WebX 2026 | セッションレポート
アジアは仮想通貨大国になれるのか?政策・信頼・流動性の三本柱を問う
アジア太平洋地域のブロックチェーン上の取引活動は前年比69%増、約22.4兆ドル規模に達し、世界最速の成長地域となった。こうした潮流の中、WebX 2026最終パネルでは「アジアが仮想通貨大国になるための三本柱」として政策・信頼・流動性をテーマに討論が行われた。台湾立法委員の葛如鈞氏、ジーエスアールのCJ氏、バックパックのカン・サン氏が、台湾の包括的仮想通貨法の舞台裏からトークン化証券の最前線まで、率直な見解を交わした。
登壇者プロフィール
台湾の包括的仮想通貨法「VASPsアクト」の成立に中心的な役割を担った立法委員。ビットコイン保有を公言し、台湾政府によるビットコイン準備金構想の実現に向けても積極的に活動している。
仮想通貨マーケットメーカー・ジーエスアールのAPAC責任者。6年以上にわたりアジア各国の規制当局と向き合い、機関投資家向け流動性供給を手掛ける。銀行業界出身で、リーマン・ブラザーズ崩壊時にはバークレイズへの移行を経験した。
グローバル仮想通貨取引所・バックパックの共同創業者。米国・欧州・UAE・オーストラリアなど複数の法域でライセンスを取得し、スペースエックス株のトークン化など、トークン化証券の実装を主導する。
東京国際法律事務所のカウンセル。仮想通貨・ブロックチェーン分野の法務を専門とし、アジアの規制動向に精通する。
台湾・包括的仮想通貨法(VASPsアクト)成立の舞台裏
セッション開催の約2週間前、台湾では仮想通貨分野の包括的な法律「VASPsアクト」が可決されたばかりだった。アジアの規制環境を語る上で最も象徴的な出来事として、モデレーターのアンユミ氏は真っ先に葛如鈞氏へ問いを向けた。最も激しく主張した点と、最終的に妥協した点は何だったのか。
葛如鈞
この法律は台湾版のクラリティ法とジーニアス法を合わせたようなもので、9本の下位法令の上位に立つ包括的な枠組みだ。すべての仮想通貨・ブロックチェーン技術・バーチャルアセットサービスプロバイダー(VASP)、そしてステーブルコインも一つの法律の下に収めた。台湾でブロックチェーンやデジタル資産に関する合法的なビジネスを行う場合は、この枠組みに沿って政府と連携できるようになる。
最も力を注いだのは、ビットコインやイーサリアム、日常的に使われているステーブルコインといった主要な仮想通貨が、法律施行初日からリスト上に残ることを確保することだった。そのために設けたのが「15日ルール」だ。VASPがステーブルコインを新たに上場する場合、政府に通知してから15日以内に異議がなければ自動的に承認とみなされる。事業者が無期限に返答待ちになるような状況を防ぐための仕組みだ。
妥協を余儀なくされたのは、政府が押収したビットコインを安易に売却しないよう本文に直接明記しようとした点だ。最終的に失敗し、附則の中に「政府は押収した仮想通貨資産を現状のまま保全すべき」という表現にとどまった。これは私が次に目指すビットコイン準備金構想への第一歩でもある。まずは「保有して売らない」ことから始まると考えている。
補足:台湾の「VASPsアクト」は、仮想通貨サービス業者の登録・ライセンス、マネーロンダリング防止、消費者保護などを一括規定する包括立法。金融監督委員会(FSC)が発行する9本のガイドラインによって詳細が具体化される予定。
原則主義 vs ルール主義、規制設計の哲学
次に矛先は規制アプローチの哲学へ向かった。バックパックは米国・欧州・UAE・オーストラリアでライセンスを取得済みで(日本は審査中)、複数の規制体制を経験してきた。アンユミ氏はカン・サン氏に、アジアの次なる規制発展に向けた教訓を問うた。
カン・サン
アジア固有の課題というより、規制の基本原則は世界共通だと感じている。投資家保護・市場の公正性・金融犯罪の防止・システミックリスクの管理、これらを各国の規制当局はそれぞれの方法で実現しようとしている。違いが出るのは、原則主義と細則主義のどちらを重視するかだ。原則主義は革新の余地が広い一方で不確実性も生まれる。ルールに基づくアプローチは明確さをもたらすが、新技術の前では硬直しやすい。現実的には両者の組み合わせが重要で、いかにイノベーションの余地を残せるかが鍵になる。
CJ
