
日本円ステーブルコインのJPYCが2025年夏、前払式支払手段から電子決済手段へと移行して日本円への償還が可能となる。
これにより、JPYCでは発行・償還手数料無料での即時処理や信頼度の向上により、プリペイド市場を大きく超える規模の資金流入が見込まれる。
JPYC株式会社の代表取締役・岡部典孝氏に独占インタビューを実施。電子決済手段への移行の背景と、それが日本の金融システムに与える影響について話を聞いた。
インタビュイー紹介

JPYC株式会社 代表取締役 岡部典孝氏
岡部典孝氏は、2001年に一橋大学在学中に起業し、以降20年以上にわたりテクノロジー分野で活躍。2017年にはリアルワールドゲームス株式会社を共同創業し、取締役CTO/CFOを務めた後、2019年に日本暗号資産市場株式会社(現JPYC株式会社)を創業。2021年より日本円に連動したステーブルコインの先駆けとなる決済用トークンの発行を開始した。
現在はiU情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人ブロックチェーン推進協会(BCCC)理事、BCCC「ブロックチェーン普及推進部会」部会長、一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)理事も務める。「社会のジレンマを突破する」というミッションの実現を目指している。
JPYCの本質と電子決済手段への道のり
JPYCが暗号資産なのかという点を混同されている方が多いようですが
JPYCは前払式支払手段も電子決済手段も、いずれも暗号資産ではありません。日本の法律上も会計上もそのように整理されています。技術はブロックチェーンを使用し、パブリックチェーン上に発行されているため混同される方は多いですが、法律も裏付け資産も全く異なります。まず皆さんにお伝えしたい重要な点です。
暗号資産と電子決済手段の違いは何でしょうか
会計処理が大きく異なります。暗号資産は毎回値段が変わるという前提で、時価を全部計算しながら、取引のたびに利益を複雑な計算で求める必要があります。それに対して、電子決済手段のJPYCは常に1JPYC=1円で経理処理できるため非常に楽です。
例えば1万JPYCで買って2万JPYCで売れば利益は1万円。期末に1万JPYC持っていれば、キャッシュフロー計算書でも1万円持っているのと同じ計算になります。必要なライセンスも暗号資産交換業ではなく電子決済手段等取引業になるなど、あらゆる面で優遇されています。
電子決済手段等取引業とは
ステーブルコインなどの電子決済手段を取引する事業。日本の法律で定められたライセンスが必要。
電子決済手段に移行する経緯について教えてください
3年以上前の改正資金決済法の審議で、当時JPYCという名前で出ていた今のJPYC Prepaidの扱いが大きな論点になりました。JPYCはパブリックチェーンで広く取引され、転々流通というかDeFi(分散型金融)でも取引されている現状があったため、電子決済手段に近いという議論がありました。
この規制ができた背景には、前払式支払手段は本人確認義務がないため、マネーロンダリングに使われるリスクへの懸念がありました。まさにJPYCが一つのきっかけになってこの議論がなされたと考えています。その結果、資金移動業というスタートアップでも取得可能なライセンスができ、これを取ることで円に戻せるステーブルコインを発行できるようになりました。我々が当初から目指していた、日本円に戻せるUSDCのようなステーブルコインが実現可能になったのです。
資金移動業とは
銀行以外が提供する送金サービス。日本では登録が必要な金融業種。
日本円への償還が実現する革新的価値
電子決済手段への移行はどんな可能性を開きますか
我々は2021年1月の発行時から、いつかは日本円に戻して、完全体のUSDCと同じように使える日本円建てのステーブルコインを出したいと考えていました。当時の法律では不可能でしたが、規制緩和でついに実現できることになりました。
日本円に戻せることで、銀行にも近い機能を持てるようになります。100万円が100万JPYCに変わり、100万JPYCを持ってきたら100万円に戻る。これは銀行預金のような機能をブロックチェーン上で実現することを意味します。プリペイド市場は約30兆円ですが、銀行預金市場は約1,100兆円。30〜40倍の市場規模の違いがあります。日本円に戻せるからこそ「JPYCのまま持っていても安心」という心理が働き、発行流通量の大幅な増加が期待できます。
