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ビットコインが法定通貨になったエルサルバドルへ行ってみた|体験記寄稿5 ビットコインを世界で初めて法定通貨に採用し7ヶ月が経過したエルサルバドルで垣間見た現実

画像はShutterstockのライセンス許諾により使用

エルサルバドル旅行記

これまで4回にわたりお届けしてきたエルサルバドル訪問記は今回が最終回です。

2021年6月にBukele(ブケレ)大統領が唐突に打ち上げ、雷光(ライトニング)の如くスピード成立したビットコイン法の強制通用力で同年9月に流通し始めたビットコインですが、国民の自由意志で既存通貨の米ドルに選好される通貨となるには課題が山積です。本記事では現状の課題と中期的な課題、それらの解決に向けたアプローチを考察します。

現状の課題

エルサルバドルには、以下のような課題があると現地を訪れ感じました。

筆者提供

教育、教育、教育!

滞在中、お店では「ビットコインで支払えますか?」、人に会えば「Chivo(官製ビットコインウォレット)使ってますか?」と聞いて回りましたが、「ビットコインて何?」と返されたことは一度もないので、ビットコインの知名度はほぼ100%と見てよいでしょう。写真のご婦人も「スマホを持っていないからビットコインは見たことがない」と言っていたくらいなので。

問題は理解度です。なぜ急にビットコインが通貨になったのか、米ドルを通貨として使うことの弊害、米ドルに対するビットコインの優位性、ビットコインの価格変動が激しい理由、ビットコインが機能する仕組みなどを理解している国民は極めて少数だと思われます。

それを物語るように、Chivoヘルプデスクの珍対応が多数報告されています。決済が失敗した時(支払った側のウォレットでは送金完了となっているのに、支払い先の店舗のChivoには受金が反映されない事例が多発)、往々にして店舗は客に現金での支払いを促し、Chivoヘルプデスクにビットコインの返金を求めるよう伝えます。客がヘルプデスクに電話すると、「送金に使ったウォレット会社に返金を求めて」ならまだしも、「ビットコイン会社に電話して」と言われた人もいます。ビットコイン会社に電話してみたいです。電話番号を教えてもらえるなら。 (ウォレット会社に電話してと言われた人が、そのウォレットBreezの開発会社CEO本人だったというコントのような事例も。)官製ウォレットのサポート担当でさえ、ビットコインをほとんど理解していないことがうかがえます。

上記トラブルはChivo以外のウォレットからChivoに送金する際に発生するもので、ChivoからChivoへの送金は至ってスムーズです。というのも、Chivoはカストディアル(事業者が秘密鍵を所持する)タイプのウォレットなので、Chivo間の送金は単に事業者のデータベースの数字の書き換えにすぎないからです。

前述したBreezのCEO Roy Sheinfeld氏はChivoサポートとの埒のあかないやりとりを終え、一言 “Lightning works. Chivo doesn’t.”(ライトニングは機能してる。問題はChivo。)と呟いたそうです。

ビットコインの利用を促進するには、ビットコインへの理解を深めるための教育が不可欠ということは政府も認識しています。新聞にChivoウォレットの使い方(左)や、アメリカで働くエルサルバドル人が祖国に送金する際、仲介事業者に25%も手数料を支払っていること、ビットコインを使えば手数料として消えていた年間4億ドルがエルサルバドルに環流することを説明する記事(右)を掲載しています。

筆者提供

また、”Inclusión y Educación Financiera”という金融包括と金融教育のための政府サイトにビットコインの歴史と概念が掲載されていますが、情報量は非常に少ないです。ビットコインを学ぶためのコースも掲載されているのですが、政府ではなく民間企業が運営するもので、受講料は1ヶ月コースが849ドル、1年間コースが4,390ドルと、平均月収300~400ドルの国にしては、べらぼうに高いです。

とても十分とは言えない政府の教育施策を反映して、国民生活にビットコインが浸透していない現状が数字にも現れています。

  • 海外からの送金総額に占めるビットコインの割合はわずか1.6%(エルサルバドル中央銀行)(全米経済研究所の調査では3%)
  • ビットコインを支払手段として受け取る企業の割合は20%で、その大半はインフラ投資や従業員教育に予算を割ける大企業(全米経済研究所)
  • ビットコインでの支払いを受け付ける企業の総売上に占めるビットコイン決済の割合は5%で、ほとんどの企業は受け取ったビットコインをすぐにドルに交換している(全米経済研究所)

ビットコイナーにとっては何ともがっかりな現実ですが、心強い助っ人が現れました。エルサルバドルでのビットコインの成功の鍵となる教育を政府だけに任せておけないと言わんばかりに、海外のビットコイン関連企業が協力を申し出ています。

