エルサルバドル滞在紀行
エルサルバドル訪問記第3弾はビットコインビーチの知られざる起源についてお伝えします。
ビットコインビーチについては、過去に日本のメディアも取り上げており、数年前に始まったビットコイン循環経済圏として知られていますが、そのルーツは実は10年以上も前に遡ります。
今回コミュニティリーダーRoman Martínez氏への現地インタビューで知ったその起源は、Bukele大統領がビットコインを法定通貨化した理由にも通じます。内戦下で生き延びることに精一杯だった自分たちが子どもの頃には持ち得なかった希望を自分たちの子どもには持ってほしいとの思いで、ビットコインをコミュニティや国家の変革手段として利用する彼らと、インフレヘッジや投機対象など保有資産を守るまたは増やす手段として使う私たち先進国国民の間には大きなギャップがあります。
当たり前のように金融サービスを利用でき、財産権も保証されている、つまりビットコインを必要としない環境で暮らせること自体、今の世界ではほんの一握りの人しか持たない特権です。ビットコインが不要なら単に使わなければよいのです。必要としている人から取り上げようとするのは無知で傲慢、あるいは法定通貨制度下で得ているレント(超過利潤)を必死で守ろうとする醜態をさらけ出すようなものです。
既存金融のエリート、IMF、EUによるビットコインは悪という前提での議論、規制の背後にあるのは、この共感能力の低い人たちの思い上がりと、不当に得た権力と利権を手放したくない人たちの悪あがきではと思わずにはいられません。
ビットコインビーチの起源
サーフシティの一角をなすEl Zonteは、数年前からビットコイン循環経済の実証実験が行われており、通称ビットコインビーチとして知られています。
事の始まりは2019年春、人口約3000人の小さな漁村El Zonteにサーフィン目的で通っていた匿名ビットコイナーが10万BTC(当時のレートで約4億ドル、現レートで約46億ドル)を寄付したことです。寄付には「ビットコインを法定通貨に交換しない」という条件がつけられていたことから、法定通貨を介在させずビットコインだけで日常生活が完結するビットコイン循環経済がスタートしました。
ビーチのゴミ拾いなどのコミュニティサービスの参加報酬や生活支援金をビットコインで払うからと村民にLightningウォレットのインストールを促すと同時に、Lightning決済を受け付ける商店を増やしてきました。
2021年にはコミュニティ会館Hope House(希望の家)が完成し、村民にビットコインや金融、英語、プログラミングなどの教育を提供する拠点となっています。
今回のHope House訪問の第一目的は、昨年12月に朝日新聞がビットコインビーチについて報じたMartinez氏の写真入り記事を届けることでした。事前に届けに行くことを伝え、楽しみに待ってくれていたにも関わらず、当日ホテルに新聞を忘れるという大失態を演じます。後日改めて届けることで許してもらい、 Martinez氏に話を伺いました。
@romanmartinezc You made Japanese national paper👍The article covers how El Salvador’s #Bitcoin journey started in El Zonte and how it’s been perceived by the locals. pic.twitter.com/B0YRIcBg6f
— Teruko (@TerukoNeriki) December 21, 2021
Martinez氏が生まれ育ったEl Zonteには、生活のために両親が危険を冒してアメリカに渡り、祖父母や親戚に育てられる友人がたくさんいました。そんな友人たちも10代後半になると渡航費を貯めてアメリカに移住してしまいました。国内の雇用が非常に限られており、家族を養うという当たり前のことをするための唯一の手段がアメリカで働くことなのです(国民の約4割がアメリカで働き、彼らからの仕送りはGDPの23%も占めています)。好んでアメリカに移住するわけではなく、できるなら地元に残りたいと思っている人が大半です。
