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ビットコイン上のトークン発行プロトコルとその背景にある思想を考える|ビットコイン研究所寄稿

画像はShutterstockのライセンス許諾により使用

Diamond Handsによるレポート

現在ビットコインではOrdinals (Inscriptions)というフルオンチェーンNFTのようなものが流行していますが、ビットコイン上でのトークン発行自体はOpen Asset Protocol、Omni、Counterpartyなどのプロトコルでおよそ10年前から行われてきました。その中でも成功したのがOmniを使ったTether (USDT)ですが、2017年のビットコイン手数料高騰やその後のDefiでの利用増加を受けてビットコイン上のTetherは少数派となっています。

速く安い送金を実現するライトニングネットワークの成熟に伴い、ビットコイン上のステーブルコイン需要が再び増加していると言われています。これと関連してTaroやRGBといったプロジェクトが話題となっていることから、日本のライトニングネットワーク利用者・開発者のコミュニティであるDiamond Handsから「ビットコイン上のトークン発行の概要と可能性」というレポートを発表しました。

日本語版のレポートはこちら

出典:レポート

TaroやRGBなどの「いまどき」なビットコイン上のトークン発行はどのような形をとり、どのような思想で開発されているのでしょうか。

スケーラビリティの重視が副次的なメリットを生む

元々ビットコイン上で使われていたTetherなどのアセットやCounterpartyで発行されていたジョークトークンなどが手数料高騰で使いにくくなり廃れていったように、スケーラビリティはUXと密接な関係にあります。まさにスケーラビリティはSegwitやTaprootといった近年のビットコインの大きな機能追加の動機の一部であり、ライトニングネットワークの大きな存在意義です。

レポートで紹介したTaroやRGBといったプロトコルはクライアントサイドバリデーション(CSV)という仕組みを採用しています。これはトランザクションの内容についてネットワーク全体で検証するのではなく、そのトランザクションに関わるユーザーの間だけで検証することでネットワークの負担を減らすというスケーラブルなアプローチです。

出典:レポート

クライアントサイドバリデーションのメリット

例えばイーサリアムなど一般的なスマートコントラクトチェーンではトークンの発行や移転はスマートコントラクトで行い、スマートコントラクトの検証はネットワーク全体が行うため、トークンが絡む取引はイーサの送金と比較して高コストになります。

一方で、ビットコイン上のクライアントサイドバリデーションではトークンの送金は第三者にはビットコインの送金にしか見えず、実際の内容は当事者しか知りません。ネットワーク上の他のユーザーによる検証が必要ないほか、トークンのユーザーにとってはプライバシー面や手数料面でのメリットにもなります。

ただし、このアプローチにはユーザーが各自で自分の保有するトークンが本物であることを証明するデータを保持する必要があり、そのためのウォレットやバックアップサービス、代理受信サービスなどの開発が普及の前提となってきます。このあたりの環境整備はまだまだこれからです。

技術を調べて感じたTaroとRGBの思想の違い

レポートを執筆するにあたり、近年話題のクライアントサイドバリデーション型プロトコルであるTaroとRGBについて調査をしていると、技術的な類似点・相違点に加えて各プロトコルの開発者たちの思想の違いを感じました。

まず技術的な違いとして、RGBは前述のクライアントサイドバリデーションによるスケーラビリティ・プライバシー等のメリットを全面的に享受するオンチェーン利用にフォーカスする結果として仕組みの抽象度が高く学習コストが高いです。逆にTaroは取っつきやすい代わりにトランザクションサイズの効率が悪かったり、オンチェーンにトークンの送金先を示す痕跡が残ってしまうという特徴があります。細かい比較はレポートをご覧いただければ幸いです。

出典:レポート

RGBやTaroについてはレポート内でそれぞれ仕組みから解説しています ただ、調べるうちにそれらは両者の思想や優先順位の違いに起因する技術的な判断だったと感じられるようになりました。

例えばRGBは実現に必要なソフトウェアスタックを部分ごとに分けて公開していて、オープンなプロトコルの作成をしているという意識が強いです。トークン発行にとどまらないスマートコントラクトの記述と検証をオフチェーンで行えるプロトコルという大きな目標があるからか、利用したい開発者は好きな部分だけを自身のソフトウェアに取り込んで利用できます。

最近では改善してきていますがドキュメントが分散していたり、主要開発者間でも意見が合わない課題があるなど、良くも悪くもプロダクト開発をガンガン進めるというよりはオープンソースライブラリの開発という側面が強い文化です。

対するTaroはスケーラビリティの追求や仕様の策定よりも、ライトニング上やオフチェーンでの利用に重点を置いているようです。例えばライトニングを使って中継する方法に関しては具体的な提案がされている一方で、オンチェーンでTaroアセットを送金する際にウォレットがどのようにしてトランザクションを作成するかという相互運用性の要となる部分が定められていません。この背景には恐らくTaroの開発元であるLightning Labs社の立ち位置が関係しています。

Lightning Labs社はライトニングノードの90%以上が利用するLndというノード実装の開発元であり、その独占的な立場から半ば強引に独自機能を追加するなどしてライトニングの利用形態に影響を与えています。彼らの中では第三者も実装するオープンな仕様を作るというよりはLndに内蔵されることになるTaroウォレットという1機能を開発しているという感覚かもしれません。

トークン発行はビットコインにどう影響を与えるか

今回のレポート内でも述べているように、ビットコイン上でのトークンの発行やライトニング上での利用には一定の利点があるでしょう。またRGBに関してはトークン発行以外にもスマートコントラクト機能によってビットコインの機能性向上に貢献してくれる可能性があります。

懸念点があるとすれば、あまりにもステーブルコインの影響力が増大するとビットコインやライトニングに対しても影響力を持ってしまう可能性です。特にTaroに関してはLightning Labs社を通してライトニングネットワークの方向性に与える影響が大きく、Taroアセットの普及によってライトニング実装の囲い込みがより強化され、ネットワークのオープンさが損なわれてしまわないことを願うばかりです。

ビットコインの良いところの1つは自身で実行するソフトウェアを選び、不適切と感じる変更からオプトアウトできることですが、その過程で発生する混乱はユーザビリティを大きく損なうため可能ならば避けたいものです。そのためにも中央集権的なトークンを必要としない、ビットコインネイティブな金融ソリューションの進化にも期待しています。

日本語版のレポートはこちら

寄稿者:加藤規新(Kishin Kato)氏加藤規新
シカゴ大学卒業後、トラストレス・サービス株式会社にてビットコイン関連のオープンソースツールやライトニングネットワーク関連の開発に従事。オークションサイトのPaddle.bidなどを手掛ける。ビットコイン研究所ゲストライター。ビットコイン研究所について詳細はこちらからご覧いただけます。
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