エルサルバドル滞在紀行
2021年6月5日、マイアミで開催されていたBitcoin 2021カンファレンスにエルサルバドルのBukele(ブケレ)大統領がビデオメッセージを寄せ、ビットコインを法定通貨にすることを発表しました。私は1997年と2000年にエルサルバドルを訪問しており、悲惨な歴史や現地の人の苦境が目に焼き付いているだけに、ビットコイン法定通貨化が事態好転のきっかけになるかもしれないとの希望を感じました。
以来、ずっと抱いてきた再訪の願いが2022年3月ついに叶いました。以下、1週間の滞在中に見聞したこと、感じたことを率直にお伝えします。
結論を先に言うと「厳しい」です。そんなに簡単ではないことは理解していましたが、やっぱりというか、想像以上に厳しいです。日本にいながら現地情報を収集するには、主にBukele大統領やエルサルバドルを訪問したビットコイナーによるTwitter投稿に頼らざるを得ない状況です。
しかし、Bukele大統領のは伝えたいことしか発信しないプロパガンダ的なものですし、ビットコイナーの投稿も2年前からビットコイン循環経済圏の構築が進んでいたEl Zonte、通称ビットコインビーチや、法令遵守のための設備投資や従業員教育を行う余裕のある外資系リテールや外食チェーンなど上澄みの極小サンプルでの体験に基づくものです。それらは今回私が訪れた北西部のコーヒー農園が広がる山々に囲まれた村や、首都サンサルバドル近郊の先住民が多く暮らす村とは隔世の感があります。
官製のウォレットとATMのChivoは使い勝手が悪く、大半の人はウォレットのダウンロード特典としてもらえる30ドル分(2日分の日給に相当)のビットコインを受け取り、ドルに現金化するためにATMを使ったのが最初で最後です。
私が店舗で「ビットコイン使えますか?」とか現地の人に「Chivoウォレットを使っていますか?」とビットコインの話を仕向けると、往々にして、まずは苦笑い、次に使えない、使わない理由を説明されます。私もChivoの酷さを体感した後は、苦笑いして頷くしかありませんでした。
ただ、法定通貨法施行からまだ7ヶ月と日が浅いのも事実で、まだまだやり方次第では希望が持てる状況ではあります。法定通貨として定着させる上での課題と、それらへのアプローチについては本編で詳述します。
エルサルバドルってどんな国?
本題に入る前に、エルサルバドルを簡単にご紹介します。
基本情報
中米に位置する国土面積21,040 km2(九州の約半分)の小国。Bukele大統領は21Kという面積にビットコインと運命的なものを感じるとtweetしたことがあります(ビットコインの供給上限が21Mなので、ビットコイナーにとって21という数字は特別な意味を持ちます)。
人口は約650万人で、スペイン系白人と先住民の混血が84%、ヨーロッパ系が10%、先住民が6%(日本の外務省統計)。先住民インディヘナが極端に少ない理由は1932年の”La Matanza”(虐殺)です。アメリカ大恐慌の影響で主要産業のコーヒープランテーションも大打撃を受けます。農園主は小作人の給与半減や更なる土地の接収などで乗り切ろうとしますが、インディヘナの小作人が蜂起します。
すると政府は事態沈静化を口実に軍を投入してインディヘナを無差別に殺害、約3万人が犠牲になったと言われています(政府発表では2,000人)。さらに政府はインディヘナの文化を禁じる法律を制定します(1944年に廃止)。民族衣装を身につけたり、部族の言語を話すことで殺害標的となる異常な時代を経て、インディヘナの伝統と文化はエルサルバドルから完全に消失してしまいました。
先住民比率が4割以上の隣国グアテマラは、先住民のヘリテージを活用した観光産業が大きく成長しています(日本の外務省統計)。エルサルバドルの観光業が盛り上がらない理由には、治安懸念と並んで貴重な観光資源になり得たインディヘナ文化を破壊してしまったこともあるのではないでしょうか。首都サンサルバドルのMercado(日用品やお土産ものを売る市場)で販売されている民芸品も多くはMade in エルサルバドルではなく、グアテマラから輸入されたものです。
そんなエルサルバドルですが、観光省によると「ビットコイン法定通貨化以降、視察に来る観光客と投資家が増えたおかげで、2021年11〜12月は観光業が前年比30%以上のプラス成長だった」そうです。
