仮想通貨メディア共同声明
仮想通貨(以下暗号資産で統一)に係る改正資金決済法や改正金融商品取引法が施行される今春を前に、金融庁が具体的な内容を定める政省令案や内閣府令案を発表した。
内容は、電子記録移転権利(セキュリティ・トークン)の適用除外要件や、預り金銭の信託義務化や預かり暗号資産の管理方法(カストディ)のほか、今回最も業界への大きな影響が懸念される『暗号資産のデリバティブ取引規制』にも及び、日本の規制強化に伴い、投資家の国外流出や取引所等、仮想通貨事業者の事業環境は、より一層厳しくなることが予想される。
特に懸念されているのは、個人向けのデリバティブ・信用取引が「最大レバレッジ2倍」まで引き下げられる影響であり、仮想通貨取引所や投資家にとって大きな影響が懸念されている。
金融庁は、2月13日まで意見を募集するパブリックコメントを実施。改正資金決済法や改正金商法は2020年5月頃に施行される予定だ。デリバティブやカストディ規制などについては、6カ月間の移行期間が設けられるとしている。
共同文書の専門的解釈では、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の長瀨 威志 弁護士と、元日本取引所グループ(JPX)、元bitFlyerで、Enigma公式日本adminのKanaGold氏に協力をしていただいた。
共同文書は、パブリックコメントへの投稿のほか、見直し運動の署名活動を呼びかけることを目的に、4社で同一内容の掲載を行う。
金融庁に声を届ける重要性
金融庁は、2月13日まで意見を募集するパブリックコメント(意見公募)を実施しているが、正式なパブリックコメントへの記入にハードルを感じる投資家の方々のために、署名活動を実施する。
暗号資産専門メディアCointelegraph Japan、COIN TOKYO、CoinChoice、CoinPostの4社は、今回の規制案が正式に施行されることが、日本の暗号資産業界の発展に大きく影響すると判断。共同文書の公開を通じて、問題点と、今後起こり得る業界への影響について改めてユーザーへの周知を行う。
パブリックコメントは、国の行政機関が政令や省令等を定めようとする際に、事前に、広く一般から意見を募り、その意見を考慮することにより、行政運営の公正さの確保と透明性の向上を図り、国民の権利利益の保護に役立てることを目的とするもの。
したがって、金融庁など当局の判断に異を唱えたい場合は、コメントの提出が有効となる。
今回の活動に賛同していただける方は、ぜひ署名をお願い致します。(期限は、明日13日まで)
署名先はこちら:change.org
業界への影響
メディア4社としては、今回の政省令案や内閣府令案によって個人向けのデリバティブ・信用取引をレバレッジ2倍に下げられることで、以下のような影響が生じると考えている。
1. 暗号資産取引所の収益への影響
「2倍となったら、収益は期待できなくなる」。国内の取引所幹部は、レバレッジ上限2倍となる影響について、このように吐露している。金商法のもとで規制するとなれば、取引所のレギュレーション対応コストも上がり、事業環境はより一層厳しくなるとみる。
レバレッジ取引は、仮想取引高の中でも主要なものを占めている状況だ。
日本仮想通貨交換業協会の統計情報によれば、19年11月の現物取引の取引高が351,860百万円に比べ、証拠金取引の取引高は3,470,958百万円と現物取引の10倍近い取引高がある。
国内の暗号資産取引所にとっては、収益源の柱の1つを失い、より厳しい事業環境に置かれることになる。
経営管理費やセキュリティ対策費などのコストも増大しており、事業継続自体が困難な事業者も出てしまうかもしれない。
ようやく産業として成長してきた国内の暗号資産・ブロックチェーン業界の停滞・衰退という自体になりかねない。
2. 暗号資産デリバティブ分野でのイノベーションの立ち遅れ
海外ではDeribitやFTXといった暗号資産デリバティブ取引所が新たな新興企業として勃興している。BinanceやOKExといった大手取引所も昨年来、デリバティブに注力している。
日本国内でデリバティブ規制が強まれば、暗号資産市場における新たな潮流に乗り遅れてしまう懸念も出てくる。
さらに国内の有望企業の撤退、もしくは海外への流出という事態になれば、中長期的な産業育成の面でもマイナスとなってしまうだろう。
3. 投資家の資産の海外流出が加速する懸念
レバレッジ規制で暗号資産投資家が海外事業者に流出する動きが加速する恐れもある。
