経済制裁とは
2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したことで、経済制裁に関する報道を見聞きする機会が増えました。ロシアの事例に関わらず、資産凍結などを課す経済制裁は、暗号資産(仮想通貨)にも影響を与えます。
本記事では、経済制裁の概要や手段、仮想通貨への影響についてご説明していきます。
経済制裁の概要
経済制裁とは、国などの不当な行為を阻止するため、経済的に苦しめる行為を指します。ウクライナ侵攻を止めるために、ロシアに課した「資産凍結」などの対策が経済制裁の事例です。
日本の財務省のウェブサイトには、「経済制裁措置及び許可手続きの概要」というページがあります。そこでは、「外国為替及び外国貿易法(外為法)」は外国為替、外国貿易その他の対外取引が自由に行われることを基本としていますが、以下の3つの場合には、主務大臣(財務大臣及び経済産業大臣)が、所要の経済制裁措置を発動することができると説明しています。
- 国際約束を誠実に履行するため、必要があると認める時
- 国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するため、特に必要があると認める時
- 我が国の平和及び安全の維持のため、特に必要があるとして対応措置を講ずべき旨の閣議決定が行われた時
そして同省の「経済制裁措置及び対象者リスト」のページには「制裁対象者」や「実施時期」、「対象者数」以外に「実施根拠」を記載。そこには、「国連安保理決議」や「国際平和のための国際的努力への寄与(米、EU等との協調)」といった「制裁の根拠」が記されています。
上記は日本のルールですが、このように経済制裁は1つの国が単独で行うだけでなく、他の国と協調して行う場合も多くあります。
経済制裁の手段と種類
経済制裁の手段としてよく知られているのが「資産凍結」です。日本政府の経済制裁に関する発表では、「資産凍結”等”の措置」のようにまとめられることが多くあります。資産凍結とは、制裁対象者の資産を自由に利用できなくすることです。
最近特に注目されている経済制裁は、ウクライナ侵攻を続けるロシアに対する措置。ロシアの侵攻を止めるため、日本は欧米などと歩調を合わせ、主に以下のような制裁を実施しています。
- 制裁対象者に対する支払等を許可制にする(支払規制)
- 制裁対象者との資本取引(預金契約や貸付契約等)を許可制にする(資本取引規制)
- ロシアの政府や中央銀行を対象に、証券の発行または募集を禁止する
- 一部物品の輸出入を禁止する
- 国際金融ネットワーク「SWIFT」からロシアを排除する
- ロシアに対し最恵国待遇を取り消す
最恵国待遇とは
世界貿易機関(WTO)協定の基本原則の1つ。最恵国待遇の原則とは、いずれかの国に与える最も有利な待遇を、他の全ての加盟国に対して与えなければならないというルールを指す。
▶️仮想通貨用語集
関連:日米主要国、ロシアをSWIFTから排除へ 追加制裁強める
日本では22年4月、外為法の一部を改正する法案が成立し、仮想通貨も資本取引規制の対象になりました。仮想通貨交換業者に資産凍結措置に係る確認義務を課す等の措置も講じられています。この法改正は主に、制裁回避に仮想通貨が利用されることを防ぐために実施されました。
関連:日本政府、ロシア制裁対象者の仮想通貨送金を制限へ 外為法改正案の枠組み固める
経済制裁の実例
本節では日本をもとにして、経済制裁の実例を見ていきましょう。現在実施中の主な制裁措置は以下の通りです。
実施開始 | 制裁内容 |
---|---|
2001年9月 | 米国へのテロ実行などを理由に、タリバーン、アル・カーイダ及びISIL(ダーイシュ)関係者等、390個人・93団体の資産を凍結。 |
2011年9月 | 国民弾圧等を理由に、シリアのアル・アサド大統領と関係者らへの資産凍結等の措置。94個人・団体が対象。 |
2013年4月 | 北朝鮮の核、大量破壊兵器、弾道ミサイル関連計画等に関与する者に資産凍結等の措置。136個人・団体が対象(北朝鮮は他にも制裁措置あり)。 |
2014年8月 | クリミア「併合」またはウクライナ東部の不安定化に直接関与していると判断される者、ロシアによる「編入」と称する行為に直接関与していると判断されるウクライナの東部・南部地域の関係者と判断される者に資産凍結等を実施。297個人・団体が対象。 |
