WebX2026 | セッションレポート
国境を越える決済の主役は誰か、SWIFT・FRB・カルダノ討論【WebX2026】
ステーブルコインは暗号資産のニッチから脱し、国際決済インフラの主役候補へと浮上しつつある。WebX2026では、SWIFTのデジタル資産責任者、元FRB最高イノベーション責任者、Cardano Foundation CEO、台湾のデジタルバンクという異なる立場の4者が、次世代の決済スタックを巡る構造変化を議論した。規制の枠組み、フラグメンテーションのリスク、銀行の新たな役割、そしてAIエージェント経済という新たなドライバーが、論点の核心となった。
登壇者プロフィール
Cardano Foundationを率い、ブロックチェーン基盤の金融インフラ整備を推進。再保険商品のRWA化やトークン化マネーマーケットファンドの設計など、規制対応と実装の両面で実績を持つ。
FRBの最高イノベーション責任者として米国の『ジーニアス法案』立案に携わった後、直近で同職を退任。デジタル資産と金融政策の交点に精通する。
SWIFTのデジタル資産事業を統括。11,500機関以上のグローバルネットワークを基盤に、トークン化資産やステーブルコイン時代における相互運用性の実現を推進する。
台湾の伝統的金融機関出身。台湾の仮想資産規制の整備を背景に、クロスボーダー決済へのステーブルコイン活用を推進するためにO-Bankに参画。
ロンドン拠点でFTの金融規制を担当。世界の金融規制と法令対応を幅広く取材し、デジタル資産の規制動向にも精通する。
ステーブルコインの現在地
ステーブルコインはすでに暗号資産専用の入出金手段という位置づけを超え、決済の文脈で語られるようになった。とはいえ登壇者の見方は一枚岩ではなく、「ハイブリッドな未来」と「依然としてトレーディングが主流」という二つの視点が交差した。
フレデリク・グレガード
今のステーブルコインはハイブリッドな未来への第一歩だ。ステーブルコインだけが主役になるわけではなく、トークン化預金・ホールセール準備金トークン・パブリックブロックチェーンが既存の金融市場インフラと共存する形になる。重要なのは「どのデジタルマネーが、特定のコリドーやユースケースに対して、信頼性・相互運用性・流動性・コンプライアンス・実用性を持つか」という問いだ。カルダノではコンプライアンス基準の異なるステーブルコインをセキュリティ確保に活用し、アジアでは送金のユースケースも見られる。用途によって最適な形が異なる。
スナイナ・トゥテジャ
正直に言えば、ステーブルコインのユースケースは今もトレーディングが最大だ。ステーブルコインの原点はクリプトを24時間365日トレードしたいという需要から生まれた。その次がドルへのアクセス、そしてクロスボーダー決済だ。米国内でステーブルコインが解決する問題は実はほとんどない。主な需要は米国外、特に新興国のドルへのアクセスニーズにある。
ニコラス・ヤン
台湾では数週間前に仮想資産に関する新たな規制が発表されたばかりだ。これを受け、台湾ドルまたは米ドル建てのステーブルコイン発行に向けた期待が高まっている。O-Bankとしては自社ステーブルコインの発行を急ぐつもりはないが、クロスボーダー決済へのステーブルコイン活用は現実的な選択肢として準備を進めている。以前はAML・KYCへの対応が最大の障壁だったが、規制の明確化によってその道筋が見えてきた。
次の成長ドライバー、エージェンティックコマース
スナイナ・トゥテジャ氏が提示した「エージェンティックコマース」という概念が、会場の注目を集めた。AIエージェントが自律的に経済活動を行う世界において、ステーブルコインがその決済基盤になるという仮説だ。
スナイナ・トゥテジャ
次のステーブルコインの爆発的な成長ドライバーはエージェンティックコマース、つまりAIエージェント経済だと考えている。AIエージェントが自律的に決済を行う世界では、そのスピードとボリュームを処理できる決済レールはステーブルコイン以外にない。ACHでもできない、即時決済でもできない。米ドルステーブルコインはジーニアス法によって正式な法的根拠を得た。エージェンティックコマースの決済基盤として機能するのはステーブルコインだ、というのが我々の仮説だ。
補足:エージェンティックコマースとは、AIエージェントが人間に代わって自律的に商品購入・サービス契約・資産取引などを行う経済活動の総称。決済の高頻度化・小口化・自動化が進むため、従来の銀行決済レールでは対応が難しいとされる。
SWIFTの役割とデジタルアイランド問題
モデレーターのマーティン・アーノルド氏は、ステーブルコインの台頭によってSWIFTが「脇に追いやられるのではないか」と問いを立てた。アバロン・イングラム氏は、その問いを真正面から受け止めたうえで、SWIFTが考える役割を説明した。
アバロン・イングラム