ブロックチェーンを通じた世界では資金の移動が非常に簡単であり、これまでもJVCEAのルールに準拠しない海外事業者に日本の資金が流出していることが指摘されている。
日本は先駆的な暗号資産規制を整備し、顧客資産の保護に注力している。それにも関わらず、海外に資金流出してしまえば、その規制も活かされないことになる。
顧客不在の議論が進めば、保護するべき投資家の資産が海外に流出してしまう、本末転倒の展開となりかねない。
また投資家が国内のマーケットから流出してしまえば、国内の暗号資産市場での流動性低下にもつながりかねない。低流動性はマーケットのボラティリティを高め、相場操縦の懸念も高まる。市場の健全な発展のためには、国内マーケットでの投資家を増やす取り組みが必要なはずだ。
署名先はこちら:change.org
長瀨 威志 弁護士が読み解く規制案の内容とその影響
ー政省令案・内閣府令案で影響が懸念される内容
個人向けのデリバティブ・信用取引がレバレッジ2倍に下げられたところが一番影響の大きいところになる。一方で、預り金銭の信託義務化や預かり暗号資産の管理方法の厳格化など、交換業者への負担が増すもののユーザーへの保護がより手厚くなるという側面があるので、プラスになる面もある。
暗号資産をトレードしているユーザー以外の利用者への影響についていえば、例えば暗号資産カストディ規制によって暗号資産をチップ(投げ銭)する場合にもライセンスが必要になる可能性があるなど、制限がかかってしまうことだ。
今回の改正は交換業者への規制をより強化し、ユーザー保護はより手厚くなるものの、それだけ業者にはコンプライアンスコストも増えることが考えられる。
その一方で、レバレッジが制限されることにより、取引板の注文が減り流動性も下がる懸念がある。規制強化により流動性が低下し、その上交換業者が収益を確保するためにこれまで無料としていた手数料を有料化するなどの対処を行うと、結果としてユーザーのデメリットにも繋がってしまう。
ーレバレッジ2倍規制、「投資家の保護」の判断基準
「投資家保護」と言っても、いわゆる自己責任原則とは少し異なるように思う。
最近の金融行政は、投資判断を完全に投資家の自己責任にゆだねるというより、もっとパターナリスティックな観点からの介入を認めるようになってきていると思う。
例えば、投資家を守るために、ギャンブル的な要素の強い取引はあまり自由にさせるべきではない、などといった価値判断があるのではないか。
仮想通貨交換業等に関する研究会報告書で議論されていた内容によれば、暗号資産のデリバティブ自体が社会的な存在意義が見出しにくく、暗号資産も根源的な価値が定かではないなどとされていた。
暗号資産の暴落・暴騰によるリスクなどから計算して、個人に対するレバレッジ倍率2倍を妥当と判断したというわけではなく、そもそも個人の投資家に積極的に関わらせたくないという価値判断があったのではないかと考えられる。
個人的な見解ではあるが、レバレッジ倍率等の規制が見直されるためには暗号資産がそもそも社会的にどのように役に立つのかということを示す必要があるのではないか。
以前から「このコインはどうしてこのような価格付けになるのか。適正なバリュエーションがわからない」という議論はされ続けてきたことだが、依然として明確な「適正価値」の指標はないように思う。
どうしてその値段がついているのかもわからないのに、さらに輪をかけてデリバティブ取引まで許可してしまうと余計に危ないと考えられているのだと思う。
一方で、海外では暗号資産デリバティブへの取り組みが進んできているように見える。
通常のデリバティブ取引の場合、決済が可能な時間帯などは銀行のオペレーションに影響を受けて、資金フェイルを防ぐためにデリバティブの設計の幅が限定されうる。
その改善に、24時間365日、即時決済ができるデリバティブを組成するために暗号資産が必須だというような動きが主流になってくれば、社会的意義があると認められるかもしれない。
そもそも、日本で100倍などのハイレバレッジ取引は刑法上の賭博罪に当たる可能性もある。しかし、今回「暗号資産デリバティブ」として金商法で規制されることになったため、裏を返せば刑法上の懸念点はほぼクリアされたと見てもいいかもしれない。
今回の規制は海外と比べると厳しいかと問われると、一概にそうだとは言い難い。ただ、レバレッジ2倍になることで生じるデメリットは十分に検証されているのかという疑問は残る。
ー法改正が見直しが行われる可能性は?
