2025年10月28日、分散型金融(DeFi)の固定金利レンディングプロトコルを開発するSecured Financeは、JPYC建ての固定金利レンディング市場をはじめとする複数の新プロダクトを発表した。
日本円ステーブルコイン「JPYC」の正式ローンチに合わせた動きで、JPYC発行開始の翌日のことである。
この取り組みは、日本円市場の金利構造をオンチェーン上に再現し、世界中の投資家が日本円金利にアクセスできる分散型インフラを構築することを目的としている。
従来は日本の銀行口座を持つか、大手金融機関を通さないと日本円金利を利用できなかった。しかし、DeFiであれば、誰でもどこからでも24時間アクセス可能となる。
そこでCoinPostでは、Secured Finance AGの創業者兼CEO・菊池マサカズ(Masa “Senshi” Kikuchi)氏を独占取材。JPYCエコシステムへの参画背景、円建てDeFi市場の可能性、そして日本円を世界の金利ベンチマークとする構想について話を伺った。
インタビュイー紹介

菊池マサカズ(Masa “Senshi” Kikuchi)| Secured Finance AG 創業者兼CEO
外資系大手金融機関で金利デリバティブ・ストラクチャリング業務に従事した後、コンピュータサイエンスの学位を取得し、ブロックチェーンを活用した次世代の金利市場づくりに取り組む。
Consensysなどからの支援を受け、オンチェーンで予測可能な金利取引を実現し、DeFiとTradFiの橋渡しをミッションに掲げている。
2025年10月には、いち早くJPYCを活用したサービス群を発表し、円建てステーブルコインの新たなユーティリティを提案。金融とテクノロジーの融合を通じて、誰もがアクセスできる公平な金融インフラの構築を目指す。『実践IPFS入門』翻訳者。
JPYCエコシステム参画の背景──国際的な円の可能性
JPYCエコシステムへの参画を決めた理由は
菊池:日本円が法律に準拠した形でパブリックチェーンに登場したことは、大きな意味を持ちます。JPYCは資金移動業者として正式に登録されており、適法かつ誰でも使えるという点が重要です。USDCが世界中で使われるようになったのも、パブリックチェーン上での国境を越えた利便性があったからです。
日本円には、国内で使う円と、海外で取引される「ユーロ円」という2つの顔があります。ユーロ円とは、日本国外で取引される円建ての資金のことで、国際金融において重要な役割を果たしてきました。JPYCは、この両方の特性を持つ初めてのステーブルコインです。
また、Chainlinkなどの企業が、SWIFTやDTCCといった国際決済機関とブロックチェーンを使った実証実験を進めています。あらゆる金融資産がオンチェーン化していく流れの中で、円建て資産もトークン化されれば、その決済にはオンチェーンの円が必要です。そこでJPYCが中心的な役割を果たすと考えました。
円建てDeFiレンディング市場の可能性は
菊池:強い可能性を感じています。我々は公開のオーダーブックを使い、過剰担保でしっかりとスマートコントラクト監査を受けた上で、公正な市場を作っています。板寄せによる初値が決まり、実際に取引されていく仕組みです。
公開市場で決まる固定金利は、指標性もあり公共的な価値があります。既存のレンディング業者も参考にでき、借り手も貸し手も適正な金利が分かることで、効率的な取引や不正の抑止にもつながります。
固定金利レンディングのメリット──貸し手と借り手の視点から
貸し手にとってのメリットは
菊池:個人の貸し手にとっては、日本円のまま他の通貨に変えることなく、デジタル世界でセルフカストディ(自己管理)で固定金利を得られることが大きなメリットです。
相手の信用調査をする必要もなく、システムが過剰担保を預かった状態で償還まで面倒を見てくれます。適正な市場金利がそこにあり、それに基づいて迅速に、しかも預金金利よりもおそらくかなり高い利回りで貸し出すことができます。
また、定期預金だと解約に手数料がかかることがありますが、セカンダリーマーケットで反対売買をすることで、過剰な手数料を取られることなく適正価格でキャンセルも可能です。固定期間とはいえ、流動性次第で途中解約も全く問題ありません。
借り手にとってのメリットは
菊池:借り手や法人、大口の方にとっても、日本円のまま予測可能な固定金利で借りられることは魅力的です。
予測可能性は、金額によっては極めて価値を持ちます。オーダーブック方式なので貸し手を探す必要がなく、担保さえ差し出せば無審査で、適正な市場金利ですぐに借りることができます。
現在の板を見ていただくと、貸し手と借り手の金利水準はどちらも2パーセント台、金利スプレッドは0.3%台という狭い気配が出ています。コストを抑えて借りられるという点は大きなメリットです。
また、最近ストラテジー社(旧:マイクロストラテジー)が話題になっているように、法人が暗号資産をトレジャリー(企業財務)で運用することを検討しているケースでは、保有するビットコインやイーサリアムを担保にJPYCを借りられるのは便利です。