また、価格の安定性も向上します。もちろん1JPYC=1円で使えますが、円に戻せることで、仮に二次流通市場で0.99円になったら、アービトラージする人が出てくるため、価格がより安定します。真の意味で使いやすくなり、流動性が上がることで、より大きな金額でも利用可能になります。
投資側面においてこれまでと異なる点は
流動性が大きく変わります。円は基本的に調達金利の安い通貨で、円で調達してドルで運用し、また円に戻すキャリートレードという取引手法があります。しかし、これまでのJPYC Prepaidでは円に戻せないため、こうした使い方ができませんでした。
円への相互交換が可能になれば、円で安い金利で借りた人がJPYC経由でDeFiなどで高い金利で運用し、増えた分を日本円に戻して返済するといったトレードが低コストで可能になります。実際に多くの投資家と話していると、こうした需要が非常に高いことを実感しています。単に円に戻せるだけでなく、JPYCがDeFiでも利用可能でUSDCと同じ仕様であることが組み合わさると、今までにない使い方が生まれてきます。
日本の金融インフラと経済への波及効果
JPYCは日本の金融インフラにどう影響しますか
基本的にドルを中心に、金融インフラが急速にインターネット化しています。USDCを発行しているサークル社のCEOジェレミー・アレール氏は「インターネット金融インフラ」という表現をよく使いますが、日本がこの流れに乗り遅れるかどうかはJPYCの成長にかかっています。サークル社は上場し、資金調達をして様々な開発を進めていますが、JPYCも同じ規格なので、この流れに乗ることで日本の金融インフラも国際標準に追いつけます。
もう一つ重要な点は、USDCやUSDTなどのステーブルコイン発行体は国債の大口購入者として力を持っているということです。日本でもJPYCの発行が増えれば国債購入が増え、金利を低い状態で安定させることができます。これは日本円の信任にもダイレクトに関わってくる話で、ここまでJPYCが成長できれば、我々としても作った意義があると考えています。
国債購入の増加は経済にどう影響しますか
国債金利が上がると、全ての金利に影響します。住宅ローンの変動金利は国債金利にダイレクトにリンクしています。JPYCが大きく成長したシナリオとしなかったシナリオを比較すると、長期金利がアメリカ国債のように4%、5%になるか、今のように1.5%程度で維持されるかの分かれ目になります。
具体的には、1億円の住宅ローンで、トータルの返済額が3億円になるか5億円になるかぐらいの違いが生まれます。これはスタートアップにとっても重要で、金利が高いと「国債を持って寝ていればいい」となり投資が減少します。金利が低ければ、1.5%の国債よりもスタートアップ投資でリターンを狙う人が増え、イノベーションが促進されます。
目標規模はどの程度でしょうか
ドルのM2(通貨供給量の指標)を見ると、現在1.5%がステーブルコインになっており、将来10%になるという予想が出ています。日本円のM2は約1,200兆円なので、1.5%で18兆円、10%で120兆円が目標となります。
M2とは
通貨供給量の指標。現金、預金、すぐに使える金融資産の総額を示す。
なるべく早く1兆円以上を達成し、その後18兆円というドルのステーブルコインと同じ水準を目指します。USDTの市場シェアを参考にすると3分の2を取ることになるので、12兆〜80兆円を狙っていきたいと考えています。
新しいユーザー体験と実装プロセス
JPYCのユーザー体験はどうなりますか
体験には良い面と課題があります。まず課題として、購入時と円に戻す時に本人確認と口座開設が必要になります。これはマネーロンダリング対策と法律要件のため必須ですが、ご理解いただきたい点です。
良い面としては、ウォレットへの即時出金と日本円への即時償還が可能になり、手数料も大幅に安くなります。従来、USDTやUSDCを入手するには、暗号資産交換業者で購入してから変換し、手数料を払いながら入手する必要がありました。JPYCなら日本円のまま自分のウォレットに直接入り、使用後は即座に日本円に戻せます。手数料は発行・償還ともに無料で、必要なのは銀行振込手数料(GMOあおぞらネット銀行なら無料〜数百円)とガス代のみです。
具体的なプロセスを教えてください
