メタバースの可能性と法規制
1980年代頃から始まったコンピューター上に仮想空間を作る試みは、SNS、オンラインゲーム、Eコマースなどの要素を取り入れたものとなり、近年「メタバース」と呼ばれるようになりました。メタバースのプラットフォーム上では、アバターを操作して他者と交流したり、仮想空間上で商品購入などの消費行動をしたりと、独自の経済圏が拡大しています。
NFT(Non Fungible Token:非代替性トークン)の普及も後押しし、市場はさらに拡大傾向にあり、メディアやエンターテインメントのほか、教育、小売りなど様々な領域でのメタバース活用が期待されています。
一方で、メタバース事業に関わる法規制は非常に幅広く、取引や金融規制、知的財産、データなど、様々な法規制への留意が必要です。そのため、連載としてメタバースに関わる法規制について、幅広くご紹介します。
今回は、メタバース×法律の概観、及びメタバース×取引に関する法律」に焦点を当て、そのうち、メタバース上で取引されるアイテムなどに関する所有権や越境取引の法規制について解説します。
メタバースとは
メタバースとは、「Meta」(「高次の」などの意味)と「Universe」(「世界」などの意味)を組み合わせて、米国の作家ニール・スティーブンスンが小説内で生み出した造語と言われています。
メタバースの定義は様々あり、最大公約数的な表現をすれば、「コミュニケーションを通じて、経済的価値などのさまざまな価値を生み出すオンライン上の世界」であると整理できます。
メタバースビジネスの主な事例は、
- 主にユーザー同士のコミュニケーションプラットフォームとしてメタバース空間を提供するもの
- オンラインゲームとしてメタバース空間を提供するもの
- ビジネスや産業での活用を目指すもの
など様々で、事業領域を問わず多様な分野での活用が期待されます。
メタバース×法律の特徴
メタバースについては、現状具体的な法制度が十分に整備されていません。そのため、事業者がメタバースビジネスに参入するにあたっては、
- 取引の観点
- 権利保護の観点
に分けて、主に以下のような規制や法的課題の検討が必要です。
取引の観点での規制・法的課題
- デジタルコンテンツが取引の対象:民法上の所有権との関係の整理など
- 越境取引が行われる:準拠法や裁判管轄の整理など
- 非対面のプラットフォーム上の取引:未成年者による取引やなりすましへの対処、消費者保護への対処など
- 暗号資産等のデジタル通貨が決済の主流:金融規制との関係の整理など
権利保護の観点での規制・法的課題
- メタバース内で様々な企業・個人が創造したデジタルコンテンツの権利侵害の可能性:著作権その他の知的財産権との関係の整理など
- プライバシー、名誉、人格権に対する侵害の可能性:権利侵害に対する救済の確保など
本記事では、取引の観点での規制・法的課題のうち①②の規制・法的課題について、仮想事例を用いて解説します。
メタバース×取引に関する法律(そのうち、所有権・越境取引)の事例
デジタルコンテンツが取引の対象:メタバース空間内のアイテムの所有権と民法上の規程との関係について
事例:
Aさんは、メタバース空間Xで使用できるアイテムYを購入した。
Aさんは、メタバース空間X内の土地Zを購入した。
Aさんは、メタバース空間内のアイテムY及び土地Zについて、所有権を主張できるか?