これまでもパブリックコメントでのやり取りの結果、当初案が改訂されたケースはある今回のレバレッジ規制をはじめ、改正案の内容に問題意識がある方は、パブリックコメントを活用して意見を伝えた方がいい。ただし、条文を具体的に特定し、的を絞った上で、適切に回答がもらえるような論理的な記述は必要だ。
ー「兼営法施行規則3条1項6号の改正案や関連ガイドライン」や「投信法施行令3条の改正」など、以前の監督指針改正に沿って特定資産から暗号資産現物、デリバティブに関する文言が明示的に抜かれている点について、投機促進を抑えることに繋がるとの理由は?
例えば、暗号資産を投資信託のスキームを利用して購入する場合、税制上は投資信託を購入したという扱いになる。
暗号資産を直接売買した場合、生じた利益は雑所得として課税計算されていたのが、投資信託としての税金計算になり、税制上有利となる可能性がある。
元々は中長期的な資産形成を目的としているのが投資信託という制度であるため、暗号資産を投資信託の対象に含んでしまうと、本来予定していた投資信託とは異なる用途で利用するユーザーが増え、税制の抜け穴を突こうとする人も出てくるおそれがある。
今回の規制は、投資信託の本来の目的に照らして、そのような動きをあらかじめ防いだものともいえる。
ーゼロカットシステムの導入が困難な理由『金商法第39条の条文』について
金商法39条に記載されている通り、「自己又は第三者が当該有価証券等について生じた顧客の損失の全部若しくは一部を補てん」という箇所が関係している。
損失補填を認めてしまった場合、市場の価格形成機能がゆがめられるおそれがあるとともに、補填してもらえる大口投資家と、補填してもらえない小口投資家など、投資家間での不平等が生まれてしまう可能性もある。
ゼロカットシステムにおいても、業者負担が一切生じない、すなわち補填が生じない仕組みであると言えるのであれば法的には可能かもしれないが、今度は機能的にどうやってその仕組みを作るのかという問題になる。
ただ、EUなど一部の国の法律では損失補填を許容するものもあるようなので、国ごとに考え方は異なるだろう。
ー金商法第39条を見直すことによって生まれる法的なデメリットは何か
法律そのものの改正となることであるし、また、暗号資産デリバティブに限った話でもないので、本当に改正しようとすると大変ハードルが高いことになる。
ユーザーとしては喜ぶかもしれないが、ゼロカットシステム導入により、業者の財務健全性を害することになるだろう。
例えば100億円分の追証が発生した場合、業者は一般的な有限責任の企業であるため、いくら手元の資金で補填が間に合わないとしても、倒産してしまえば責任を果たしたことにできる。
埋められなかった損失は、その他社会に分散することになるので、ユーザーやその業者にとっては責任が限定されているものの、ゼロカットシステム導入には社会的なデメリットが大きくなるおそれがある。
ー世界各国の規制当局の今後の動向予想 注目すべき国は?
注目しているのは中国とアメリカの2か国。
中国はブロックチェーン技術を推進し、さまざまなビジネスに応用している段階で、急成長している。暗号資産とブロックチェーンを切り分けた制度で考えている国の中でも先進国は中国である印象。
アメリカは日本と近いスタンスであると思っており、こちらもある程度は切り分けているものの、並存を認めている。
ただ、アメリカは伝統的な金融機関でも暗号資産を取り扱っていいとスタンスになっていて、カストディ業務やデリバティブにも積極的な姿勢を取っている。いずれ、デリバティブ取引の主流はアメリカに移っていくとは考えている。
ー法規制の施行後、日本人投資家が海外取引所を利用するケースで、法的な問題点は?