購入時は、まず当社で口座を作っていただき、例えば100万JPYC購入を申し込むと、指定口座への100万円振込案内が届きます。振込後、接続したウォレットに100万JPYCが基本的にすぐ送られます。本人確認の時間はかかりますが、それ以外は迅速です。
償還時は逆のプロセスで、JPYCを円に戻したい場合は口座を開設します。マイナンバーカードがあれば即座に開設可能です。100万JPYCを100万円に償還したいと申し込み、指定アドレスに100万JPYCを送ると、基本的にすぐ100万円が振り込まれます。銀行が休みの場合は翌営業日になりますが、営業時間内なら即座に処理されます。
国際展開と今後のビジョン
国際的な価値提供について教えてください
基本的には、海外在住の日本人エンジニアへの業務委託報酬支払いなどでステーブルコインが活用されています。外国の方がJPYCで受け取りたいという要望にも対応できます。
さらにDAO(分散型自律組織)や地域の特産品を外国人に販売する際も、従来の銀行口座での海外送金は大変で、カード決済も手数料が高く導入が困難でした。JPYCやUSDCでの決済が増えれば、越境取引が活発化します。実際に、日本の不動産を購入したい外国人や、そうした顧客を持つ不動産業者からJPYC利用の問い合わせが増えています。
海外貿易でアフリカへの送金などでも、日本円での決済が可能になれば日本円の国際的価値が向上します。重要なのは、海外へのステーブルコイン流通は国内インフレにつながりにくい一方で、国債は買われるため金利は低下する方向に働くということです。これは国にとって基本的に良いことです。
JPYC Prepaidから移行する際の注意点は
JPYC Prepaidは現在も個人間で流通しており、当社では引き続き1円で利用できます。Visaプリペイドへの交換なども可能です。ただし、良くも悪くも1円でしか使えないものなので、例えば1.15円で取引されているからといって購入することはお勧めしません。本来1円の価値しかないことをご理解いただき、過度な期待はしないでください。
JPYC PrepaidからJPYCへの直接交換サービスは提供しません。プリペイドをお持ちの方は、今まで通りVisaプリペイドなどに交換してご利用ください。JPYCは別途購入が必要です。両者は全くの別物で、別のスマートコントラクトです。JPYCは本人確認が必須となります。
今後のロードマップを教えてください
短期的には、2025年夏に第二種資金移動業ライセンスを取得し、日本円に戻せるJPYCを発行します。これが次の大きなマイルストーンです。
その後、USDCとJPYCの交換やUSDCの販売のため、電子決済手段等取引業ライセンスをSBI VCに続いて取得します。さらに、IPO(新規公開株式)も目指しており、先月サークルがIPOして注目度が高まったこともあり、我々も監査法人を入れて準備を進めています。
各国で法規制が整備されており、アメリカでも今年夏にステーブルコイン法案が大統領署名により有効になる見込みです。これによりアメリカの取引所でJPYCが扱われる可能性も出てきます。海外の取引所や様々なクリプトサービスでJPYCが日本円の代わりに当たり前に使われる世界を目指します。そのため、金融庁等と連携して日本円のステーブルコインを国際的に広め、規制の国際的調和にも積極的に取り組みます。
規制緩和については、給与支払いへの利用を可能にすることと、現在の100万円という送金上限の撤廃を業界全体でチャレンジしたいと考えています。
読者へのメッセージをお願いします
JPYCは日本のクリプトと従来の金融の世界を繋げる大事な架け橋の役割をこれからも果たしていきます。JPYCが発行された際には、どれだけ使っていただけるかが非常に重要なので、今のうちから楽しみに待っていただき、実際に発行されたらぜひ利用してください。また、優秀な人材もどんどん採用していきますので、引き続きウォッチしてください。
総括
JPYCは暗号資産ではなく、日本初の本格的な電子決済手段として扱われる。日本円への償還が可能になることで、国債購入を通じた金利安定化など日本の金融システムに直接的な影響を与える可能性まで見えてきた。
発行に伴う準備金による国債購入を通じた金利安定化への貢献は、スタートアップエコシステムの活性化にも繋がる壮大なビジョンだ。JPYCは日本のクリプトと従来の金融の世界を繋げる架け橋の役割をこれからも果たしていくだろう。
2025年夏のJPYC発行開始は、日本の金融インフラのデジタル化における重要な一歩となると期待されている。