今年2月、アフリカを中心にビットコインのP2P取引所を運営するPaxfulは、エルサルバドルのイノベーション事務局、社会基盤再構築局とともに「ビットコイン教育者の教育プログラム」を創設したことを発表しました。プログラムはコミュニティでビットコイン教育を主導する人材育成を目的とし、Paxfulの技術チームが運営に参加しています。 コミュニティ単位での教育を通して、国民全体のITリテラシーの底上げ、デジタルディバイドの解消を狙っています。

また、ライトニングネットワークを使った決済インフラとペイメントサービスを提供するグアテマラのIBEXmercadoは、現地のNPOと学校と提携し、エルサルバドル全土の公立高校でビットコイン教育コースを提供するプロジェクトMi Primer Bitcoin(初めてのビットコイン)を立ち上げました。10週間のコースを修了した高校生には教育省公認の修了証書が授与されます。全国展開を前に、4月23日にはパイロットプログラムが首都サンサルバドル郊外のSan Marcosの学校で始まりました。プロジェクトは運営費を寄付に頼っていますが、5月2日現在でまだ目標額の3割しか集まっていません。寄付はこちらのサイトでビットコインで受け付けています。ライトニング送金の練習を兼ねて、ぜひ寄付にご協力ください。

Mi Primer BitcoinのTwitter投稿写真:4月23日から始まったパイロットプログラムの授業の様子と教材

マインドセット

2021年6月にマイアミで開催されていた世界最大のビットコインカンファレンスでBukele大統領がビットコインを法定通貨とする方針を発表したのを機に、世界中のメディア、金融機関、政府が中米の小国を見る目は一変しました。内戦の後遺症が癒えない危険な国、アメリカに依存するしかない貧しい国が、世界に先駆けてビットコインという最新貨幣制度を導入し、金融経済の主権、希望を持つ権利、豊かになる権利、幸せになる権利を回復し、真に自立国家となる決意を表明したことに世界は騒然とします。

最初のドミノが倒れたと感じたのか、自らの影響力低下や既得権益喪失をおそれた国、国際機関、既存金融機関などは一斉に危険で馬鹿げた賭けだと批判し、IMFは債務救済交渉を人質に方針撤回を求めます。

一方で、こうしたクローニー・キャピタリズム(縁故主義で市場競争を阻害し富と権力の集中、格差拡大を招くまやかしの資本主義)で不当に利益を得るカンティロン効果受益者を葬りたいビットコイナーは、エルサルバドルの決断に拍手喝采をおくり、未来の金融ハブになるだろうと持てはやします。私見ですが、こうした未来を信じ、実現のために自分にできることはないか模索しているビットコイナーは多いです。私を含め現地を訪れるビットコイナーは歴史が動くのをこの目で見たい、できれば動きに参加したいと本気で考えているのでは。

こうした世界の反応を当人たちはどう捉えているでしょう?

連載第1弾で紹介したように、エルサルバドルは1979年から1992年まで激しい内戦が続き、7.5万もの人が犠牲になりました。その後も内戦の副産物であるギャングによる犯罪、政治家の汚職、それらの結果としての貧困に苦しめられてきました。支配と暴力が日常の貧国に暮らす人は、絶望しないように希望を持たず、自分のような境遇の人間には良いことなど起こるはずないと思い込み、理不尽に目をつむることで精神の安定を保ってきた面があるのではないでしょうか。唯一の夢はアメリカに渡り、働いて、家族を養うことです。

こうしたマインドセットの人に、エルサルバドルは今にスイスやシンガポールのような国際金融ハブになると言っても、あまりの飛躍についてこれませんし、今の状況では説得力もありません。自衛のために希望を持つことを諦めた人に、今後は自分の行動、努力次第で自分の未来が変えられることを知ってもらい、希望を原動力に行動変化を促すにはどうしたらよいでしょう?

身近で起きる小さな成功を目にすることは有効だと思います。El Zonteで起きたようなビットコインを機に生活が改善した事例を他のコミュニティで再現できれば。長年、借り物のバイクで25セントの菓子パンの移動販売を行っていた隣家のJoseが、バイクを購入して自分のバイクで移動販売を始めたら、自分も!と思う人が少しは出てくるのではないでしょうか?

