WebX2026 セッションレポート
世界の金融はブロックチェーンでどう変わるか メガバンク3行が語る最新事例
みずほフィナンシャルグループ、三井住友銀行、三菱UFJフィナンシャル・グループのトランザクションバンキング担当者が、海外の先行事例を交えながら、日本の金融機関がブロックチェーンを本番の送金・決済インフラへと組み込んでいく上での課題と展望を語った。
登壇者プロフィール
シティバンク、バンク・オブ・アメリカ、HSBC、JPモルガン・チェースなど外資系金融機関やPwCでキャッシュマネジメント分野のキャリアを重ね、現在はみずほフィナンシャルグループでトークン化預金やエンベデッドファイナンスなど次世代決済戦略の企画を担う。
決済分野の有識者として知られ、株式会社ことら代表取締役社長、SWIFT Japan National Member Group議長などを歴任。現在は三井住友銀行で国内・クロスボーダー決済の最適化プロジェクトをリードする。
三菱UFJ銀行でデジタル事業開発領域に長年従事し、現在はトランザクションバンキング部グローバル決済制度対策室でクロスボーダー・デジタル決済商品の調査・企画・推進を担うチームをリードする。
2022年にブロックチェーン業界へ参入し、大手レイヤー1ブロックチェーンの日本営業部長を経験。金融機関のブロックチェーン事業利用を支援し、2026年に金融×ブロックチェーンの推進を支援するJFETを創業した。
ブロックチェーン決済、導入の壁
モデレーターの井上大悠氏は、日本国内で送金・決済の本番環境にブロックチェーンを導入する際、現時点でどのような壁に直面しているのかを川越洋氏に尋ねた。
川越洋
ブロックチェーンという技術が登場した当初、「これは決済には使えない」と感じたと振り返った。当時は処理スピードの面でも実用に耐えず、送金情報を参加者全員で共有するという仕組み自体が決済ビジネスには向いていなかったという。その後、スケーラビリティやデータプライバシーの課題は技術の進化とともに解決が進んできたとしつつ、確率的なファイナリティや中央銀行マネーでのファイナリティの担保、決済の前提となるコンプライアンス対応など、実務で使っていく段階での課題は依然として残っていると指摘した。
井上大悠
技術的なファイナリティやスループットの課題はクリプト・ブロックチェーン業界内でも認識されていた一方、プライバシーや中央銀行マネーとの整合性といった論点は、金融機関が実際に業務を担って初めて見えてきたニーズだったのではないかと述べた。
海外に見る二つの潮流
議論は海外の事例に移り、井上氏はAIとステーブルコインを軸にブロックチェーンネイティブで銀行を立ち上げる「Augustus」と、米大手行が参画するトークン化預金の業界基盤という、対照的な二つの動きを取り上げた。
井上大悠
Augustusを「勘定系をフルブロックチェーンで構築し、CEOが25歳という銀行」と紹介。銀行がブロックチェーンを使う最大のメリットとしてコストの安さ、処理速度、24時間365日稼働を挙げた上で、Augustusがどのように既存の壁を越えようとしているか、また既存の金融機関からはどう見られているかを谷口直紀氏に尋ねた。
谷口直紀
銀行が担ってきた「安心・安全な決済を届ける」という役割の中で、AIやブロックチェーンの活用によりスタートアップと銀行の境目がこの10年でなくなってきたと指摘。Augustusについて詳しくは知らないとしつつ、送金する側と受け取る側をつなぐクリアリング(清算)は不可欠な役割であり、AI同士の決済やマシン・ツー・マシン決済を見据えて、米国で銀行免許の取得も進めていると紹介した。オンチェーンの経済圏が拡大するにつれ、クリアリングという役割が改めて求められる局面に入ったとの見方を示した。
日谷倫子
Augustusという行名がローマ皇帝アウグストゥス(通貨を統一した初めての皇帝であり、本来後継者になり得なかった立場から皇帝に上り詰めた人物)に由来する点を紹介し、既存の銀行勢力に対してどのような番狂わせを見せるか注目したいと述べた。
井上大悠
続けて、0から新しい仕組みを作るAugustusのような動きに対し、既存インフラを底上げしていく動きとして、TCH(The Clearing House)によるトークン化預金の取り組みを挙げ、川越氏・日谷氏に評価を尋ねた。
川越洋
TCHの取り組みについて「良い取り組みだと注目している」と述べた。すでにトークン化預金を発行している大手行同士がつながるだけでなく、自行で発行していない中小銀行に対してもプラットフォームを提供しようとしている点を挙げ、スケーラビリティとネットワーク規模の観点から今後の展開を注視しているとした。
日谷倫子
大手行の株主との対話の中で、ステーブルコインを巡る米国の市場構造法案「クラリティ法」の審議状況が背景にあるとの見方を紹介。ステーブルコインの発行に関する法律「ジーニアス法」はすでに成立している一方、クラリティ法は未成立で、ステーブルコインが銀行預金から得られるはずの利息を奪うのではないかという点を巡り、米国の銀行側と暗号資産業界側のロビイングがせめぎ合っている中、米国の大手行がTCHでトークン化預金基盤を立ち上げることで勢いをつけようとしている面があると説明した。ある米銀行担当者が語った、既存の決済網を「在来線」、新しいトークン化預金の基盤を「新幹線」に例え、新幹線の主要駅に在来線が接続しているからこそ日本中どこへでも行けるのと同様に、両者をつなぐことで世界中どこへでも到達できるようになるという考え方を紹介した。