従来の銀行預金との違い──「市場に直接アクセスする」という価値
従来の銀行預金やレンディングサービスとの違いは何か
菊池:従来の銀行預金と比べて大きな違いは、金融の”卸売市場”に直接アクセスできる点です。
我々が作っている市場は、築地や豊洲のような青果や魚市場のようなものです。意欲があれば誰でも市場に直接アクセスできますが、多くの人はレストランを使います。銀行はそのレストランのような存在です。でも、できる人からすれば、直接市場で買った方が安い。
実際、グローバル金融市場では日本円にもそこそこの金利があるのに、銀行の窓口では極めて低い金利しか提示されません。個人が銀行と定期預金の金利交渉をすることはほぼ不可能ですが、DeFiではそれに近いことが可能になります。
少額でも、百万円程度のビットコインや国債を担保に出せば、従来なら対応してくれなかった金融サービスにアクセスできるのです。
初学者への配慮──金融リテラシーの向上を目指して
初学者に対してどのように伝えていくのか、初心者でも入っていけるような仕組みづくりは
菊池:JPYCの発表後、初学者からの質問が相次ぎました。AMAを開催した際には400人近くが参加し、初心者からの質問が多かった。終了後、頂いた質問全てに一つ一つ返答しました。
一方で、DeFiはどこまで行っても自己責任です。まずは少額から、無理のない範囲で始めてほしい。自動車の免許を取りたての頃のように、安全マージンを取りながら徐々に運転に慣れていくイメージです。少しずつ触れていくことで、視界が開けてきて、金融の構造としくみが直感的に理解できるようになってきます。
今後展開予定のStrategy Vaultは、初心者向けにUXをさらに簡素化します。Vaultに預けるか引き出すかの二択ぐらいまでシンプル化することで、とっつきやすくなります。Aaveが成功した理由はプールを作ったこと。一方で、適正な金利を見つける価格発見機能はオーダーブックにしかない。両方の機能を提供していきます。
USDFCの経験を活かして──ステーブルコインとアセマネの両輪
USDFCの経験はJPYCプロダクトにどう活きているか
菊池:我々はFilecoinのエコシステムに貢献するためにUSDFCを立ち上げました。その経験から、担保管理やオラクルの価格操作への対策など、安全なステーブルコイン運用についての知見が蓄積されました。
今回JPYCをレンディングする際も、JPYCの価格がオラクルに存在しないという課題がありましたが、ドル円を参照しながら安全性を確保するといった設計の知見が活きています。
もう一つ重要な学びは、ステーブルコイン単体では不十分で、アセットマネジメントと一緒になって両輪で経済をドライブするという結論です。
USDCやUSDTも、BlackRockのBUIDLのような利回り資産と一緒になるからこそ、オンチェーンに来たドルを運用することで価値が生まれます。円でも同じです。我々はVaultで実現できると、先にUSDFCを出していたからこそ気づくことができました。
x402への早期対応ができた背景は
菊池:我々がUSDFCを使ったハッカソンを開催した際、参加者から素晴らしいアイデアが生まれました。それが、Coinbaseが推進するx402という決済の仕組みを使った自動決済システムです。
x402とは、簡単に言えば「Webサイトで少額決済を簡単にできる仕組み」です。今はクレジットカード決済が主流ですが、導入コストや入金に時間がかかり、少額決済には向きません。x402を使えば、コード数行を書くだけで、ステーブルコインによる即座の決済が可能になります。
Andreessen Horowitz(a16z)の最新レポートによると、2030年にはAIが人間の代わりに買い物をする「AIエージェント経済」が30兆ドル規模になると予測されています。AIが自動的に最安値の商品を探して購入する、そんな未来ではx402のような即時決済の仕組みが不可欠です。JPYCでもこの技術に対応することで、Web2とWeb3の架け橋になれると考えています。
具体的なユースケースは
菊池:ユースケースは幅広く想定されます。例えば、動画のペイパービュー。クリックするだけで少額決済が完了し、すぐに視聴できます。AIエージェントに財布を渡しておけば、エージェントが代わりに最適な商品を比較して自動購入することも可能です。
特にJPYCの場合、全銀ネットを経由しないため、1円単位の決済でも手間がかかりません。これにより、今まで収益化が難しかったロングテールのビジネスが可能になります。マシン同士が自動的に取引する「マシンエコノミー」の基盤としても期待されています。
リアルワールドアセットトークンを担保に
RWA担保の狙いは
菊池:今後5年から10年で、主要な金融資産の多くがトークン化されてゆくと考えています。株式、債券、不動産、商品など、現実世界の資産をブロックチェーン上のトークンにする動きが加速しています。
| トークン化されるRWA(実世界資産)の例 |
|---|
| 債券、株式、不動産、商品、ファンド、航空機、ワイン在庫、その他実物資産 |
