
見掛け倒しの自由主義
経済学者で「ビットコイン・スタンダード」の著者である Saifedean Ammous(サファディーン・アモス)氏は、アルゼンチンのミレイ政権の経済政策を「国家規模のポンジスキーム」と痛烈に批判し、同国の金融システムは崩壊の危機にあると警告した。
アモス氏は8月20日のXへの投稿で、「経済の奇跡」と称賛されるハビエル・ミレイ大統領の経済安定化政策は、債務とインフレを巧みに操る法定通貨詐欺であると非難し、その終焉は近いと主張していた。
その続編となる9月9日の投稿で同氏は、その後、5億4,000万ドルもの為替介入を行うもアルゼンチンペソは急落(対ドル10%)し、銀行に国債購入を強制したことで株式と債券は暴落。汚職疑惑の影響で、ミレイ氏の政党が地方選挙において敗北したと指摘した。
さらに、同政権は「通貨供給量を2倍から3倍に増やし、債券市場の投機筋を潤し、キャリートレードによるポンジスキームを継続させ、国から資金を流出させてきた」と非難。これら全てが、対立する「ペロン主義への復帰を阻止する(=自由主義を尊重する)との口実」の下で行われたと述べた。
ミレイ大統領は中央銀行の廃止や政府の縮小、通貨の健全化などの自由主義(リバタリアニズム)を掲げて2023年に当選した。しかし、中央銀行は廃止されず、就任後の20ヶ月で、通貨供給量は急増(M0: 344%増、M1: 152%増、M2: 114%増、M3: 164%増)。政府は積極的な為替介入を行い、債務も増加した。
アモス氏は、債券に対する投機のみが経済安定への唯一の道となる金融システムをミレイ政権が構築してきたと批判している。その中心となるのが、超高金利の国債を使ったキャリートレードだが、このスキームは持続不可能であり、崩壊の危機に瀕していると指摘した。
「金融自転車」
アモス氏によると、アルゼンチンの金融不安の根底にあるのは、地元で「ラ・ビシクレタ・フィナンシエラ」(金融自転車)と呼ばれるものにある。これは持続不可能な金融投機のサイクル(キャリートレード)であり、特定の金利や為替環境を利用して、大きな利鞘を得る仕組みを指す。
この戦略では、投資家はアルゼンチン・ペソの切り下げペースを上回る金利を提供する短期国債を購入する。アルゼンチン政府は、ペソの対ドル下落率を上回る非常に高い金利で債権を発行しており、巨大な裁定取引の機会が生まれる。
アモス氏は、この金融自転車は現在、アルゼンチンで最も重要な産業となっていると揶揄する。しかし、政府は高い利回りを提供するためにペソを継続的に発行する必要があり、それが通貨をさらに下落させ、持続不可能な悪循環を生み出していると指摘。ペソが債券の利回りを上回るペースで、大幅に下落する局面は必ず訪れるため、その時点で金融自転車は崩壊し、乗っている人は損失を被ると述べた。
その場合、通貨の切り下げがさらに加速する可能性が高まり、投資家はアルゼンチンペソと国債を売り払い、ドルやビットコインなどの安全資産への大規模な流出が起こると同氏は見ている。
ペソが暴落し、債券も暴落し、政府はIMFに救済を懇願せざるを得なくなる。
国家規模のギャンブル詐欺
アモス氏は、このような仕組みは、初期投資家が莫大な利益を得る一方で、後発者や一般市民が大きな損失を被る「典型的なポンジスキーム」であると指摘。実体経済に何の価値ももたらさない「非生産的な寄生行為」だと非難する。
生産活動や雇用創出に向かうべき数百億ドル規模の資本が、すべて「ロシアンルーレット」のようなこの金融ゲームに吸い込まれており、現在1年以内に償還されるペソ建て債務の規模は400〜800億ドルとも推定されている。
しかし、このロシアンルーレットは完全に予測不能なものではなく、債券を発行する政府関係者は、投資と撤退のタイミングを的確に把握している。また、資本移動の自由化により外国人投資家もこのゲームに参加可能となっている。
例えばJPモルガンは、4月に顧客にこのゲームへの参加を促し、6月末にはこのゲームからの撤退を発表し、その3ヶ月間で、年率64%の利益を上げたと推定されるとアモス氏は指摘する。
世界中の名もなき銀行家たちが、この不正に仕組まれたロシアンルーレットのようなゲームに、適切なタイミングで参入・撤退するだけで、世界中のほとんどの株式やトレーダーたちを上回る成績を収めたのだ。
このようなキャリートレードは通貨発行と債務の繰延を継続できるため、政府にも利益をもたらすとアモス氏は言う。それが、ミレイ政権がこの「寄生的な詐欺」を延命させている理由だと示唆した。
終焉は近い
一方、JPモルガンの徹底は、このポンジスキームにおいて重大な転換点となったとアモス氏は見ている。他の投資家もJPモルガンの動きに注目しているため、「このゲームは終わりを迎える可能性が高い」と述べた。
また、現在のような「法外な金利」で、債務の借り換えを継続することは、到底不可能であることから、自己のスキームが崩壊するのも時間の問題だと付け加えた。
さらに、歴史的に見ても高利回り国債のキャリートレードの結果は悲惨なものであり、以下の事例では、政府は債務不履行に陥り、その影響で通貨が50%下落したと指摘した。
- ロシア:1998年
- アルゼンチン:2001~2002年
- エクアドル:1999~2000年
- ウクライナ:2014~2015年
- スリランカ:2022年
アモス氏は、中央銀行が存続する限り、キャリートレードのような非生産的な詐欺行為が続き、国の資本や人材は実りある事業ではなく、破滅的な金融カジノに吸い込まれ、国家を破滅的な道へと向かわせると主張。ミレイ大統領が中央銀行の閉鎖を拒否したことは、自由至上主義的な言説が見せかけであることを露呈していると結論付けた。