2016年1月 | イランの核活動や核兵器運搬手段の開発等に関連する者に資産凍結等の措置。84個人・団体が対象。 |
2022年3月 | ウクライナ情勢を巡り、ロシアの団体及び個人に対し資産凍結等の措置。686個人・団体が対象(ロシアは他にも制裁措置あり)。ロシアに協力しているとされるベラルーシの35個人・団体も対象。 |
仮想通貨との関係
これまでご紹介した経済制裁の措置と仮想通貨の関係は、以下の2つに大きく分類できます。それぞれ実例を見ていきましょう。
- 経済制裁回避や資金洗浄に仮想通貨が使用される
- 仮想通貨のアドレスなどが制裁対象になる
仮想通貨の利用
仮想通貨の基盤になっているブロックチェーンは透明性が高いという特徴がありますが、一方で匿名性も高い技術です。取引所を介さずに自己管理型ウォレットで取引が行えたり、偽名でアカウントを作成できたりする場合があります。
制裁対象者の資産が凍結されても、匿名でやりとりができれば、資産の移動や使用が行えてしまうことになります。
ウクライナ侵攻を続けるロシアに対しては22年3月、G7(主要7カ国)が、仮想通貨が制裁回避に使われないようにするという共同声明を発表。上述した通り、日本は法改正を実施し、仮想通貨が制裁回避に使われないように対策を講じています。
同年4月には、米イエレン財務長官が「我々は注意深く監視しており、現時点でロシアは制裁回避手段として仮想通貨は利用していない」と述べましたが、ブロックチェーンの匿名性の高さから、制裁回避を防止する手段の有効性は不透明だとの見方があります。
実際に仮想通貨市場では、ロシアに対する経済制裁が課される中、22年2月のウクライナ侵攻後にルーブル建の仮想通貨取引量が急増。専門家からは、ロシア投資家の資金逃れが目立っているとの指摘が上がりました。
関連:ルーブル建てのビットコイン取引量急増、制裁逃れに仮想通貨が利用されるリスクは
以下の画像は、ルーブル建てのビットコイン(BTC)取引のチャート(バイナンス)。22年全体のチャートですが、ウクライナ侵攻を開始した2月24日ごろに取引高が増加し、価格が急騰していることが示されています。
一方、ブロックチェーン分析企業チェイナリシス社は、ロシアのオリガルヒ(政府に近い新興財閥の富裕層)による仮想通貨を利用した制裁回避の実用性を分析。オリガルヒが制裁回避するためにビットコインやイーサリアム(ETH)で多額の売買を行うには流動性が不十分であると指摘しました。
また、資産を仮想通貨にした場合、相場への影響が大きく、各国の規制当局の監視を潜り抜けて利用することは難しいとも分析しています。
関連:チェイナリシス、露オリガルヒによる仮想通貨を使った制裁回避の可能性を分析
オリガルヒのような富裕層に限らず、ロシアへの制裁を回避するために仮想通貨が利用されているという明確な事例は報告されておりませんが、現在特に注目されている経済制裁のため、各国が動向を厳しく注視しています。
その他の事例
制裁回避の仮想通貨利用をめぐっては、実際に刑事告訴に至った事例があります。
米国の連邦判事が22年5月、経済制裁回避にビットコインを使った被告に対する刑事告訴を承認。これは仮想通貨を用いた制裁回避で刑事告訴が行われた米国初の事例です。
米捜査当局は「ある制裁対象国に存在するオンライン決済プラットフォームの運営を、被告が米国からサポートした」と主張。この決済プラットフォームは「仮想通貨などを使用して米制裁を回避するためのサービスを提供している」と宣伝していました。
なお、訴状自体が公開されておらず、制裁対象国がどこかなどは明かされていません。
イランの事例
また、イランについては、実際に制裁回避のために仮想通貨を利用する動きが伝えられています。
19年8月には、同国政府が仮想通貨の取引を認めない法案を成立。一方で、米国の経済制裁を回避する目的で、条件を満たせばマイニングは認める方針を明らかにしました。
関連:イラン政府、仮想通貨取引を認めない法案を成立|米経済制裁回避でマイニングは容認
その後22年2月には、イラン革命防衛隊の司令官が、制裁を回避するために仮想通貨の利用を要求していることがわかりました。制裁回避のために、より精巧な仕組みを要求するとし、そのために仮想通貨の利用を促進して欲しいと要望。多面的な金融システムの構築を希望しました。
関連:イラン革命防衛隊の司令官、制裁回避のために仮想通貨の利用を要求
