今回の記事は、「SBI R3 Japan」が公開しているMediumから転載したものです。
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企業が真剣に導入を検討・実用化する時代に
2009年に最初のビットコインが発行されてから10年以上がたち、現在はEthereum等のパブリック型や、CordaやHyperledger Fabricなどのプライベート型(コンソーシアム型)のブロックチェーンの採用を、企業が真剣に検討・実用化していく時代になりました。
以前のブロックチェーンは、中央集権的な社会構造からの脱却や、商取引に介入する第三者の排除といった思想に魅力を感じた、一部のギークたちのものという時代もあったようです。
しかし、今ではスタートアップだけでなくMicrosoftやAWS、アクセンチュアやNTTデータといった大手IT事業者が、ブロックチェーン基盤やアプリケーションの提供をするために実証実験を重ねています。またユーザー側も、ブロックチェーンの特性や、自社のビジネスにどう影響を与えるのかの理解が進んでおり、実用に向けてすでに動いています。
ブロックチェーンの実用では、中国がその他の地域に先行していますが、日本においても、例えば三井住友銀行は、ブロックチェーンプラットフォーム『Corda』上に構築された貿易金融アプリケーション『Marco Polo』の実証実験に2018年から取り組んでいました。
『Marco Polo』の目的は、貿易の現場でバイヤーとサプライヤー間で取り交わされる、インボイスや発注書、船荷書類等を電子化し、ブロックチェーン上で取引関係者に共有しようというものです。金融機関にとって、貿易手続き業務の削減やオペレーショナル・リスクの低減といった業界改善が可能なだけでなく、輸出者からの資金需要ニーズに迅速に対応出来ます。2019年に、三井住友銀行は三井物産などと売掛債権の流動化と支払保証に係る実証実験に成功しています。
2020年2月の段階で、グローバルではING、コメルツ銀行、BNPパリバなど世界の金融機関31行がMarco Poloネットワークに参加していました。それに加え、2020年1月末に発表された三井住友銀行による、SBI R3 Japan(日本においてCordaのライセンス提供および導入支援を行う会社)への資本参加に関する覚書より、貿易金融分野におけるブロックチェーン活用・普及のためにSBIグループと協力体制を構築するとしています。
企業がブロックチェーン活用する際の課題
さて、企業がブロックチェーンを使う際、注目する特性は主に
- 特定の合意形成アルゴリズムで承認された同じデータを、異なる主体が持つことでデータの正しさが保証される
- ⇧によって価値(お金、契約書、証券、知的財産、etc.)を保有していることを電子的に証明することや、価値を電子的に移動させることが可能になる
であるケースが多いです。
先ほどの貿易金融の例でいえば、バイヤーやサプライヤー、および金融機関の間で、会社間の壁を越えてデータを共有すること。また、契約書や売掛債権といった価値を保有していることをお互いに証明したり、その価値を電子的に移動させたりといったことです。
これによって貿易書類に係る業務コストを削減したり、金融機関が顧客の資金需要に対して迅速・柔軟に融資を提供することで新たなビジネスチャンスをつかむことができます。
一方、企業のブロックチェーン活用において、しばしば話題となる課題が以下です。
- データがネットワーク参加者に公開されてしまうため、プライバシーが確保できない
- ブロックチェーン基盤の仕様変更がアンコントローラブルなうえに、サポート体制への不安がある
- ブロックチェーン開発人材が希少なので、開発コストが高くなる
業界の他企業に先駆けてブロックチェーンを活用している企業たちは、どのようにこれらの課題を乗り越えたのでしょうか?