エルサルバドルは中米の日本とも呼ばれています。勤勉で温厚な国民性に由来するのかもしれません。エルサルバドルの人は日本人が抱く賑やかでアグレッシブなラテン人のイメージとは違い、Noと言うのが苦手、空気を読む、周囲を気遣うなど日本人に似ています。通りを歩いて目が合えば、Holaと挨拶をしてくる人懐っこさもあり、世界有数の犯罪国家の国民とは思えないほど、とっつきやすく、真面目で親切です。
政治
1821年にスペインから独立するも直ぐにメキシコ帝国に併合され、1841年にようやく独立が叶います。軍事クーデターが起きた1931年から、制憲議会選挙が実現する1982年まで半世紀にわたり軍事独裁体制が継続します。1979年には、政府と左翼ゲリラの間で激しい内戦が勃発し、1992年の和平合意成立までに約7.5万もの人が犠牲になりました。
その後、約30年にわたり、国民共和同盟(ARENA)と左翼ゲリラが系譜のファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)の二大政党制が続きますが、2019年の大統領選挙で国民統合のための大連合(GANA)のBukele現大統領が当選します。2021年2月の国会議員選挙で、Bukele大統領が新設した新思想党(NI)が安定多数の議席数を獲得、政権基盤が強化されます。
Bukele政権は変革を掲げ、鉄道や新空港の建設といった大型インフラ投資やサーフシティ構想(エルサルバドルには国際大会が開催されるほどサーフィンに適したビーチが多数あります)など観光振興策を打ち出します。Malasと呼ばれるギャングによる犯罪の対策にも注力し、治安改善で一定の効果を上げています(日本の外務省統計)。
国民のBukele大統領の評価は概ね高く、就任当初の90%以上という驚異的支持率からは低下しつつあるものの、現在も70%以上を維持しています。ただ、この数字は政府よりの新聞Diario El Salvadorの発表なので、割り引いて考えた方が良いでしょう。
ビットコインが法定通貨として定着するかはBukele大統領の政治手腕によるところが大きいです。このあたりは本編で詳しく掘り下げます。
経済
中南米の国のご多分に漏れず、エルサルバドルも長年インフレに悩まされてきましたが、2001年に独自通貨コロンが廃止され米ドルに統一されて以降、物価は安定的に推移。GDPも低率ながらプラス成長を維持していますが、他の中米諸国には見劣りします。
国民の4割近く、約250万人がアメリカに移住または出稼ぎに行っており、在米エルサルバドル人による母国への送金は約60億ドル、GDPの23%(2020年)にのぼります。
これはエルサルバドル経済を下支えする一方で、両親が子どもを残して出稼ぎに行き、親の愛情を知らずに育った子どもがMalasに取り込まれてしまうといった治安問題の根源にもなっています。また、70%の国民が銀行口座を持てないため、送金額の最大半分が手数料に消える(送金事業者の手数料が最大25%、送金を受け取るために送金事業者店舗に出向くと外で待ち構えるMalasが最大25%没収)という理不尽を甘受するしかない状況です。
こうした状況を打開するため、Bukele大統領は国民がアメリカに出稼ぎに行かなくても自国で家族を養うだけの報酬を得られるよう雇用創出のために観光産業を育成、さらに全ての国民が金融サービスにアクセスできるよう、ビットコインを法定通貨としたのです。その成果が早くも出たようで、2021年のGDP成長率は10.3%と初めての2桁成長を記録しました。また官製ウォレットChivoのダウンロード数は400万を超え、すでに国民の6割以上が金融サービスへのアクセスを手にしたことになります。
経済格差は大きいです。コーヒーやさとうきびなどの換金作物の生産が経済基盤だったことから、独立当初から俗に”las catorce familias”(14家族)と呼ばれる地主などの寡頭支配層に富と権力が集中していました。首都サンサルバドルに乱立するショッピングモールには欧米のブランドショップが並び、マクドナルドやスターバックスは1日中お客が絶えません。
外資外食チェーンでの食事代は平均月収$300〜400の庶民にとっては日給に相当します。こうした贅沢は伝統的な富裕層だけのものではありません。アメリカで働く親族から仕送りを受ける人の中には、労せずに得た仕送りを浪費する人も少なくないのです。サンサルバドルを案内してくれた現地知人は「歴代政権はお金を使う場所ばかり作って、お金を稼げる場所を作ってこなかった。」と誤った経済政策が招いた歪みを指摘しました。
続きはこちら:ビットコインが法定通貨になったエルサルバドルへ行ってみた|体験記寄稿2