「流動性が足りない」
ブロックチェーン分析企業チェイナリシス社は13日、ロシアのオリガルヒ(政府に近い新興財閥の富裕層)による暗号資産(仮想通貨)を利用した制裁回避の実用性を分析した。
その結果、「ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)で多額の売買を行うには、流動性が不十分」との結論に達した。
チェイナリシス社は仮想通貨のオンチェーンデータを分析するデータ企業。米財務省やFBI(連邦捜査局)など世界各国の政府機関の仮想通貨を利用した犯罪捜査にも協力している実績を持つ。
同社は仮想通貨市場全体の流動性の観点から、ロシアのオリガルヒなどが仮想通貨を利用して経済制裁を回避するのは現実的ではないと結論。仮に資産を仮想通貨にした場合は、相場への影響が大きく、各国の規制当局の監視を潜り抜けて利用することは難しいと分析した。
ロシア政府や同国のオリガルヒと称される富裕層は、2月下旬のウクライナ侵攻開始後、西欧諸国から経済制裁の対象に含まれており、仮想通貨を利用した制裁回避が以前から懸念されてきた。
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仮想通貨市場の流動性
ロシア政府関係者、及びオリガルヒの保有資産の実態を把握するのは、極めて困難とされている。
チェイナリシス社はその一例として、プーチン大統領の公表年収1,800万円相当であるのに対し、実際には世界各地の総額資産保有量は推定25億円相当に上ると紹介。ブルームバーグの億万長者指数では22人のロシア人が総額38億円以上を保有しているとされているが、一部には制裁対象ではない人物も含まれている。
2017年には、全米経済研究所がロシア富裕層(オリガルヒ)のオフショアファンド(海外資産残高)が100兆円(8,000億ドル)相当にのぼるとする統計を発表しており、今回の分析ではこの数値を利用した。
一方で、仮想通貨市場の流動性を測る上で、チェイナリシスはまず独自指標の浮動率(Free Float)を採用。
「浮動率」は流動性の高いウォレットが保有する仮想通貨の総価値を図る指標で、過去1年間に保有量の25%以上を送付したウォレット、または総資産の保有期間が平均1年以下のウォレットの保有する仮想通貨が定義となる。
また、このようなウォレットには取引所や個人ウォレットも含まれている。その結果、仮想通貨市場における上位3銘柄の時価総額に対する浮動率は以下の通りだった。
- ビットコイン(BTC):14%(約16兆円)
- イーサリアム(ETH):29%(約6兆円)
- テザー(USDT):60%(約15兆円)
主要銘柄の浮動比率は、合計で37兆円とロシア富裕層の総資産の半分以下となった。
そのため、仮に数兆円単位の仮想通貨売却を試みた場合、相場に大量の売り圧がかかるとチェイナリシスは予測。「1.8兆円(14.6億ドル)相当」のビットコインを法定通貨に換金しようした際には、BTC価格はおよそ10%下落すると分析した。
他指標での分析
流動性以外にも、チェイナリシスは取引所への入金額(Inflow)やミクシングサービスを利用した仮想通貨取引量も分析した。
ミキシングサービスとは
異なる仮想通貨を複数回に渡り多数のアドレスに送信して「ミックス」することで、その仮想通貨の出所や保有者の個人情報の特定を隠蔽するサービス。ハッキングなど、違法手段で取得した仮想通貨の資金洗浄や脱税目的で利用されることが多い。
▶️仮想通貨用語集
データによると、1日あたりの取引所への平均入金(Inflow)額は昨年平均の2.5兆円から1.7兆円と約30%低下した。また、過去1年間では1日あたりのミクシングサービスへの流動性は約38億円だったため、ロシアのオリガルヒらが総資産をミクシング経由で移動するためには、推定5,000日かかるとの”非現実的な概算”が示された。
結論としてチェイナリシスは、欧米諸国から経済制裁を受けるロシアの政府関係者が仮想通貨市場で制裁回避を試みるには、「流動性が不十分」であり、ブロックチェーン監視企業や政府当局者の目をかいくぐるのは事実上不可能と指摘している。
一方で、ロシアの制裁対象者が制裁回避のために仮想通貨を全く利用しない(できない)訳ではないとも述べ、実際には小口の取引を複数回に分けて行う、資金洗浄(マネーロンダリング)のような手法が活用されるリスクもあると警鐘を鳴らしている。
これまでにも、米FBIのクリストファー・レイ長官が米議会の公聴会にて国際機関のブロックチェーン取引を監視する能力が過小評価されていると発言。ロシアが制裁回避で仮想通貨を利用した場合、当局が取引を探知できると述べていた。
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