今回はCordaを採用することでこれらの課題をクリアしたケースを紹介したいと思います。
データがネットワーク参加者に公開されてしまうため、プライバシーが確保できない
企業間で求められる、『プライバシー』とは何か
企業間取引のプライバシーを考えてみましょう。例えば銀行Aが商社Aに50億円の融資をした場合、当たり前でありますが取引は銀行Aと商社A以外に漏れてはいけません。
同じ商品でも顧客毎に単価を調整して提供することがあるように、銀行も融資先に合わせて利率を調整します。その情報もまた顧客と銀行だけに共有され、他の取引相手に共有(もはや漏洩)されることは許されません。
一般的に、こういった企業間取引をパブリック・ブロックチェーンで記録する場合、銀行Aから商社Aへの送金の履歴を、ネットワーク参加者の誰もが見ることができます。
『エンタープライズ企業のブロックチェーン活用におけるプライバシー確保の課題』の筆者が述べる通り、そもそもブロックチェーン技術自体、プライバシー確保とあまり相性が良くありません。その理由は、複数ノード(それぞれ異なる企業が管理するノード)で一つの「正しい」とされる台帳を決める必要があるからです。ある時点のデータを「正しい」と合意した場合、皆でそのデータを持つことで、改ざんされた事実がわかるようになっています。
ブロックチェーンを使いつつ、プライバシーを確保するために用いられる代表的な手法として、
- 取引データそのものは別のDBに保管し、ハッシュ値をブロックチェーンで記録する
- ゼロ知識証明
を挙げることができます。しかし、前述の記事にもある通り、ハッシュ値のアプローチでは、DBに保管されている取引データが改ざんされたということはハッシュ値の照合で確認できるものの、ハッシュ値から取引データを復元できません。そのため、DBに保管されていたはずの元のデータが本当は何だったのかを証明できないのです。また、ゼロ知識証明では処理速度や利用シーンの制限に問題があるなど、課題が残っています。
プライバシーを確保できるデータモデル
では、三井住友銀行に貿易金融プラットフォームMarcoPoloを提供するTradeIX社は、どのように金融取引におけるプライバシーを確保したのでしょうか?
TradeIXがMarcoPoloの基盤として選んだCordaは、 取引当事者間でのみデータを共有する、BitcoinやEthereumと異なるデータモデルを持っています。
Bitcoinでは、複数のトランザクションを同じブロックに入れて、それを1本のチェーンに繋げてみんなで共有しています。一方Cordaでは、1ブロックにつき1つのトランザクション入れ、独立したそれぞれの取引に関わる人のみでデータを共有しています。このデータモデルを採用することで、取引のデータをネットワーク参加者全員ではなく、当事者間のみで共有できるのです。
詳細は『Cordaデータモデルの特徴』を参考にしていただければと思いますが、 Cordaは世界中の金融機関がブロックチェーンを活用しようとしてスクラッチ開発された分散台帳基盤です。そのため、当初からプライバシー確保を考慮した設計となっているのです。
そのため、三井住友銀行をはじめとする世界の大手銀行も、貿易金融のプラットフォームとして採用できるのです。
ブロックチェーン基盤の仕様変更がアンコントローラブルなうえに、サポート体制への不安がある
ブロックチェーン導入を検討する企業が、特にパブリックチェーンを基盤として選んだ場合に直面する課題のうち、
- 自社が関与できないブロックチェーン基盤の仕様変更に対応する必要がある
- サポート体制への不安がある
の2点をここでは取り上げてみましょう。
『エンタープライズ企業がブロックチェーンの基盤選定でパブリックチェーンを避ける理由』で述べられているように、パブリックチェーンの場合、スマートコントラクトのアップデートやチェーンの分裂を企業がコントロールすることは難しいです。
パブリックチェーンは、しばしば有志の開発者コミュニティによって話し合われながらアップデートの仕様が決められていきます。そもそも、特定の企業や政府による中央集権的な体制を避けようという思想に基づいていることが少なくないので、そのブロックチェーン基盤のいちユーザー企業はもちろん、開発を担う企業やサービスプロバイダーでもアップデートやチェーンの分裂をコントロールできないことが多いのです。
自社の開発内容に大きな影響が出る可能性があり、かつアンコントローラブルなリスクは、通常のプロジェクトでは最優先で避けたいところでしょう。
また、企業がシステムを導入することに当たり、サポートの有無は非常に重要です。しかし、オープンソースが主流のブロックチェーンの世界においては、Salesforce、Oracleといった開発元がサポートするサービスのようなサポート体制を、常に期待できるわけではありません。
サービスに問題が生じた際、システムを作ったベンダー・SIerはアプリ側の問題を解決できたとしても、ブロックチェーン基盤そのものの問題には対応しきれない場合があるのです。
