
現代の宝探し
2013年、英国ウェールズ在住のITエンジニア、ジェームズ・ハウエルズ氏は8,000ビットコイン(執筆時価格1,344億円)が保存されたハードディスク(HDD)を誤ってゴミとして廃棄してしまった。以来12年間、ハウエルズ氏はニューポート市のゴミ埋立地に捨てられたHDDの回収に、あらゆる手段を講じて奮闘してきた。
ハウエルズ氏は10年以上、ニューポート市議会に埋立地での探索許可を求め続け、見つかった場合にはビットコインの一部を提供することも申し出ていた。
同氏が立案した回収計画は、最先端技術を駆使した野心的なものだった。AIスキャナーやボストンダイナミクスのロボット犬、さらにはスペースシャトルのブラックボックス回収に携わった専門家を招集するという大規模なプロジェクトを計画。1,000万ポンド(約19億円)の予算を投資家から確保し、利益の一部を市や住民に還元する提案も行った。しかし、市議会は「環境破壊のリスク」を理由に一貫して拒否の姿勢を貫いた。
このような経緯を経て、ハウエルズ氏は2024年10月、埋立地への法的アクセス権の取得、もしくは4億9,500万ポンド(約972億円)の損害賠償を求めて市議会を提訴した。
しかし、2025年1月、裁判所は「この訴訟には合理的な根拠がなく、勝訴する現実的な見込みもない」として訴訟を却下した。その後、ニューポート市がこの埋立地を閉鎖し、太陽光発電所の建設を計画していることが判明すると、ハウエルズ氏は250万ポンド(約4億9,100万円)で土地の買収を申し出たが、政府関係者からは無視されたという。
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新たな戦略への転換
ハウエルズ氏の長年にわたる挑戦は、環境規制や法的な壁、そしてニューポート市当局の頑なな姿勢に阻まれ、2025年6月には、HDDの物理的な探索を断念したと報じられた。
しかし、ハウエルズ氏は失ったビットコインを諦めたわけではない。裁判所が認めたビットコインの「法的所有権」をトークン化するための新たな戦略に転換することを明言した。
1月の判決において、物理的なハードディスクは市議会の所有だが、その中に保存されているビットコインはハウエルズ氏に帰属すると示唆されたことを根拠に、同氏は、この法的権利をブロックチェーン上でトークン化し、「Ceiniog Coin(INI)」として発行する計画を発表。このトークンは、ビットコインのレイヤー2技術を活用し、2025年10月以降にICO(初期暗号資産公開)で市場に投入される予定だという。
「埋立地は開けられない金庫だが、誰もが確認できる」とハウエルズ氏はこの戦略について語っている。
ただし、この失われたビットコインのトークン化計画に懐疑的な見解を示す専門家もいる。暗号資産(仮想通貨)のリカバーリーとセキュリティに特化したテック企業CircuitのCEO、ハリー・ドネリー氏は、「これは実際の投資というよりも、ミームコインと捉えた方が適切だ」と指摘。このトークンは実際に担保された資産ではなく、物語性に基づいて取引される可能性が高いと説明した。
映画化も決定
ハウエルズ氏のビットコイン回収への執念は、エンタメ業界からも注目を集めている。
2025年4月、米ロサンゼルスを拠点する制作会社Lebulは、同氏と独占契約を締結。そのストーリーをドキュメンタリーシリーズ「The Buried Bitcoin」(埋められたビットコイン)として映像化することが決定した。
このプロジェクトは、ビットコインの紛失という特異な事例を通じて、仮想通貨の自己管理が持つリスクと重要性について、世界的な関心を喚起することを目的としているという。