井上大悠
多くの既存金融機関を巻き込むには、TCHのような中立的なインフラの存在が重要であり、ブロックチェーン推進派としても歓迎すべき動きだと総括した。
補足:Augustusは2022年設立の決済スタートアップで、AIとステーブルコインを軸にした決済基盤を掲げる。2026年5月、米通貨監督庁(OCC)から国法銀行免許の条件付き認可を取得したと報じられている。CEOのフェルディナンド・ダビッツ氏は25歳で、認可完了時には過去100年余りで最年少の国法銀行トップになるとされる。またTCH(The Clearing House)は2026年6月、JPモルガン・チェース、シティグループ、バンク・オブ・アメリカ、ウェルズ・ファーゴなど大手銀行が参加するトークン化預金の清算ネットワーク構築を発表しており、既存の決済網と接続し、銀行間でのトークン化預金の24時間365日の清算・決済を目指すとしている。
企業財務における活用の現在地
続いて論点は、トランザクションバンキングの主要なユースケースである企業財務でのブロックチェーン資産活用に移った。井上氏は、ステーブルコインとトークン化預金それぞれのB2B決済・財務における実態について谷口氏に尋ねた。
谷口直紀
日々顧客と接する立場から、日本企業の多くは「実際にどう使われていくのか」とまだウォッチングの段階にあると説明。統計上はクロスボーダーの企業間貿易決済などで利用が広がり始めている一方、企業側のERPなど社内システムとの統合や、マネーロンダリング対策、会計処理といった課題が導入コストの重さにつながっていると指摘した。ネットワーク効果や利便性の蓄積が進めば普及は進むとしつつ、企業の意思決定には時間がかかるため、突き詰めれば時間の問題だと捉えていると述べた。
二層構造とプーリング業務の行方
井上氏は、ブロックチェーン上で移転するトークン化預金と、既存の勘定系で動く預金との間に生じる二層構造の課題を取り上げ、24時間365日稼働を目指す中でこの構造をどう解消していくべきか川越氏に尋ねた。
川越洋
二層構造を突破しようとする動きはブロックチェーン活用に限らず、オフチェーンの世界でも進んでいると説明。米連邦準備制度理事会(FRB)が週末稼働を始めることや、24時間365日の即時決済を目指す新システム構想が公表されていることを挙げ、いずれも同じ問題意識に根ざしていると述べた。ただし既存システムはレガシーを抱える分、実現に時間がかかる一方、ゼロから構築できるオンチェーンの世界にはその制約がなく、スピードの観点ではオンチェーンに優位性がありそうだとの見方を示した。
井上大悠
24時間365日稼働が実現した際、企業財務における資金プーリングの運用がどう変わるかを日谷氏に尋ねた。
日谷倫子
グループ内の子会社間で資金の過不足を調整するプーリング業務について、現行は特定の時刻や金額をトリガーに資金を動かす設定にとどまっている一方、プログラマブルな仕組みを使えば数時間単位でも資金を機動的に動かせるようになるとし、従来型のプーリングサービスという概念そのものが役割を終えていく可能性があると指摘した。「プーリングサービスの終わりの始まり」と表現し、システムの制約がなくなれば、それに代わる新たな最適化サービスが生まれてくるのではないかと述べた。
井上大悠
この発言を受け、24時間365日稼働が普及した先にはエンベデッドファイナンス(組み込み型金融)としての活用も期待されるとし、谷口氏に見解を求めた。
谷口直紀
日谷氏の「プーリングの終わりの始まり」という表現に共感を示しつつ、銀行が顧客に本質的に提供する価値は信用供与や流動性の供給であり、その届け方が手紙やファックス、インターネットからブロックチェーンへと移り変わってきているだけだと指摘した。顧客企業のERPやトレジャリー・マネジメント・システムとの接続が重要になる中で、エンベデッドファイナンスの実現には、レガシーシステムが複雑に絡み合った現実があり、一足飛びには進まないとの認識を示した。
セッション総括
最後にモデレーターの井上氏は、日本の金融機関にとってのこれまでとこれからを各登壇者に尋ねた。川越氏は「金融機関や決済そのものが変化しているというより、お客様のニーズが変化しているのだと思う」と述べ、その変化を捉えてどう対応するかという視点に立てば、なすべきことは自然と見えてくるとの考えを示した。日谷氏は、デジタルアセットと決済は本来不可分な一対のはずだが、日本ではセキュリティトークンの受け渡しが瞬時に完了する一方、決済は銀行振込のままで両者に乖離があると指摘し、中央銀行マネーやそれに代替しうる信用ある決済資産を統一台帳の上に乗せ、資金と証券の同時決済を実現していくことが今後の課題だと述べた。谷口氏は、銀行自身も環境の変化に応じるというよりは自ら殻を破って変化していく必要があるとし、この3、4年でメガバンク各行がAIやブロックチェーンの取り込みを進めてきた実装の成果を、今後どう顧客に届けていくかに力を入れていきたいと述べた。
井上氏は次の言葉でセッションを締めくくった。
「本日のセッションを通して、海外の先行事例だけでなく、これだけ日本の金融機関、銀行の方がこの分野に向き合い、知識も豊富で、この熱量を持って取り組んでいることを、お越しいただいた皆様に感じていただけたら幸いです。」
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