ビットコイナーになると購買意欲が減退するのはなぜか|ビットコイン研究所寄稿

ビットコイン保有が行動に与える影響とは?

ビットコイン前後で消費行動が変わったという話を聞いたことありませんか?もしかしたら、ご自身に思い当たる節がある方もいらっしゃるのでは?

Twitter でアンケートをとったところ、ビットコイナーになってから物欲、消費意欲が減退した人が52.9%、変化なしが38.4%、増したが8.7%でした(回答数437)。

私はビットコインを保有する以前は、買い物依存症気味でした。クローゼットに収まりきらないほどの服を持ち、ランチは外食、ほぼ毎日スタバでコーヒーを買い、飲み会にも頻繁に参加していました。貯蓄意欲はゼロで、お金は使うから価値がある、天下の回り物だから失くなっても何とかなると考えていました。

それがビットコイン保有後は、欲しいものに出会っても価格をビットコインに換算すると買う気が失せ、ランチはおにぎりを作って持参、コーヒーはもっぱら家で淹れるようになり、参加する飲み会を厳選するようになりました。この変化は至って自然、自発的で、裏にあったのは、こんなことに使うお金があったらビットコインを少しでも買い増したいという心理です。

そして、ある日、この現象に名前があることを知ります。 私が翻訳した ビットコイン・スタンダード の原書 The Bitcoin Standard を初めて読んだ時です。オーストリア学派経済学には「時間選好」という概念があり、私が体験したのは「時間選好の低下」と呼ばれる現象でした。

時間選好とは

時間選好とは、将来より現在を重んじる度合い、将来の消費よりも現在の消費を選好する程度を指します。時間選好が低い人は将来を重視し、長期的視点に立ち将来の効用(満足)を最大化すべく行動します。逆に時間選好の高い人は現在を重視するので、近視眼的で今が良ければそれでよいと考えがちです。

ここで質問です。今年の誕生日プレゼントとして1万円をもらえるはずでしたが、来年の誕生日まで待ってほしいと言われました。あなたは何%の利子を得られるなら、受け取りを1年先送りしますか?

この金利があなたの時間選好の指標になります。10%と答えた人は5%の人と比べて将来の時間割引率が高く、より現在を重んじる人、つまり、時間選好が高い人と言えます。

マシュマロ実験をご存知ですか?被験者である4歳児にマシュマロを1個与え、15分間食べるのを我慢したら2個目をあげると約束し、被験者の選択結果を収集するための実験で、1960年代後半にスタンフォード大学の心理学者ウォルター・ミシェルによって実施されました。結果、2個目のマシュマロをもらえたのは被験者の約3割でした。

十数年後に被験者の追跡調査を行ったところ、2個目をもらった子どもと学校での好成績、SATテストでの高得点、肥満度指数の低さ、薬物依存の少なさに高い相関性が見られました。今のマシュマロ1個よりも15分後の2個を選んだ時間選好の低い4歳児は、健康、健全かつ学力も高いティーンエイジャーに成長していたと結論づけました。(この結論には批判もあり、時間選好の低さという内的要因だけでなく、家庭環境など外的要因も考慮すべきとの意見もあります。)

私たちは日常的に将来の自分とさまざまな取引をしています。取引というと、誰かから何かを買うなどの他人との取引を思い浮かべますが、個人が下す経済決断としては、将来の自分との取引の方がずっと重要です。

例えば、友人と飲みに行く代わりに残業する、条件の悪い仕事に甘んじる代わりに好条件で転職できるようスキル習得に投資する、高級車をローンで買う代わりに安い中古車を現金で買う、などです。こうした日々の小さな選択の積み重ねが、私たちの将来を形成します。5年後、10年後の自分を決めるのは私たち自身です。

そして、こうした日々の選択に大きく影響するのが時間選好です。2個目のマシュマロをもらった時間選好が低い4歳児は、成長過程で、今遊びたい気持ちを抑えて明日の授業の予習をしたり、毎日コーラを飲み続けると太るからと自制したり、雰囲気でドラッグに手を出したら将来を棒に振るかもしれないと考え、目の前の満足よりも将来の自分を優先させた結果、順調な人生を歩んでいると考えられないでしょうか。

では、個人の時間選好が将来を左右するなら、時間選好を左右するものは何でしょう?

時間選好の決定要因

時間選好を決める要因は3つあります。

  • 生命の保障
  • 財産の保障
  • 貨幣の将来価値

1. 生命の保障

紛争地域や犯罪多発地域に住み、明日死ぬかもしれないという恐怖の中で生活する人にとって、将来は不確実性が高すぎて考慮するに値しないでしょう。こうした環境で暮らす人が将来よりも現在の消費、満足を優先すること、つまり、時間選好を高めることは至って合理的です。

2. 財産の保障

独裁国家や汚職が蔓延する国では、正当な理由なく財産が没収されることは珍しくありません。没収されるかもしれないと怖れながら、コツコツ貯蓄に励む人は少ないでしょう。没収されるくらいなら、今を楽しむための消費に回そうと思うのが人間の心理ではないでしょうか。

3. 貨幣の将来価値

年間インフレ率3%程度のアメリカでは、ドルが9割の価値を失うのに72年かかります。一方、年間インフレ率が1万%を超えたベネズエラでは、通貨ボリバルが9割減価するのに3ヶ月しかかかりません。

以下のチャートは、ボリバルが9割減価するのに要する時間の推移です。

出典: Wikipedia

ベネズエラでは現金や預貯金が、みるみるうちに氷のように溶けてなくなるのです。受け取ったお金は即座に生活必需品に交換するしかありません。今日、明日の食事を心配する人が長期的視点で人生設計をすることなど無理でしょう。時間選好は高くなって当然です。

社会の時間選好

時間選好は個人だけでなく、企業や国家にも該当します。オーストリア学派経済学者 Hans-Hermann Hoppe は、文明開化の起点は社会の時間選好の低下だと述べています。自分たちが受け継いだ社会をより良い形で子孫に残したいと考え、将来を見据えた長期的計画のもと社会資本の蓄積が始まる、これが文明化の第1歩だと。

社会とは個々人の集合体でなので、時間選好の低い人が集まる社会の時間選好は当然低下します。つまり、社会の発達と繁栄には、個人の生命と財産の保障、そして減価しない貨幣の3つが必要条件となります。

歴史上、繁栄を極めた国家が、暴君による理不尽な重税で財産権を侵害、または金貨の金含有量を減らす貨幣悪鋳による貨幣の不健全化を契機に衰退、崩壊した例は枚挙にいとまがありません。

ビットコイナーの時間選好の低下

時間選好の決定要因の1つ、健全な貨幣であるビットコインを手に入れたことで、消費で得られる目先の満足よりも、今後も価格上昇が見込まれるビットコインで貯蓄し、将来の購買力を増やすという選択は合理的な経済判断です。

法定通貨制度クライマックスを思わせる通貨膨張、インフレ政策を各国が競う中、ビットコイナーは密かに黙々とビットコインを買い集める、それは国が不健全な貨幣を強制通用させた当然の結果として世界中で蔓延する顕示的消費文化への抗議であり、国民はこうした政策に甘んじるしかないと高を括る政治への投票行動でもあるのです。

寄稿者:練木照子(Teruko Neriki)氏練木照子
Georgetown大学MBA取得後、ソニー株式会社、旅人を経てビットコイナーに。関連PJに携わる傍ら、「ビットコインスタンダード」「ビットコインの歩き方」を翻訳出版。Tokyo Bitcoin Hackers Meetup(東京ビットコイン勉強会)共催。
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