投資と投機|FXcoin寄稿
「投資」と「投機」という言葉の違いをご存じでしょうか。
明確な定義はありませんが、一般的に「投資」とは事業などに長期的な観点で資金を投じることであり、「投機」は短期の値動きを見て売買を行うことを指します。
後者は、よりリスクを伴うため時にギャンブルに例えられ、マイナスなイメージを持たれがちですが、本当にそうなのでしょうか。忘れられがちな市場における投機の重要な側面に焦点を当てつつ、両者が暗号資産市場の発展にどのように作用するのかについても考察します。
1.「貯蓄から投資へ」 「投機に断固措置」
前者は、1996年当時の橋本龍太郎首相がスローガンとして掲げて以来使われている言葉で今はNISA(*1)と呼ばれる制度的後押しもあります。後者は、かつて為替相場の円高局面において財務大臣や通貨当局者が使った言葉です(*2)。
こうしてみると政府は、投資は推奨すべきもので、投機は悪いものとしているようです。はたして「投資は善、投機は悪」なのでしょうか。
2.投資と投機の区別
投資と投機に明確な定義があるわけではありません。
一般的には、投資は事業等の価値の創出に対して長期的に資金を投じるもの、投機はその対象の値動きなどの機会を見つけて価格差から利益を得ようとするもの、と説明されます。この説明だと、株式や債券を購入することは投資、外国為替(FX)や暗号資産の取引は投機、と思われるかもしれません。
しかしながら株式の取引においてデイトレードのように短期間に売買し価格差から利益を得ようとすることは投機とみなされるでしょう。つまり投資と投機を厳密に区別することは難しいのです。
なお、昨今メディアなどでも取り上げられているSNSを使った「買い煽り」等の行為は投資や投機とは別物で、共謀や相場操縦にあたる可能性があると考えています。
3.投機の効用
投資に比べて分が悪い投機ですが、金融市場においてはなくてはならないものです。以下に主な理由について説明します。
価格形成機能の促進
市場の重要な役割のひとつに価格形成機能があります。
暗号資産を含めた金融市場で取引される物の値段は売り手と買い手のバランス、つまり需給で決まります。この場合、できるだけ多くの市場参加者が集まる方が公正で民主的な価格形成が行われる可能性が高まります。
様々な考え方をもって市場に参加する投機家は市場の価格形成機能に貢献しています。
流動性の供給
たとえば為替市場において貿易取引を行う企業しか市場に存在しない場合を考えてみます。
この場合、貿易黒字国の通貨は潜在的な買い圧力があることになります。輸出企業の決済日が集中する月末などは貿易黒字国通貨の買い需要が強まりその通貨の値が急騰、場合によっては値がつかなくなることも考えられます。これでは輸出企業はスムーズな通貨の売買ができません。
もし市場に多くの投機家が参加していれば、様々な思惑により通貨の売買がなされる、つまり流動性が供給されるため市場に厚みが増すことになります。市場に厚みが増せば、輸出企業など実需で為替取引を行う企業にとって外国為替の売買が円滑になります。
このことは暗号資産の取引についてもあてはまります。
たとえば暗号資産相場は昨年から機関投資家の参入を期待して堅調な展開となっていますが、今後もし機関投資家の大口買いが一度に出た場合、市場の買いと売りの需給バランスが崩れる可能性があります。
しかしながら、投機を行う市場参加者が相場の値上がりを期待して事前に暗号資産を買い持ち(ロングポジション)としていれば、その時にポジション手仕舞い(利食い)のために暗号資産を売る可能性があります。
結果として機関投資家の買いと、投機家の売りが市場で出会うことにより、バランスが生まれるのです。
4.アービトラージについて
ここまで、投機の重要性について説明してきましたが、投機的取引の中でも洗練された取引手法のひとつにアービトラージがあります。
これは同一の価値を持つ商品の一時的な価格差(ずれ)が生じた際に、割高な方を売り、割安な方を買うことで利益を得る取引で、裁定取引とも訳されます。
