WebX2026 | セッションレポート
トークン化証券の最前線、JPモルガン・Alpaca・Chainlinkが語る資本市場の未来|WebX2026
トークン化証券は「実験」の段階を完全に終えた。JPモルガンのデジタル資産事業部門Kinexys、米国株ブローカーインフラを提供するAlpaca、ブロックチェーン相互運用基盤のChainlink Labsの3社がWebX2026のステージに集い、資本市場のトークン化が抱える流動性・ユーティリティ・信頼というボトルネックと、その先にある「24時間365日のスマートファイナンス」という未来像を議論した。
登壇者プロフィール
JPモルガンのデジタル資産事業部門Kinexysを統括。創設以来4兆ドルの価値を移転し、機関投資家向けのデジタル決済・トークン化資産インフラを牽引してきた。
APIファーストのブローカーインフラ企業Alpacaの共同創業者。300社超にサービスを提供し、現在はトークン化米国株の大部分のカストディ機能を担う。
Chainlink Labsで資本市場部門を統括。ブロックチェーン上のデータフィード・相互運用性・プライバシーの基盤整備を推進し、グローバル金融機関との連携を主導する。
S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスでアジア太平洋地域のセールスおよびストラテジーを統括。インデックスビジネスにおける市場構造と信頼性の専門家。
トークン化の現在地
モデレーターのウォン・ロイ氏は冒頭、トークン化リアルワールドアセット(RWA)の市場規模が2025年5月時点で約330億ドルに達していること、そして今後数年でその規模が兆ドル単位に拡大すると予測されていることを示した。「トークン化が機能するかどうかという議論は、すでに決着している。問われているのは、流動性・相互運用性・信頼・スケールをいかに確保するかだ」とセッションの焦点を定めた。
オリバー・ハリス
これは現実だ。すでに稼働している。Kinexysは創設以来4兆ドルの価値を移転してきた。現在、デジタルマネーとトークン化資産事業を合わせて毎日50〜80億ドルを処理している。
原田均
Alpacaは現在、トークン化された米国株の大部分のカストディ層を担っている。OnDoなど主要プロジェクトもサポートしている。今起きていることは、1970年代に紙の証券がコンピュータ上のデータベースへと移行したときと同規模の変革だ。あの転換から50年以上が経ち、今度はそのデータベースがトークン化されようとしている。
フェルナンド・バスケス
イノベーション・シアターは終わった。以前はイノベーション部門やR&Dと話していたが、今は収益責任を持つP&Lオーナーと向き合っている。これは現実になっている。
流動性とマーケット構造
「トークンを発行することと、その資産の市場を作ることはまったく別の問題だ」——ウォン・ロイ氏はこう問いかけ、流動性実現に向けた課題の核心を問うた。
オリバー・ハリス
これは技術の問題ではなく、マーケット構造の変革だ。資産をトークン化しても、それだけでは流動性は生まれない。デジタルで発行すること自体は難しくない。難しいのはその先——発行から取引・決済に至るまでのすべてのステークホルダーをつなぐことだ。この変革は単独では実現できない。競合他社も、パートナーも、クライアントも巻き込んで、ネットワーク効果の好循環を生み出すことが不可欠だ。
原田均
毎日、すでに数十億ドル規模のトークン化株式が取引されている。ただ米国株式市場全体が兆ドル規模であることを考えれば、まだ大きな余地がある。最大の課題はマーケットメーカーの参加だ。マーケットメーカーは市場の流動性を支える主軸であり、オンチェーンの価格がオフチェーンの現物株価から乖離しないよう担保する役割を担う。そのためにAlpacaは「Instant Tokenized Network」を構築している。マーケットメーカーが現物株式を直接オンチェーンのトークンに変換できる仕組みで、発行費用を支払うだけでなく、現物から直接ミントできる。これが流動性を支える根幹だ。
補足:マーケットメーカーとは、売買の双方向で継続的に価格提示を行い、市場の流動性を提供する専門業者。トークン化証券市場では、オンチェーンの価格と現物価格の乖離を防ぐ役割を担う。
ユーティリティと信頼の構築
マーケット構造の議論に続き、フェルナンド氏が「ユーティリティギャップ」という概念を提示した。トークンを保有・売却する以上のことができなければ、わざわざトークン化する意味は薄い、という問いかけだ。
フェルナンド・バスケス
