メタバースの可能性と法規制
1980年代頃から始まったコンピューター上に仮想空間を作る試みは、SNS、オンラインゲーム、Eコマースなどの要素を取り入れたものとなり、近年「メタバース」と呼ばれるようになりました。メタバースのプラットフォーム上では、アバターを操作して他者と交流したり、仮想空間上で商品購入などの消費行動をしたりと、独自の経済圏が拡大しています。
NFT(Non Fungible Token:非代替性トークン)の普及も後押しし、市場はさらに拡大傾向にあり、メディアやエンターテインメントのほか、教育、小売りなど様々な領域でのメタバース活用が期待されています。
一方で、メタバース事業に関わる法規制は非常に幅広く、取引や金融規制、知的財産、データなど、様々な法規制への留意が必要です。そのため、連載としてメタバースに関わる法規制について、幅広くご紹介します。
今回は、前回に引き続き、「メタバース×取引に関する法律」に焦点を当て、メタバース上で行われる取引が非対面で行われることが通常であることに着目し、消費者保護に関わる法規制について解説します。
メタバース×法律の特徴
メタバースについては、現状具体的な法制度が十分に整備されていません。そのため、事業者がメタバースビジネスに参入するにあたっては、
- 取引の観点
- 権利保護の観点
に分けて、主に以下のような規制や法的課題の検討が必要です。
取引の観点での規制・法的課題
- デジタルコンテンツが取引の対象:民法上の所有権との関係の整理など
- 越境取引が行われる:準拠法や裁判管轄の整理など
- 非対面のプラットフォーム上の取引 (1)未成年者による取引やなりすましへの対処 (2)消費者保護への対処など
- 暗号資産等のデジタル通貨が決済の主流:金融規制との関係の整理など
権利保護の観点での規制・法的課題
- メタバース内で様々な企業・個人が創造したデジタルコンテンツの権利侵害の可能性:著作権その他の知的財産権との関係の整理など
- プライバシー、名誉、人格権に対する侵害の可能性:権利侵害に対する救済の確保など
前回の記事では、取引の観点での規制・法的課題のうちの3(1)について解説しましたので、本記事では3(2)の法的課題について、仮想事例を用いて解説します。
メタバース×取引に関する法律(そのうち、非対面のプラットフォーム上の取引に関する法律)
消費者保護(特定商取引法)との関係について
事例:
Fさんは、メタバース空間X内で使用できるアイテムYを購入しようと思ったのに、間違えてアイテム乙を購入してしまったので、アイテム乙を返品したいと考えている。
インターネットなどを通じて通信販売を行う場合、販売事業者などがその表示に基づき通信手段により申込みを受ける意思が明らかであり、かつ、消費者がその表示を受けて購入の申込みをすることができるもの(=端的にいえば、メタバース空間上でECサイトのような事業を行う場合)は、特定商取引法に定める広告に該当するため、当該広告内において一定の事項を表示する(いわゆる「特定商取引法に基づく表示」)必要があります(特定商取引法第11条)。
そして、仮想事例のアイテムYの販売者がメタバース空間Xの運営者である場合には、メタバース空間運営者が上記のような表示を行わなければいけません。一方、たとえば、アイテムYを販売しているのが、メタバース空間X内のスペースを借りている出品者丙で、丙がFさんから売買契約の締結の申込を受けている場合には、丙も広告義務が発生すると整理される可能性もあます。
なお、丙のように出品者が特定商取引法に基づく表示を行わなければならない場合、出品者自身の住所や電話番号などを表示する必要があります。しかし、メタバース空間においては、出品者(特にバーチャルYouTuberなどの個人事業主など)が住所や電話番号などの連絡先を知られたくない場合も想定されます。
この場合、消費者庁が「特定商取引法ガイド『通信販売広告Q&A』Q18」にて公表する以下の一定の要件を満たした上で、出品者自身の住所や電話番号に代えて、プラットフォーム事業者(たとえば、メタバース空間の運営者)の住所や電話番号を記載するという対応を採ることも考えられます。