暗号資産取引においても様々な手法がありますが、一例をあげると、ビットコイン(BTC)の価格がA交換所で415万円、B交換所で410万円であった時に、A交換所でBTCを売り、B交換所でBTCを買う、という取引があります。この取引を1BTCで行った場合、単純計算で利益は5万円となります。
なお、アービトラージは常に成功するとは限りません。ちょっとしたタイミングの違いで価格差を取り損なうこともあれば、決済数を増やすことによってオペレーション・リスクやコストも高まります。投機家はみずからこのリスクを取ることによって収益向上を目指します。
アービトラージを健全な市場の発展という観点から見ると、大きな貢献があります。
まず、一物一価(*3)であるはずのBTC価格のずれを是正する効果があり、これは上に書いた「価格形成機能の促進」につながります。加えて、多くの場合同じタイミングで売りと買いの取引を行うため「流動性の供給」にも一役買っているといえます。
5.福沢諭吉のことば
福沢諭吉は1894年の時事新報で、投機に対して肯定的な意見を述べています。
投機とは、商売上の好機会に投資して利益を得ることである。およそ商売というのは需要と供給の様子を見定め、相場が安いときに買い、高いときに売り、その売買により利益を得ることである。
元来商売は「冒険」であって、その方法こそ異なっても、昔から商売社会で身を起こした人で危険を犯さなかったものはいない。投機商だからといって一概に排斥すべきではないのである。世上の頑固論に反対して、それら投機商の知恵と大胆さ、商機の敏感さにむしろ感服するものである。
暗号資産市場も多種多様な投機を積極的に受け入れることにより市場が成熟し、結果として投機だけではなく投資、そして貿易などの実需取引が活発に行われる日も近いと考えています。
(*1) NISA
2014年に始まった個人投資家のための少額投資非課税制度で英国の個人貯蓄口座(Individual Saving Account)をモデルにして日本の頭文字「N」をつけた造語。「ニーサ」と呼ばれる。
(*2) 通貨当局者の発言例
「投機的な動きに断固たる措置とる考え=円高で安住財務相」2012年9月13日 Reuters
「浅川財務官”投機的な動きないか注視”、円高をけん制」2018年2月13日 Reuters
(*3) 一物一価の法則
「自由な市場経済において同一の市場の同一時点における同一の商品は同一の価格である」が成り立つという概念。成熟した金融市場である外国為替市場や上場株式の市場では多くの場合この概念が成り立っているが、歴史の浅い暗号資産市場では必ずしもそうではない。
【会社概要】
会社名 : FXcoin株式会社
所在地 : 東京都港区六本木1丁目6番1号 泉ガーデンタワー10階
設立 : 2017年9月21日
資本金 : 15.2億円(資本準備金含む)
代表者 : 代表取締役社長 大西 知生
事業内容 : 暗号資産(仮想通貨)関連事業
登録番号 : 関東財務局長 第00019号
URL : https://fxcoin.co.jp
https://news.fxcoin.jp (情報サイト)
【寄稿】
大西 知生 FXcoin株式会社 代表取締役社長
慶應義塾⼤学経済学部を卒業後、東京銀⾏(現三菱UFJ銀行)、ドレスナー銀⾏(現コメルツ銀行)、JP モルガン銀⾏、モルガンスタンレー証券、ドイツ銀⾏グループを経て、2018 年1⽉より暗号資産(仮想通貨)交換業FXcoin現職。
外国為替の経験が長く、2017年まで東京外国為替市場委員会副議⻑、同Code of Conduct ⼩委員会委員⻑を務めた。
「J-MONEY」誌において2007~2009年、2011年~2013年、2017年テクニカル分析ディーラー・ランキング第1位。
著書に「FX 取引の王道 − 外貨資産運⽤のセオリー」(⽇本経済出版社)
経済学博士