マーケット構造が整ったとして、次に直面するのがユーティリティの問題だ。「なぜそのトークンを保有するのか?」と自問してほしい。保有するか売却するかしかできないなら、正直なところ、わざわざトークン形式で持つ意味はない。しかし、そのトークンを国境を越えて即座に移動させたり、担保として差し入れてCMEで原油を取引したり、それを原資に借り入れたりできるなら、話はまったく違う。ユーティリティの実現こそが、次のスケール拡大の鍵だ。
ウォン・ロイ
信頼も重要な要素だ。インデックスビジネスでは、明確なルールフレームワーク・ガバナンス・透明性が市場の信頼を支えてきた。たとえばステーブルコインを担保として受け入れる場合、適切なヘアカット計算が必要になる。そのためS&Pダウ・ジョーンズとChainlinkは共同で「ステーブルコイン安定性インデックス」を開発した。ブローカーの取引デスクが担保として受け入れる際の判断基準として活用できる。
原田均
保有者がトークンと裏付け資産の整合性を検証できる仕組みも不可欠だ。従来は証券の残高ファイルが1日1回しか生成されず、確認できるのは1日に1回だけだった。現在AlpacaはProof of Reserve(準備金証明)の構築に取り組んでいる。適格カストディアンと連携し、オンチェーントークンが実際の現物資産に裏付けられていることをリアルタイムで証明する仕組みだ。
レガシーとの共存とコンプライアンス
登壇者が一致して強調したのは、ブロックチェーンが既存の金融インフラを「破壊」するのではなく、「共存」していくという見方だ。規制対応についても既存の原則が変わるわけではないことが確認された。
フェルナンド・バスケス
ブロックチェーンが金融市場を破壊するというのは誤りだ。資本市場は既存の仕組みを壊すことなく、ハイブリッドな世界へと有機的に成長していく。SWIFTとの連携においても、既存のSWIFTベースのソフトウェアからオンチェーン決済を開始できることをすでに実証している。ゼロから作り直す必要はない。
オリバー・ハリス
クラウドインフラのアナロジーが適切だ。企業はプライベートデータセンター、プライベートクラウド、パブリッククラウドを使い分け、アプリケーションごとに最適な環境を選んでいる。Web3でも同じアプローチを取る。KinexysはSWIFTにも参加しており、デジタル決済ビジネスは24時間365日のクロスボーダー決済を提供しながら、従来のコルレス銀行ネットワークとも接続している。クライアントにとって、技術的な複雑さは見えない形にする。それが我々の仕事だ。
コンプライアンス面では、OCC(米通貨監督庁)のサイバーセキュリティガイドラインへの準拠を含め、すべてのリスク管理と統制を実装している。技術的に先進的だからといって近道を取ることはできない。退屈な作業かもしれないが、「地道な作業こそが今求められている」と言える段階に来ている。
原田均
KYC(顧客確認)やAML(マネーロンダリング防止)の原則は変わらない。トークン化はテクノロジーと形式を変えるが、金融システムの本質は変わらない。なぜこの規制が必要なのかという根本的な問いに立ち返り、新しい手段で同じことを実現すればいい。
フェルナンド・バスケス
トークンがブリッジを通じてさまざまなチェーン間を移動しても、スマートコントラクトによるプライバシーオーバーレイで管理が維持できる。日本で発行された資産が日本から英国、英国から米国へと移動する際も、各チェーンのインフラがコンプライアンス要件を自動的に執行できる。技術的には、すでにそれが可能な段階にある。
補足:OCC(Office of the Comptroller of the Currency)は米通貨監督庁。米国の連邦認可銀行と信託会社の監督機関で、サイバーセキュリティや内部統制に関するガイドラインを策定する。
セッション総括
クリプトとトークン化証券の境界線が消えつつあるという認識で登壇者の見方は一致した。オリバー氏はJPモルガンがG-SIB(グローバルシステム上重要な銀行)として初めてパブリックブロックチェーン上に預金トークン(JPMコイン)を発行し、マネーマーケットファンドのトークン化も実施していることを明かした。同時に、KYC・AML・銀行秘密法のすべての規制要件を満たしたうえで実現している点を強調し、「今や境界線はない。物事はただ融合しているだけだ」と語った。原田氏は「トークン化はテクノロジーとフォーマットを変えるが、金融システムの本質は変わらない。KYCやAMLの原則は変わらず、同じことを新しい手段で実現すればいい」と述べた。
オリバー氏は最後にこう締めくくった。
「目指す姿は24時間365日、プログラム可能なスマートファイナンスだ。長い旅の途上にあるが、方向性は明確で、その目的地に向かって進んでいる」
トークン化という技術変革は、金融インフラの「上書き」ではなく「進化」として静かに、しかし確実に資本市場を塗り替えつつある。
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