デジタル人民元の実証実験終了
中国広東省の深圳市で1週間にわたり実施された、デジタル人民元(DCEP:Digital Currency Electronic Payment)の大規模実証実験が、10月18日に終了した。
中国政府は実証実験にあたり、抽選で選んだ一般市民5万人に総額1000万人民元(1億5600万円相当)を配布し、3000以上の加盟店舗における利用を促した。
深圳市の報告によれば、その結果、5万人の当選者の95%が実際にDCEPを受け取り、配布総額の88%に相当する876万4000元(約1億3700万円)が消費されるなど「成功裏に終わった」。
実験以外の効用
中国人民銀行と共同で実施した、このキャンペーンは、DCEPの研究開発のための定期的な実証実験であるとともに、内需を高めるための消費刺激策であったと、深圳市当局は述べている。コロナ禍によって打撃を受けた経済に対する、1.5億円相当の景気刺激策としての役割も同時に果たしたわけで、非常に巧みな政策だといえるだろう。
DCEPを受け入れた店舗も、大型スーパーから、生鮮食品小売店、飲食店、生活雑貨、薬局、書店、ガソリンスタンドなど、多岐にわたっており、バーコード決済など消費者にとっての、使い勝手も良かったようだ。
そして、DCEPを受け入れるためのシステム導入等の運営体制の整備は、加盟店側ではなく、政府の負担で行われ、このプロジェクトは決済状況の調査だけではなく、それを支えるシステム全般の試験運用も兼ねていた。
ブロックチェーン技術は使用せず
国営の報道機関、新華社通信は、「デジタル通貨とブロックチェーンは同じではない」として、このDCEPを支える技術が、厳密にはブロックチェーンではないことを指摘した。DCEPの開発には、既存の電子決済をベースにした新技術なども考慮されており、特定の技術には限定されないと説明した。
ブロックチェーン技術の導入を国家戦略に掲げる中国の動きとしては多少違和感があるが、中国の仮想通貨事情に詳しいShuyao Kong氏の分析によれば、「資金洗浄やPlus Tokenなどの詐欺プロジェクトに利用されると一部で認識されている仮想通貨と、国家の威信をかけたDCEPとの間で一線を画すためではないか」としている。
また、政府の金融政策を反映させるためには、分散型よりも中央集権型の技術に基づいた通貨の方が適しているとの考え方も、これまで指摘されている。
既存のモバイル決済とは競合しない
中国はキャッシュレス化が非常に進んでいることで知られており、非現金小売決済の過半数にモバイル決済が利用されている。そして、アリババ系のAliPay(54%)と 大手IT企業テンセントのWeChat Pay(39%)がモバイル決済をほぼ独占する構図となっている。民間企業が、決済インフラに多大な力を持っていることは、政府にとっては脅威ともなり得るだろう。
しかし、新華社通信は、DCEPはこのような既存のモバイル決済に取って代わるものではないと主張している。その根拠として、AliPayを運営するアントグループが、DCEPの研究開発に積極的に参加していることを挙げるとともに、中央銀行デジタル通貨研究所所長が、DCEPは「人民元のデジタル化」であると明言していると説明した。そのため、公共財であるDCEPは他の電子決済を補完する存在となるとしている。
政府にとっての利点
一方で、DCEPと民間のモバイル決済の間にはいくつかの重要な違いがある。一つは、DCEPの利用における決済手数料が、加盟店から徴収されないこと。そして、もう一つは、利用者の個人情報が民間決済業者の手に渡らないことだ。
前者の場合、現行のモバイル決済でも利用者に手数料は課されないため、消費者にとっての差はない。しかし、中国政府にとって重要なのは、後者の決済情報の把握が可能になることではないだろうか。匿名性の高い現金に代わり、「制御可能な匿名性」を持ったデジタル通貨を発行することで、当局は資金の流れに関する情報を把握することも可能になる。2016年に発表されたDCEP計画の目的の一つとして、脱税の防止が掲げられていたが、さらに、資金洗浄などの不正行為の追跡にも役に立つだろう。
先週末、中国人民銀行は、DCEPの合法化と人民元を裏付けとするステーブルコインの発行及び流通を禁止する改正案を公表した。法の整備が進むことで、正式なかつ唯一のデジタル版人民元として、DCEPの普及は、着実に前進することになると思われる。