機関投資家向けの流動性という観点では、最初のステップはやはり従来型金融と同じだ。その国の規制環境はどうなっているか、コンプライアンスに準拠した形で事業運営できるか。取引相手が規制の枠内で動いているかどうかを、機関投資家は非常に重視する。オフィス住所を調べたらポスト私書箱しか出てこないような相手とは取引できない。ジーエスアールがシンガポール・ロンドン・米国で完全にライセンスを取得しているのはそのためだ。流動性を引き込むには、まず自分たちが「正しい方法で動いている」と示すことが不可欠になる。
また、為替の問題を見落とせない。たとえば円はG3通貨だが、ノンレジデント企業はオンショアで円を直接購入できない規制がある。ステーブルコインは革新的だが、その基盤となる各通貨の資本規制への対応が、アジアの流動性コンプライアンスにおける現実の壁だ。
葛如鈞
今のところVASPsアクトの「母法」はオープンマインドでイノベーションを奨励する内容になっている。これが法律全体の最も重要な第一原則だ。ただしFSCが発行する9本の下位ガイドラインがルール主義的になる可能性はある。台湾市場には仮想通貨ビジネスへの強い関心があるから、政府が段階的にルールを整備するのは自然な流れかもしれない。
ライセンスは信頼の始まりにすぎない
議論は「信頼」の本質へと移った。バックパックは完全ライセンス取得と検証可能なカストディを方針として掲げているが、それが実際に差別化要因として機能しているのか。アンユミ氏が問うと、カン・サン氏は金融機関が本当に売っているものは何かを端的に語った。
カン・サン
規制された金融機関が最終的に売っているのは、どの特定のプロダクトでもなく「信頼」だ。ユーザーが数ある選択肢の中からあなたのプラットフォームを選ぶ理由は、信頼に帰着する。仮想通貨業界はここで伝統的金融に大きく後れをとってきた。詐欺やポンプアンドダンプといった問題が蔓延してきた。現在3兆ドル規模の仮想通貨市場が株式市場の100兆ドルに近づくためには、年金基金が安心して参入できるだけの信頼が不可欠になる。
もう一つ重要なのは、仮想通貨が持つ「トラストレス」な性質だ。中間業者を信頼する必要なく取引できるブロックチェーンの根本的な革新をいかに伝統的金融に持ち込むか。たとえばスペースエックスの株を週末に購入できない理由は、ファーストプリンシプルとして何も存在しない。ステーブルコインがドルに対してやったこと、つまり24時間365日の取引と即時決済を、トークン化証券でも実現できると考えている。
葛如鈞
2013年から2014年にかけて多くの開発者がブロックチェーン技術に積極的に貢献していた時代があった。その後の10年間は詐欺や不正が横行し、政府は保守的な姿勢をとらざるを得なかった。今は自主規制から完全規制へ、そしてライセンスモデルへと移行しつつある。しかしライセンスは信頼と同義ではない。ライセンスはあくまで出発点であり、信頼は継続的に検証可能な行動によって積み上げられるものだ。
信頼できる規制体制が答えなければならない問いは四つある。誰が顧客に対して責任を負うか。顧客資産は会社資産から分別管理されているか。問題が起きたとき顧客は資産を回収できるか。そして不正を行った者が実際に処罰されるか。だから私が法律可決後の国会演説の最後に引用したのは「Don’t trust, just verify(信頼するな、ただ検証せよ)」だった。これは個人だけでなく政府にも適用される。ライセンス保有者を常に信頼するのではなく、いかに検証するかを理解することがWeb3の核心だ。
市場急落後の信頼回復とアジア流動性のオンショア化
話題は市場の信頼回復へと移った。誰も何かを盗んだわけでも詐欺を働いたわけでもないにもかかわらず市場の信頼が失われた出来事について、アンユミ氏が問題提起した。CJ氏はその背景を率直に語った。
CJ
こうした出来事は仮想通貨だけで起きているわけではない。バーニー・マドフ事件もアルケゴス崩壊も起きた。仮想通貨で問題が悪化する理由は二つある。一つはこの市場がリテール直結であること。もう一つはレバレッジだ。規制の枠組みがない環境では、一部の取引所では100倍のレバレッジをクリック一つで設定できる。他のどの市場でもあり得ない水準だ。それが急落時の連鎖的な損失を生む。
直近を見ると規制環境は改善している。ミカはテザーにライセンス取得を求め、応じない業者を排除した。以前なら考えられなかった動きだ。信頼回復のための規制枠組みはすでに整い始めている。今足りないのはマクロ環境の安定だ。戦争・関税・地政学リスクが世界を複雑にしていて、潤沢なキャッシュを持つファミリーオフィスや機関投資家がまだ動き出せていない。まずマクロが落ち着けば、資金は動く。
アンユミ
アジアからの流動性の多くは依然としてオフショアにある。オンショア化するには何が必要か。