なお、民法上では入力ミスなどの重過失がある場合について、契約を錯誤に基づいて取消すことはできないと定められています(民法第95条第3項)。一方、電子契約法第3条では、事業者が真意を確認する措置を講じていないと重過失がある場合でも取消すことができると規定しています。
このため、実際のサービスの提供にあたっては、①申込ボタンをクリックすることで申込みの意思表示となることを消費者が明らかに確認することができる画面を設定することや②入力画面とは別に「最終確認画面」として申込みの内容を表示し、そこで訂正する機会を与える画面を設定することなどが考えられます。
消費者保護(定型約款)との関係について
事例:
メタバース空間Xを運営する日本国内の事業者Aは、利用規約を変更して新たに自らの責任を制限する規定を設けたいと考えている。
利用規約など、事業者が不特定多数を相手に定型取引を行う際に、契約の内容とすることを目的として予め準備しておく条項の総体を「定型約款」といいます。事業者が準備した定型約款を、利用者との契約内容の一部とするためには、以下のいずれかの要件を満たすことが必要です(民法548条の2第1項各号)。
- 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
- 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。
そのため、仮想事例のように、事業者が新たに利用者の不利になるような規定を利用規約に定めようとする場合には、この定型約款の変更の手続きに従う必要があります。
消費者保護(消費者契約法)との関係について
事例:
Gさんは、メタバース空間X内で使用できるアイテムYを購入したにも関わらず、購入後、そのアイテムYを使用できなかったため、損害賠償請求をしたいと考えている。
消費者契約法は、事業者が消費者契約において、民法、商法などの任意規定に基づき負うこととなる損害賠償責任を特約によって免除又は制限している場合に、その特約の効力を無効としています(消費者契約法第8条第1項)。
- 事業者の債務不履行又は(債務の履行に関してなされた)不法行為により消費者に生じた損害の賠償責任の全部を免除する条項
- 事業者の故意又は重過失に起因する債務不履行又は不法行為により消費者に生じた損害の賠償責任の一部を免除する条項
そのため、仮想事例のような場合に備え、事業者が利用規約等で事業者側の免責を定めておくことが行われていますが、上記のような規制に従った内容を利用規約等で定めておく必要があります。
なお、消費者契約法改正(令和4年6月1日交付、令和5年6月1日施行予定)により、サルベージ条項は無効とする条項が追加されたため、留意が必要です。サルベージ条項とは、利用規約や契約書の条文中に免責の範囲が不明確な条項を置き、消費者からの責任追求を回避する条項のことです。
そのため、例えば、損害賠償の額に上限を設ける場合には、「当社に故意又は重過失がある場合を除き」などと事業者のどのような行為に免責が適用されるかなどを明示する必要があります。
最後に
以上のとおり、今回は、メタバース空間で経済的取引が行われることに着目して、メタバース×取引に関する法律のうち、非対面プラットフォーム上の取引に関わる規制、特に消費者保護の観点について解説しました。次回以降は、そのほかの取引に関する法律や、メタバース×金融規制に関する法律、メタバース×知的財産に関する法律などについて解説します。
特に知的財産のパートでは、メタバース上でやりとりされるNFTやトークンにまつわる法規制、デジタルツインやアバターに装着可能なスキンなどのメタバース上のコンテンツと知的財産権との関係を解説していきます。
法律事務所ZeLoでは、ブロックチェーン・暗号資産の流行前からその潜在性に注目して研究・実務を進めてきた知見を活かし、メタバースビジネスに関しても多数のクライアントへ法的アドバイスを提供しています。2022年には、ブロックチェーン・暗号資産・NFT・メタバースなどのweb3分野を専門的に取り扱うチームを立ち上げ、より専門的なサービスを提供できる体制を整えています。
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