そんなEl Zonteで2009年に始まったのが「Llenando el Tanque de Amor de los Niños y Niñas del Zonte(El Zonteの子どもたちを愛で満たす)」プロジェクトです。地元で生まれ育った20代の若者Jorge Valenzuela氏が奥様のCristina Guillen氏と一緒に立ち上げました。そこにアメリカのサンディエゴからEl Zonteに足繁く通っていたサーファーのMichael Peterson氏がメンターとして加わります。その後も現在ビットコインビーチの教育活動を統括するHirvin Palma氏やスポーツ娯楽プログラム担当のMartinez氏が加わります。
プロジェクトは両親がアメリカに移住し寂しい思いをしている小さい子どもたちを対象にサーフィン、体操、料理などを一緒に体験することで友だちやコミュニティの大人との繋がりを深める場を提供するほか、10代の若者には英語やプログラミング教育、大学進学のための奨学金を提供してアメリカに渡らなくても生きていけるようなスキル習得を促してきました。その名の通り、El Zonteの子どもたちを愛で満たし、それまで存在しなかった将来の選択肢を与えているのです。
こうしたプログラムの運営資金は主にPeterson夫妻がアメリカで集める寄付が頼りでした。そこに2019年、10万ビットコインが届けられたのです。
潤沢な資金を確保しただけでなく、プロジェクト参加者だった子どもが成長して運営スタッフに加わるなど、運営体制は大幅に増強されました。現在では21ものイニシアティブが同時進行しています。ビットコイン循環経済という目新しい社会実験がメディアで取り上げられるようになると、エルサルバドル国内の他の村が視察に来たり、ノウハウ伝授の要請が寄せられるようになりました。今はサーフシティを中心に5つの村でサーフィンや英語など一部のプログラムを実施しています。
インタビューを終えての所感
Martinez氏へのインタビューを終えて感じたのは安堵です。エルサルバドルという国にビットコインが定着するかはBukele大統領の政治力次第です。失脚すれば、たとえビットコインが国に利益をもたらしたとしても、前政権のレガシーとしてひっくり返される可能性は小さくないと考えています。安堵の理由は、国としてハイパービットコイン化が叶わなかったとしてもビットコインビーチは存続できると思ったからです。
ビットコインで巨額の寄付を得たことをきっかけに数年前に始まったばかりのプロジェクトだと思ってましたが、13年もの運営実績を持ち、ノウハウと人材が蓄積されていると知って、国の方針とは関係なく、El Zonteではビットコインが日常生活の中で今後も利用され続けるだろうと確信しました。それで十分です。ある意味、こうした草の根運動的な方が、法律で強制通用力を持たせるよりもビットコインらしいですし。
ビットコインビーチの知名度が上がったことで、ビットコイン循環経済をスタートする動きが中米に広がる兆しが見えており、お隣グアテマラではビットコインレイク、コスタリカではビットコインジャングルというプロジェクトが始まっています。こちらもぜひ近いうちに視察に訪れたいです。
Martinez氏にEl Zonte以外ではビットコインが使える店舗は1割くらいしかなく、国民もChivoを使っていないことに少しがっかりしたと伝えると、「ビットコインという言葉を初めて耳にしたのはいつだ?」と聞かれ、「2014年ごろ」と答えると、「ビットコインを初めて買ったのはいつ?」と聞かれ、「2017年」と言うと、「ここも同じ。10ヶ月前に初めてビットコインという言葉を聞いた人が大半。法が施行されてまだたった7ヶ月。君みたいに3年も要しないことを願うけど、時間がかかるのは仕方ない。」と諭されました。もっともです。
声が大きく、エネルギーに満ち溢れたMartinez氏がビットコインとEl Zonteについて熱く語るのを聞きながら、何度も頭に浮かんだのは「ビットコインは希望」というフレーズです。ビットコインのおかげで将来に希望を持てるようになったという人がいる。それだけでもビットコインは成功、ビットコインの勝利と言ってよいのではないでしょうか。
続きはこちら:ビットコインが法定通貨になったエルサルバドルへ行ってみた|体験記寄稿4