規模感で言えば、暗号資産市場が現在2兆ドルです。一方、伝統的な金融資産は200兆ドル超の巨大市場を形成しており、これがオンチェーン化される国際的な取り組みが続けられています。つまり、暗号資産の100倍以上の市場がトークン化に向かっているということです。
想定しているユースケースは
菊池:一番のニーズは「売らずに流動化したい」というものです。例えば、利回りの良い債券トークンや株式トークンを持っているとします。それを売りたくないけれど、一時的に資金が必要な時、担保に入れてJPYCを借りられれば便利です。
実際、年内には海外のライセンスを持つ取引所とパートナーシップを結び、彼らが発行するRWAトークンを担保にできる仕組みを発表する予定です。日本でも株式のトークン化が話題になっていますが、我々の仕組みならすぐに対応できます。
特に注目しているのは、グローバル投資家のニーズです。円は金利が低いため、ウォーレン・バフェット氏のような海外投資家も円で資金調達をしています。円は日本人だけのものではなく、ドル、ユーロ、ポンドに並ぶG4通貨として、世界中で使われている国際通貨なのです。
日本円を世界の金利ベンチマークに──透明で公正な指標を目指して
日本円を金利ベンチマークにする構想とは
菊池:かつてLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)という世界的な金利指標がありました。便利だったのですが、人為的な不正操作が問題となり、廃止されてしまいました。金利に携わる者として、業界全体で反省すべき出来事でした。
この問題の本質は、人間による恣意的な操作を防げなかったことです。ブロックチェーンを使えば、すべての取引が公開され、誰でも検証できます。人間への信頼に頼らず、テクノロジーで公正さを担保できる。そんな新しい金利ベンチマークを作れれば、より公平で透明な金融市場に貢献できると考えました。
我々の取引規模はまだ小さいかもしれません。しかし、公開市場で誰もが参加できる環境で決まる固定金利には、参照レートとしての価値があります。過剰担保でクレジットリスクがない金利は、ほぼリスクフリー金利に近く、グローバル投資家もこれを基準にして判断できます。
金利ベンチマークがあると、どのような金融サービスが可能になるのか
菊池:金利ベンチマークがあると、単なる貸し借りを超えた様々な金融サービスが生まれます。
例えば金利スワップ。これは「固定金利と変動金利を交換する」取引で、企業が金利変動のリスクをヘッジ(回避)するために使います。
また、3ヶ月、6ヶ月、1年といった各期間の固定金利が揃えば、イールドカーブ(利回り曲線)が描けます。これがあれば、将来のキャッシュフローを現在価値に換算でき、様々な金融商品を正確に比較・取引できるようになります。
こうした金融インフラが整うことで、日本円の国際的な地位がさらに強化されていくと考えています。
今後の展望──オンチェーン金融時代に向けて
JPYC関連プロダクトの今後のロードマップは
菊池:2025年以降の大きな柱は、Strategy VaultというYearn V3を活用した自動運用サービスです。これは「オンチェーンのアセットマネジメント」とも言えるもので、初心者でも簡単に利用できるように設計しています。
オンチェーンに来たステーブルコインを、どう運用するかという問題は必ず出てきます。銀行に預けても金利はほぼゼロ。かといって、自分で複雑な運用をするのは大変です。Vaultなら、預けるだけで自動的に最適な運用をしてくれます。リアルワールドアセット担保の拡充や、x402を使ったハッカソンなども積極的に進めていきます。
特に注力される領域は
菊池:私の専門は金利商品の設計なので、様々な運用戦略を提供できます。例えば、価格変動リスクを抑えながら利益を狙う「デルタニュートラル戦略」などです。
また、Chainlinkが進めているクロスチェーン技術も活用します。1つのブロックチェーンだけでなく、複数のチェーンのいいところを組み合わせて、自動的に最適なポジションを作る。そうした複雑な作業をスマートコントラクトで自動化すれば、一般の方でも高度な運用が可能になります。
さらに、自社でのPoC(概念実証)として、処理速度100ミリ秒を目指す高速ブロックチェーンやRISC-V対応による既存プログラミング言語との互換性も研究しています。投資家保護とイノベーションのバランスを取りながら、日本円の可能性をオンチェーン金融の世界に広げていきたいと考えています。
CoinPost読者へのメッセージ
菊池:オンチェーン金融の時代が来るので、金融リテラシーを育てることが大切で、少しずつ小さな金額から始めると良いと思います。
自動車の免許を取り立ての時と同じで、安全マージンを取りながら運転するように、少しずつ触れていくことで金融の素晴らしさに気づき、いろんな綺麗な景色が見えてきます。
この自由で開かれた金融の可能性に、誰もが自然に触れられるように、これからも貢献してまいります。
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