースケースの一つがAIエージェントによる自律的な決済だ。銀行APIと比較してステーブルコインは外部からの更新が容易でAIとの親和性が高く、この領域は「不可逆的に」発展していくと見られている。また、円の国際競争力を高めるツールとしてのマクロ的意義や、クロスボーダー取引における各国規制の「相互通用性」確保の重要性も挙がった。
関連:AIが自律的に売買する時代へ、コインベースが描くエージェントコマースの未来|WebX2025
課題認識:制度設計と「オープン性」の確保
課題面では、「技術が生んだ課題は規制ではなく技術で解決すべき」という主張が複数の回答者に共通した。制度面では100万円上限規制が企業利用へのボトルネックとなっており、需要不足ではなく制度設計上スケールしにくい構造が大手事業者の参入を実証実験段階にとどめているとの指摘もあった。
さらに、自社利益を優先した「デジタルな囲い込み」への警戒も示された。ステーブルコインの本質はオープンかつグローバルに機能することであり、排他的な競争に陥れば従来の電子マネーと大差ないものになりかねない。日本円の通貨としての公的価値の維持向上という視点が、今後の設計には不可欠だろう。
2026年の展望
2025年12月の税制改正大綱では暗号資産への申告分離課税(税率20%)導入と繰越控除制度の創設が明記され、暗号資産を「国民の資産形成」のための金融商品として位置づける方向性が明確になった。この追い風を受け、2026年は3メガバンクやSBIの参入による流通基盤の強化、DeFiレンディングやクレジットカード対応など、エコシステムの本格拡充が見込まれる。
今回のコメントが示す通り、ステーブルコインの普及は証券取引の効率化、AIエージェント決済、金融の民主化、円の国際競争力向上まで、日本の金融インフラそのものを変革する可能性を秘めている。技術的なイノベーション、適切な制度設計、そしてオープンなエコシステムの構築。この三つがかみ合うかどうかが、2026年の最大の焦点となりそうだ。
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