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慶應大の坂井教授が語る「予測市場の世紀:集合知の社会実装」|WebX2026

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WebX 2026 セッションレポート

慶應大の坂井教授が語る「予測市場の世紀:集合知の社会実装」|WebX2026

坂井豊貴

2026年7月14日、WebX 2026のLimitlessステージで、慶應義塾大学の坂井豊貴教授が「予測市場の世紀:集合知の社会実装」と題したセッションに登壇した。予測市場を「人類史に輝く発明」と位置づけ、世論調査が持つ構造的な欠陥、板取引型とマーケットメーカー型という2つの実装形態、そして社内活用によるコーポレートガバナンスへの応用まで、経済学者の視点から約30分にわたって解説した。

坂井豊貴

坂井豊貴

慶應義塾大学
教授

経済学者。専門はメカニズムデザイン(仕組みの設計)。2018年に個人事務所を設立し、その後エコノミクスデザインを共同創業。経済学の社会実装を手がけるとともに、仮想通貨・ブロックチェーンをメカニズムデザインの応用として研究する。


人類史に輝く発明としての予測市場

坂井教授はまず、人類がこれまでに成し遂げてきた社会科学的な発明を列挙することから講演を始めた。代表性民主主義、人権の概念、法の下の平等、株式会社、市場、不換通貨、信用創造。そのリストに近年、新たな発明が加わったと坂井教授は断言した。
「近年、これらのリストに1つ新たなものが加わったと確信しています。予測市場です」
予測市場では、1つの市場に1つの問いが立てられる。坂井教授はPolymarketの事例を引用し、「ホルムズ海峡の通行量は年内に正常化するだろうか」という問いを例に仕組みを説明した。この問いに対し、答えがイエスなら1ドル、ノーなら0ドルになるチケットが売買される。チケット価格は需給で定まるため、必ず0と1の間の値をとる。予測市場ではこの価格Pを、そのまま「その出来事が起こる確率」として読み替える点が核心だと坂井教授は強調した。価格は人々の予想を極めて上手く集約した値になることが経済学的に知られている。
補足:予測市場の先駆けは1988年にアイオワ大学が始めた「Iowa Electronic Markets(IEM)」。2024年のアメリカ大統領選挙でPolymarketが世論調査よりも早い段階からトランプ優勢を示していたことで注目を集めた。

世論調査が外れる3つの理由

WebX2026 予測市場セッション写真
坂井教授は「世論調査は、外れる方がおかしい」と逆説的な問題提起をした。大手新聞社が有権者からランダムにサンプルを抽出し、十分な数を集めれば、数理統計学の「大数の法則」に従い、ほぼ確実に正しい結果が得られるはずだからだ。にもかかわらず世論調査はなぜ外れるのか。坂井教授はその理由を3点に整理した。
1点目は、回答者が「ろくに考えずに答える」可能性だ。普段から政治について考えていない人に急に問われても、真剣な回答は期待しにくい。2点目は「嘘をつく」問題。カリフォルニア州の住民がトランプ支持と答えにくいように、社会的圧力から本音とは異なる回答をするケースがある(いわゆる社会的望ましさバイアス)。そして3点目が最も重要だと坂井教授は指摘した。
「問いに対して詳しい人と詳しくない人が、同じ1人としてカウントされてしまいます。詳しい人の回答は、そうでない人よりも高いウェイトを付けるべきなのに、世論調査はその点が極めて不合理なんです」
予測市場はこの3点をすべて克服する。考えずに売買すると損をするため必然的に真剣に向き合う。自分の利益に忠実に動くため嘘をつかない。詳しい人は多く売買するため、価格への影響(ウェイト)が自然と大きくなる。

板取引型とマーケットメーカー型の2形態

坂井教授は予測市場を大きく2つの形態に分類した。1つ目は「板取引型」で、Polymarketがその代表例だ。参加者同士が板取引で売買し、価格は需給により決まる。世界中から参加者を集め、賭けるのはお金、という形式が基本となる。
2つ目は「マーケットメーカー型」で、日本のIGS(東証グロース上場)が運営する「Signals」が代表例として挙げられた。参加者は市場の設計者(マーケットメーカー)とチケットを売買し、参加者同士では取引しない。社内での限定的な運用を前提とすることが多く、金融・賭博規制に抵触しないよう換金性の低いポイントを用いるのが一般的だ。
「マーケットメーカー型では、価格は需給ではなく価格決定関数で定まります。対数スコアリングルールや二次スコアリングルールが使われ、運営者が支払う最大額をコントロールできる点が特徴です」
補足:マーケットメーカー型の価格決定関数に関する研究は経済学で20年以上にわたって蓄積されており、GoogleやヒューレットパッカードがかつてMarket Maker型の社内予測市場を採用していたことが知られている。

社内予測市場によるコーポレートガバナンス

予測市場の応用として坂井教授が特に力を入れて説明したのが、企業内での活用だ。「組織では悪いニュースほど上に上がってこない」という普遍的な問題に対し、予測市場がアラート機能として機能するという提案だ。
具体的な使い方として、「重要プロジェクトAが年内に完了するか」というチケットを社内で販売するケースを例示した。現場の事情に詳しい社員が「完了しない」と判断すれば、チケット価格は下落する。価格が極端に低い水準(例:0.15ポイント)を示していれば、取締役会はプロジェクトの危機を把握できる。施策の選択にも活用できる。A案とB案それぞれに予測市場を立て、価格が高い方を採用するという意思決定の仕組みだ。
「経営陣の人たちはバッドニュースを本当に知りたがっています。こうしたツールは、割と早く日本企業の中で普及していくんじゃないかと考えています」
ただし坂井教授は、参加者の設計が重要だと注意を促した。「失敗する」側に大きく賭けた上で実際にプロジェクトを失敗させるような参加者が入らないよう、参加資格の設計には運営ノウハウが必要だと述べた。

日本での課題と今後の展望

WebX2026 予測市場セッション写真
板取引型の予測市場は日本では現行法上、オンライン賭博に該当する可能性が高い。坂井教授はその点を正面から認めつつも「本当に残念で、もったいないことだ」と述べ、換金性の低いポイントを用いる合法的な実施方法が現実的な選択肢だとした。ただし、その場合もリーガルチェックは不可欠だと念を押した。
集合知が機能するメカニズムとして、坂井教授は2つの要因を挙げた。1つ目は集団の多様性:楽観的な人と悲観的な人のバイアスが打ち消し合い、中立的な判断に収束するコンドルセ陪審定理的な効果。2つ目は、少数の詳しい参加者が多くの売買を通じて価格に強い影響を与えるメカニズムだ。インサイダー取引については「情報を持つ人が参加するほど予測精度は上がる一方、結果を操作できるほどのインサイダーは参加してはいけない」と線引きの難しさに言及した。
「予測しやすい国と、しにくい国では産業の進め方が変わっていく。新ジャンルの発明として、予測市場を柔軟に活用しやすい規制の枠組みが必要だと考えています」
坂井教授は最後に、日本のギャンブルへの抵抗感が予測市場普及の障壁になりうるとも指摘。「賭けという遊びに対して社会がもう少し親しめるようになると、こうした仕組みは導入しやすくなるだろう」と述べ、社会実装への期待を示してセッションを締めくくった。

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