民法上、「所有権」とは、所有物の使用、収益及び処分をする権利です(民法第206条)。そして、所有権の対象となるのは「有体物」(民法第85条、第86条)で、不動産と動産に限られます。
つまり、不動産については、土地及びその定着物(代表例は建物)が所有権の対象となり(民法第86条第1項)、動産については、不動産以外の「有体物」が所有権の対象となります(民法第86条第2項)。
もし仮にメタバース上の土地またはアイテムが所有権の対象となった場合、以下の権利が認められます。
- 他人から占有を奪われた場合の返還請求権
- 他人に利用を妨害された場合の妨害排除請求権
- 妨害を生じさせるおそれがある者に予防措置を求める妨害予防請求権
しかしながら、アイテムYも土地Zも、デジタルな記録、つまり、土地及びその定着物でも有体物でもないため、メタバース上の土地またはアイテムに所有権は観念できず、Aさんは所有権に基づく主張を行うことはできません。
では、Aさんのメタバース上の権利を保護するためには、どのような方法が考えられるでしょうか。法的には、Aさんのメタバース上のアイテムYや土地Zを利用する権利を、メタバース空間Xで適用される利用規約その他のサービス利用に関する契約に基づいて設定された利用権と整理し、利用規約などで定められた権利の範囲内でメタバース上の土地またはアイテムの自由な利用を認め、当該権利を保護することが考えられます。
なお、具体的にどのような権利を認め、どのような制限を課すか(賃貸や担保の設定によって融資を受けることができるかなど)は事業者ごとに利用規約などで定められることとなります。
越境取引:準拠法や裁判管轄の整理について
事例:
メタバース空間Xの運営は日本の法人Aが行っている。海外に居住しているEさんは、メタバース空間Xで使用できるアイテムYを購入した。
準拠法の整理
メタバース空間上の取引において、海外に居住するユーザーとの間でトラブルなどが生じた場合は、以下のように準拠法が問題となります。当事者による準拠法の選択がない場合は、紛争などが生じた場合の契約上のリスクが高く、予め利用規約などで準拠法を定めておくなどの対応が必要となります。
- 当事者がどの国の法律を適用するかを選択した場合 ⇒選択した国の法律が適用される。
- ①の場合であっても、消費者がその常居所地法(=端的にいえば住んでいる国)における特定の強行法規(=当事者で異なる取り決めをしたとしても強制的に適用される法律)を適用すべき旨の意思表示をした場合 ⇒その国の強行法規が適用される(法の適用に関する通則法第11条第1項)。
- ①の取り決めがない場合 ⇒契約に最も密接な関係がある地(国)の法律が適用される(法の適用に関する通則法第8条第1項)。
その他、債権の種類などによってさらに分岐があります。たとえば、不法行為による損害賠償請求権については、原則として加害行為の結果が発生した国の法律が適用されます(法の適用に関する通則法第17条)。
その中でも名誉毀損、信用毀損に関する行為は被害者の常居所地法(法の適用に関する通則法第19条)となり、さらなる例外規定もありますので、留意が必要です(法の適用に関する通則法第20条~22条)。
裁判管轄について
民事訴訟法では、原則として、当事者の合意により日本の裁判所を指定することが可能です(民事訴訟法第3条の7第1項から第3項まで)。ただし、例外的に消費者契約に該当する場合には、消費者が別途の合意を援用する場合でない限り、契約締結時において消費者が住所を有していた国の裁判所にしなければなりません(民事訴訟法第3条の7第5項)。
最後に
以上のとおり、今回は、メタバース空間で経済的取引が行われることに着目して、メタバース×取引に関する法律のうち、所有権や越境取引に関わる規制について解説しました。次回以降は、そのほかの取引に関する法律や、メタバース×金融規制に関する法律、メタバース×知的財産に関する法律などについて解説します。
特に知的財産のパートでは、メタバース上でやりとりされるNFTやトークンにまつわる法規制、デジタルツインやアバターに装着可能なスキンなどのメタバース上のコンテンツと知的財産権との関係を解説していきます。
法律事務所ZeLoでは、ブロックチェーン・暗号資産の流行前からその潜在性に注目して研究・実務を進めてきた知見を活かし、メタバースビジネスに関しても多数のクライアントへ法的アドバイスを提供しています。2022年には、ブロックチェーン・暗号資産・NFT・メタバースなどのweb3分野を専門的に取り扱うチームを立ち上げ、より専門的なサービスを提供できる体制を整えています。
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