CJ
アジアは世界で唯一、新興国市場から先進国市場まで全スペクトルを持つ地域だ。これはビルダーにとっても投資家にとっても異なる成長段階に同時にアクセスできることを意味する。問題はAPACが常に断片化しているという現実だ。台湾・日本・韓国・シンガポールといった先進国が、共通のWeb3フレームワークを合意できれば第一段階は達成できる。そこから次の層の国々が後に続く。資金を引き込むには、そうした信頼の連鎖が必要になる。
葛如鈞
台湾であれば段階的に進める。まず整備すべきは規制された法定通貨のオン・オフランプと、機関グレードのカストディ、そしてビットコインのような準備資産のための枠組みだ。次に主要なステーブルコインや実物資産(RWA)への準拠した経路を整える。逆に慎重に扱うべきは高レバレッジのデリバティブ商品で、時間をかけて判断していく。立法委員として、そして公言したビットコイン保有者として、市場が段階を踏んで開かれるよう働きかけていく。
補足:EUのミカ(MiCA、Markets in Crypto-Assets Regulation)は2024年に完全施行。テザー(USDT)はミカの要件を満たさないとしてEU域内での取引制限が相次いだ。域内でのコンプライアンス要件の厳格化が事実上の市場整理として機能している。
トークン化証券が示す新たな流動性の形
葛如鈞氏がトークン化証券への期待を語ったのを受け、バックパックが実際に展開するスペースエックス株のトークン化へ話題が移った。なぜ他の多くのトークン化証券と異なるのか、カン・サン氏が構造的な違いを説明した。
カン・サン
トークン化証券は2017年から何度もフェーズが繰り返されてきた。しかし従来のほとんどのモデルは、株式をSPV(特別目的会社)に入れ、そのトークンが「原資産を受け取る権利」を表すに過ぎなかった。解約時に原資産のSPVが株を売却して現金を渡す構造なので、課税イベントが発生する上に「本物の株」でもない。
バックパックが開発したのは、ソラナ上で買ったスペースエックス株を翌日フィデリティやバンガードの証券口座に1対1で移転できる仕組みだ。損失なし、税務上の影響もなし。最初から「本物の株」として機能するから、移転してもその株式の保有継続として扱われる。マイクロン・エスケーハイニックスなどでも同様の仕組みを展開した。ステーブルコインがドルに対してやったことを、実物株式で実現しようとしている。
DTCCは現在、米国統一商事法典(UCC)の下で「トークン化証券エンタイトルメント」の法的枠組みを整備中で、バックパックもそのワーキンググループに参加している。SEC議長のポール・アトキンス氏は2年以内に米国の100兆ドル規模の株式市場をトークン化する意向を示している。
CJ
トークン化証券が大波の流動性を生むとは考えていない。最も効果があるのは、スウィフトによる送金や担保管理など既存の金融インフラの効率化だ。ただしアクセスは確実に広がる。すべては加算的で、それ自体の意義は大きい。
補足:バックパックは2025年以降、ソラナ上でスペースエックス・マイクロン・SKハイニックスの株式トークンを提供。従来のトークン化証券と異なり、既存の証券口座との1対1互換を実現している。TSMCなど台湾の主要銘柄への同様の取り組みも期待される。
セッション総括
アンユミ氏は締めくくりに、各登壇者へ「来年への願い」を問うた。
カン・サン氏は「1年後、誰もが株を買いたいときにバックパックのアプリを開いて直接購入できるようになっていること」と語り、トークン化証券の普及を具体的な目標として掲げた。CJ氏は「安定性」を一言で挙げた。マクロが落ち着けば次のランがある、と付け加えた。
葛如鈞氏は昨年「台湾でオープンマインドな規制の実現」を願い、それが現実となったと振り返った上で、次の願いを二つ述べた。「台湾ドルのステーブルコインが近い将来登場すること。そして台湾が誇るティーエスエムシーをはじめとした銘柄が、トークン化証券の形で世界中の人々がアクセスできるプロダクトになること。台湾には世界に提供できる競争力あるプロダクトがある」。
政策・信頼・流動性という三本柱は、一つひとつが独立して機能するものではなく、相互に依存している。台湾の立法経験、ジーエスアールが語る機関投資家の現実、バックパックが示すトークン化の実装、それぞれの視点が重なるところに、アジアが仮想通貨大国となるための現実的な道筋が見えた。
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