仮に、ブロックチェーン基盤にバグがあった場合、パブリックチェーンの場合ではすぐバグの修正に取り掛かることができる保証はどこにもありません。
このように、企業がシステム開発でパブリックチェーンを採用した場合、一般的にブロックチェーン基盤の安定性やサポート体制に不安を抱えることが多い現状にあります。
発生したトラブルに誰が責任をもって対応するのか
将来的にパブリックチェーンが発展していけば、企業が使う可能性もあると思いますが、現時点ではまだまだ課題が残っているのではないでしょうか。
『貿易金融×ブロックチェーン -Corda活用事例紹介-』で紹介されていた、貿易金融の信用状取引を効率化するアプリケーション「Contour (旧Voltron)」では、コンソーシアム型のCordaを採用しています。 Cordaにはオープンソース版とエンタープライズ版があり、後者は前者よりも非機能要件が充実しています。Corda Enterpriseでアプリの開発を行う場合、アプリ側の問題はベンダー・SIerがサポートし、基盤の問題はCordaの開発を行うR3社がサポートします。ブロックチェーン導入を検討する企業にとって、基盤に問題が発生した際、きちんと責任を持って解決してくれる主体が存在するかどうかは企業の意思決定に大きな影響を与えるのではないでしょうか。
また、Contour (旧Voltron)を開発した香港のテック企業、CryptoBLKのCEO ダンカン・ウォンはCordaの良い面として、Cordaプラットフォームの継続的で非常に活発な開発サイクルを挙げています。
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“…. DLTシステムに新しい要件がある場合は、すぐにCordaチームにフィードバックを提供し、可能な解決策を一緒に話し合うことができます。これにより、当社側の開発プロセス全体が高速化および簡素化されます”
https://marketplace.r3.com/directory/cryptoblk?referrer=search
サービスに問題が生じた際、その問題はアプリ側にあるのか、それともブロックチェーン基盤にあるのかをエンドユーザーの企業だけで判断するのは簡単ではありません。そんな時、一番初めに連絡が来るはずのアプリ提供者は、たとえ原因が自社の開発範囲外であったとしても、どこが原因で誰に相談したら解決するのかをエンドユーザーに伝えられることが求められているのではないでしょうか。
ブロックチェーン開発人材が希少なので、開発コストが高くなる
ブロックチェーンのサービスを提供する側の視点に立つと、ブロックチェーン案件とそうでない場合で、どの程度システム開発コストに差が出るのかは気になるところです。
そもそもブロックチェーンの開発者が現時点で希少なので、エンジニアの単価が上がりやすいのですが、『エンタープライズ企業のブロックチェーン導入―開発・保守・運用―』で述べられているように、その一因として開発言語の問題があります。
例えばSolidityは、Ethereumでスマートコントラクトを扱うために新しく設計された言語であり、開発者の母数がどうしても限られてしまいます。
一方、Cordaは開発言語としてJavaを採用しているので、新しい言語であるSolidityに比べ、比較的容易にエンジニアを集めることができます。
『エネルギー業界×ブロックチェーン -Corda活用事例紹介-』では、石油・ガス業界におけるロイヤリティー支払*業務自動化ソリューションが紹介されました。開発を行ったGuildOneのCOOであるMike Gee氏は、Cordaを採用した際のメリットとして、プライバシーが確保できること以外に
- 開発言語がJavaベースであるため、開発チームにとって馴染みやすかった。
ことを挙げています。
※ロイヤリティー支払とは、生産者(石油・ガス会社)が権利者(地主)に対し、ガスや石油の売り上げの一部を権利として支払うこと。
終わりに
この記事では、業界を先駆けてブロックチェーンを活用している企業たちが、ブロックチェーン採用における課題をいかに乗り越えたかを、Cordaの事例を用いつつ紹介しました。
ブロックチェーンに関する議論では、コンセンサスアルゴリズムやスケーラビリティ、セカンドレイヤーの話題を多く見かけますが、企業がビジネスに活用するという観点から見た、保守性や開発コストといった周辺部分についての議論はまだまだ少ない印象です。
パブリックチェーンもプライベートチェーンも、『誰かが独り勝ちする』ための技術ではなく、『ネットワーク参加者みんなで、今よりベターなエコシステムを利用する』ことでそのメリットを享受するものだと思っています。
企業という目線で『どんな条件があれば、エコシステムを利用しやすいか』をこの記事を通じて考えていけたら嬉しいです。
(記事作成:SBI R3 Japan/中澤)