最近では22年8月、仮想通貨を輸入取引の支払いに利用するための規制をイランが制定したことも明らかになりました。この規制についても、米国の経済制裁を回避するために仮想通貨が利用される可能性があるとの見方があります。
関連:イラン政府、海外からの輸入に仮想通貨払いを可能とする規制を制定
また、イランを巡っては22年7月、米大手仮想通貨取引所クラーケンが、イランに対する制裁ルールに違反したとして、米財務省の調査を受けていることが報じられました。
19年から米財務省の外国資産管理局(OFAC)が、イランのユーザーがクラーケンの取引サービスを利用できるようになっていたかを調査。同社には罰金が課される可能性があります。
関連:米クラーケン、対イランの制裁違反で米財務省が調査か=報道
制裁対象に指定
仮想通貨については、アドレス等が制裁対象になることがあります。これには例えば、米財務省が22年9月、親ロシア軍事組織の仮想通貨アドレスを制裁対象にした事例が当てはまります。
関連:米財務省、親ロシア軍事組織の仮想通貨アドレスを制裁指定
22年に最も注目を集めた事例は、米財務省が実施した仮想通貨ミキシングサービスTornado Cash(トルネードキャッシュ)に対する制裁です。これはロシアへの制裁とは別の措置です。
ミキシングサービスとは、仮想通貨の取引データを複数混ぜ合わせることによって、その仮想通貨の出所や保有者のアイデンティティを隠すサービスを指します。
トルネードキャッシュは、北朝鮮の国家を支援するハッキンググループ「ラザルス」らが、犯罪資金の洗浄に使用したと財務省は指摘。この制裁によって、米国内にある、または米国人が所有・管理しているトルネードキャッシュ上の資産が凍結されることになりました。
さらに、こうして資産凍結された者が50%以上を所有している事業体も制裁対象になります。
関連:米財務省、仮想通貨ミキシング「Tornado Cash」を制裁対象に指定
この制裁が注目を集めた理由は、個人や組織ではなく、オープンソースのプログラミングコードが措置の対象になったからです。トルネードキャッシュはあくまでツールであり、これは技術の禁止につながりうると指摘されるなど、批判の声が上がりました。
関連:米議員、イエレン財務長官へTornado Cash制裁について質問状を送付
取引所によるサービス制限
上記した通り、経済制裁を巡っては、ルールに違反していると取引所等の企業に罰則が適用される可能性があります。つまり、取引所などの企業は、経済制裁の措置を講じなくてはならない場合があるということです。
本節では、経済制裁を巡る取引所の対応を紹介。対応が多く報告されている大手取引所バイナンスの事例です。
ウクライナ情勢を受け、バイナンスは3月、ロシア国内で発行されたビザ・マスターカードへの対応を停止。これは、ビザ社とマスターカード社が、ウクライナの現状と米国による経済制裁を背景に不確実な経済状況を鑑み、ロシアでのサービス提供を停止したことが理由です。
また4月には、ロシア国民らによる取引口座の使用を一部制限。1万ユーロ(約140万円)以上の仮想通貨を保有するロシア市民やロシア在住者、ロシアで設立された法人の取引を制限しました。
対象となったユーザーは引き出しのみが可能。この制限は、EUのロシア政府に対する経済制裁に準拠するために実施しています。
関連:バイナンス、ロシア人ユーザーの仮想通貨取引口座を一部制限へ
他にもバイナンスは、ロシア軍のために資金を集めていた銃製造業者の資産を凍結。さらに、ロシア高官の親族に関連する複数の口座を閉鎖しています。
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まとめ
バイナンスの対応は一例に過ぎません。バイナンスがEUの制裁に準じたように、10月には米拠点の大手取引所クラーケンもEUの制裁を受けて、ロシアに関連するアカウントの利用を制限していることが明らかになりました。
ロシアへの制裁は多くの国・地域が実施しているため、様々な仮想通貨企業が対応を実施。上述した通り、日本も外為法が4月に改正されて5月10日から施行されており、現在は仮想通貨交換業者に資産凍結措置に係る確認義務が課されています。
今後は仮想通貨業界も、経済制裁の状況を特に注視していく必要があります。
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