法律ではないが、FATFガイダンスへの遵守は求められている。
海外送金に関わる部分で、FATFガイダンスのトラベルルールが重要になっている。着金先の取引所もKYCを完了し、送金元の取引所へ送金情報を通知できなければ、国内から海外に向けての送金が制限されてしまうかもしれない。
ただ、このトラベルルールは取引所間の送金に限ったものであって、個人ウォレットを経由してしまえば、どこでも送金できるという抜け道もある。
署名先はこちら:change.org
レバレッジ規制に係る問題点=KanaGold
暗号資産交換業者に関する内閣府令・事務ガイドライン案では、暗号資産の信用取引のレバレッジ上限が、個人顧客で最大2倍、法人顧客で暗号資産リスク想定比率に基づいて計算されたレバレッジ倍率(推定7〜8倍程度)と記載された。
今回のレバレッジ規制の趣旨としては、預けられた証拠金を上回る損失が利用者に発生することで生じる未収金(事業者が回収できないことで生じる債権)の発生や、想定以上の損失発生を回避することが想定される。
しかし、この趣旨を前提として考えた場合、複数の問題があると指摘できるため、本稿でその問題点を解説する。
ー法人顧客向けに適用されるレバレッジ比率を決定する式について
金融庁告示の内容によれば、法人顧客に適用されるレバレッジ比率を決定する式は、1日の市場変動の99%をカバーする水準として、いわゆるヒストリカルVaR方式の一形態にて計算することとされている。
ヒストリカルVaRとは、過去のリスク要因による価格変動データを基にして、どの程度の損失が発生する可能性があるのかを統計的に計算するマーケットリスクの測定指標のこと。これは、一見して伝統金融商品の清算などの手法を踏襲した制度となるが、暗号資産取引所では清算プロセスと証拠金制度が根本的に異なるため、破綻処理プロセス(証拠金が払えなくなるケース)に関わるリスクカバーの観点で問題が生じる可能性がある。
具体的には、強制的にポジションが清算される強制ロスカットの有無と、破綻処理プロセスの期間が異なる内容として挙がる。
上場先物などの場合、1日に1度規定の時間で証拠金が見直され、翌営業日の所定の時限までに不足金額を預託する必要があるが、仮に預託されている証拠金額で値洗い相当額をカバーできていなかったとしても、直ちに強制的にポジションを清算することはない。
一方の暗号資産取引所では、強制ロスカットの制度があり、リアルタイムで計算される値洗い損失が預託されている証拠金額の一定割合を下回った場合に、直ちに成行売買でポジションを清算する仕組みを採用している。
上場先物などのケースでは、破綻処理プロセスに1日程度有することで、その期間の市場変動リスクをカバーするために、99%と高い水準のもとで当初証拠金額の基準額を算出しているが、暗号資産取引所のケースでは、確定損失が証拠金を上回る状況は、1日の市場変動リスクから生じるわけではなく、強制的ロスカットが発動してから実際にポジションが清算されるまでの数秒間における価格流動性リスクから生じる。
このことからも、暗号資産市場では、強制ロスカットが発動する流動性の低水準も踏まえ、流動性リスクを補足できる証拠金制度でなければ、安全と認めることは困難になる。
ー個人顧客に適応されるレバレッジ2倍の問題点
金融庁告示の内容によれば、個人投資家に適応されるレバレッジ倍率は最大2倍にするとされている。
これは前述したように、預託証拠金を超える損失や交換業社の未収金による損失発生、また利用者に想定を超える損失が発生することを回避することがその趣旨の一部と考えられる。
この趣旨を前提として考えた場合、国内で最も取引量の多い暗号資産交換業者における暗号資産デリバティブ取引を基準に、強制ロスカットの制度設計や極端な市場変動が起こった市場環境下の中で、未収金が発生しない、もしくは限定的であった倍率が最大レバレッジ2倍になっていると考えられる。
しかし、レバレッジ倍率を引き下げることによって、(顧客離れなどが要因となり)流動性が低下する可能性は十分にある。この場合、前提条件となる市場構造自体が変化するため、過去のモデルや分析方法に基づいてレバレッジ倍率を固定することは、根本的な問題が生じる可能性がある。
よって、過去のデータからレバレッジ倍率が2倍であれば十分に利用者保護に欠けることはないとの主張は不十分であり、最大レバレッジ倍率が2倍となった状況においても、なお利用者保護上、問題のない倍率であることの論証が求められる。
現時点では、レバレッジを引き下げることによる流動性の低下の可能性についての分析は不十分であり、一旦のレバレッジ規制は市場構造への影響のない範囲に留めるべきだろう。
一見すると2倍は、保守的な数字に見えるが、制度変更後にどのような流動性リスクが生じるのかが十分に分析されていない中で、倍率を固定してしまうのは、リスク管理上望ましくない。
具体的には、個人顧客についても法人顧客と同様、ヒストリカルVaR方式の一形態にて計算する旨のレバレッジ規制を採用することが一貫性のある対応であり、状況に応じて自主規制団体などが、レバレッジを下げることで生じる流動性低下と市場変動が起きた時に流動性リスクがどれほど発生するかといった多角的な市場分析を行なった上で、レバレッジを動的に変更する制度設計が必要になる。
署名先はこちら:change.org