SWIFTが脇に追いやられる可能性を否定するのは間違いだ。ただ、現実的に考える必要がある。デジタル金融において、分断化のコストは非常に高い。エコノミストと共同で行った研究では、フラグメンテーションが実体経済に与える損失はGDP比で最良のシナリオでもマイナス1.2%、最悪の場合はマイナス6%、金額にして6兆5,000億ドルに上るという結果が出ている。多くの新興技術が、スケールを確保できずに消えていった。SWIFTが提供できるのは、11,500機関のネットワークと市場インフラへの接続、そして相互運用性レイヤーだ。デジタルアイランドをさらに増やすのではなく、それらをつなぐことに価値がある。世界はマルチ資産・マルチレールになる。その中で「どこに賭けるかを一つに絞る」のではなく、選択肢の幅を広げることが重要だ。
フレデリク・グレガード
世界はSWIFTを必要としているが、「現在の形のSWIFT」が必要なわけではない。ステーブルコインとエージェンティックコマースの台頭によって、金融市場インフラは大きく変わっている。SWIFTが担うべき本来の役割は、標準設定とトラストアンカーだ。異なるハイブリッドモデルをつなぎ、特にアイデンティティ検証の層で信頼を担保することに価値がある。銀行の役割もステーブルコインの発行者である必要はない。コンポーザビリティ(相互利用可能な金融プリミティブの組み合わせ)を受け入れることで、銀行はより速く・安く・良いサービスを提供し、GDP成長に貢献できる。ブロックチェーンをベースレイヤーとし、銀行をトラストアンカーとし、SWIFTを標準・アイデンティティ層として機能させる——この構造が、デジタルアイランドを増やさない唯一の道だ。
補足:コンポーザビリティとは、ブロックチェーン上の金融プリミティブ(貸出・担保・決済など)が他のプロトコルと組み合わせて利用できる性質のこと。レゴブロックのように積み上げることで、複雑な金融機能を効率的に構築できる。
ジーニアス法とMiCA、規制アプローチの明暗
規制の設計が実際のイノベーションにどう影響するか。米国のジーニアス法と欧州のMiCAを比較する形で、フレデリク・グレガード氏とスナイナ・トゥテジャ氏がそれぞれの評価を示した。
フレデリク・グレガード
MiCAの政策設計は優れていた。しかし実装が想定とは大きくかけ離れた形になり、実態は非常に制限的な規制体制になってしまった。ユーロ建てステーブルコインを育て、イノベーションを誘致するはずが、逆効果になった部分がある。一方、ジーニアス法とクラリティー法案が示したのは「イノベーションは歓迎するが、一定のセーフガードと枠組みを設ける」というメッセージだ。その結果、ブロックチェーン関連のユースケースが非金融分野にまで広がりつつある。
スナイナ・トゥテジャ
ジーニアス法は金融危機(GFC)後、15年ぶりに米国で成立した金融立法だ。ステーブルコインは静的なものではないという認識のもと、「学びながら進める(learn by doing)」アプローチをとった。銀行も、フィンテックも、クリプト業界も、全員が何らかの点で不満を持つ。それが実はバランスが取れているサインだと受け止めている。ジーニアス法は不完全かもしれないが、誰も手をこまねいているうちにステーブルコインの活動は進んでいく。消費者保護を本気で考えるなら、不完全でも前に進めるしかない。
補足:ジーニアス法は2025年7月に成立した米国初の連邦レベルのドル建て決済用ステーブルコイン包括規制。発行主体の要件、高品質な流動資産による1対1の裏付け、オンデマンド償還、AML・制裁対応などを義務付ける。MiCA(Markets in Crypto-Assets Regulation)は2024年末から完全適用となったEUの暗号資産包括規制。
セッション総括
クラリティー法案の成立可能性について問われたスナイナ・トゥテジャ氏は「70%程度はある」と楽観的な見通しを示した。フレデリク・グレガード氏は、クラリティー法案の意義は金融資産にとどまらず、政府や既存産業がブロックチェーン採用へと踏み出す契機になると指摘した。
ニコラス・ヤン氏は銀行の立場からこう述べた。「銀行はステーブルコインや仮想通貨をできる限り多く保有したいわけではない。リスク計算上のコストが高い。CardanoのようなL1ブロックチェーンと協力することが、顧客に最大の利益を届けるうえで最もバランスの取れたアプローチだ」
フレデリク・グレガード氏は最後にこう締めくくった。「フィンテックプレーヤーもブロックチェーンプロジェクトも、銀行という信頼性の高いインフラにアクセスできる。ブロックチェーンをベースレイヤーに、銀行をトラストアンカーに、SWIFTを標準・アイデンティティ層に。これが金融包摂——世界の20億人の金融アクセスを実現する道筋でもある」
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