Roman Martínez氏 @romanmartinezc のTwitter投稿写真:レンタルバイクで移動販売を行っていた頃のxJose氏

Roman Martínez氏 @romanmartinezc のTwitter投稿写真:購入したバイクで移動販売を続ける現在のJose氏

また、前述したMi Primer Bitcoinや第3弾で紹介したビットコインビーチの「Llenando el Tanque de Amor de los Niños y Niñas del Zonte(El Zonteの子どもたちを愛で満たす)」プロジェクトのように、内戦を知らない世代や、自国の苦境に気づいていない小さな子どもたちに教育を通して希望を植え付けることも、時間はかかりますが効果的だと思います。子どもがビットコインを理解すれば、子どもが得意になって教えるであろう親世代にも理解が広がるでしょう。

中期的な課題

連載第3弾で少し触れましたが、エルサルバドルのビットコイン法定通貨化実験の成否を左右する最大要因はBukele大統領の政治力です。成果を出しても、失脚すれば、前政権のレガシーとしてひっくり返される可能性があります。

30年にわたる二大政党制に終止符を打ち、持ち前の実行力で観光振興や治安改善で一定の成果を上げ、それを背景に7割以上とも言われる高い支持率を維持していますが、連載第2弾で紹介した通り、問題は尽きません。

2024年には大統領選が予定されています。エルサルバドルでは2014年に現役大統領は10年を経なければ再選不可能との司法判断が下されました。しかし、この判断は昨年、Bukele大統領が現職判事を罷免し、自らに近い判事を任命した直後に覆されました。5年の任期を超えてBukele大統領の再選が可能になったのです。(アルジャジーラ)

軍隊まで動員した独裁者によるクーデターとも言える行動は、諸外国から激しく非難されましたが、国内では歓迎の声も聞かれました。「6年と言わず、10年でも20年でも続けてほしい」と私に言った人もいます。エルサルバドルにとって何が良いのか、私にはわかりません。国民が自由意志で選ぶリーダーが民意を尊重して国の方針を定め、着実に実行していくことを願うばかりです。

Bukele大統領に期待することは、再選の可否に関わらず、いつかは不可避な政権交代に備え、ビットコインを法定通貨とする提案をした時に訴えたビットコインにかける思いを忘れず、次政権がビットコイン法を引き続き尊重せざるを得ないくらい成果を積み上げることです。

「貧困が犯罪の温床となっている。経済を再興して全ての子供が学校に通える、国民が出稼ぎに行かなくてすむ、米国に渡った国民が戻ってこられる国に作り替えなければならない。親世代が持てなかった希望を子どもや若者には持ってほしい。経済格差を広げているのは中央銀行。 ビットコインは(私たちが直面する)さまざまな問題の解決策となる可能性を持ち、実際に多くのイノベーターが問題解決に挑んでいる。エルサルバドルはそんな彼らも支援したい。ビットコインが有益なことを世界に証明したい。ビットコインはゲームチェンジャー。エルサルバドルだけではなく世界にとって。」(2021年6月8日、議会でのビットコイン法案審議を待つ間にTwitter Spacesに飛び入り参加したBukele大統領の言葉)

Bukele大統領に求めることは、本連載で繰り返していますが情報開示です。公金で作ったChivoウォレットを開発運営する民間企業の財務状況を含む実態は不明、米ドルとビットコインのスムーズな交換のために公金で運用する信託が保有するビットコインについて、秘密鍵の保有者や管理方法について何の情報もなく、現物かIOUかさえも不明、Chivoウォレットを介して収集するユーザーデータの範囲や利用法も未開示、ビットコイン国債がいつの間にか社債に変質した理由など挙げればきりがありません。

私なりの結論

5回にわたりエルサルバドルについて書かせていただき、そして読んでいただきありがとうございました。最後に今回の訪問で最終的に私が感じたことをお伝えします。

2021年9月にビットコイン法が施行されてから7ヶ月後の現地は、国全体として見たら本記事で数字を挙げたようにビットコインが広く受け入れられている状況ではありません。それでも開業、本社移転、中南米支店開設などビットコイン関連企業の法人登記が40件を超えるなど、ビットコイン以前には考えられなかったことが起きています。

現地の人にビットコインが法定通貨になって何か良いことがありましたかと尋ねたところ、「エルサルバドルについて知る人、興味を持つ人が増えただけでも嬉しい。」「あなたのようにビットコインのおかげでエルサルバドルに来てくれる人がいる。」「ビットコインシティは素晴らしい構想。ビットコインシティで働けるように英語の勉強を始めた。」と嬉しい回答が聞けました。もちろん、こんな回答をするのは少数派ですが。

でも良いのです。連載第3弾に書いたように、ビットコインを機に将来に希望を持てるようになった人がいる。私にとっては、それだけでビットコインは成功、ビットコインの勝利です。

リバタリアン、アナーキストの考えに共感する私にとっては、そもそも国が音頭をとってビットコイン普及を促すことに少し違和感があります。だからこそ、国としてアダプションに失敗したとしても、ビットコインビーチのようなコミュニティが主体となって自主的に始まったビットコイン循環経済圏は存続すると確信を持てたことが今回の旅の最大の収穫とも言えます。

ビットコインビーチに触発されて、コスタリカではビットコイン・ジャングル、グアテマラではビットコイン・レイク、ブラジルではプライア・ビットコイン、南アフリカのビットコイン・エカシなど世界中で草の根運動としてビットコイン循環経済圏が再現されていく。最高です。日本でも始まれば良いのにと期待してしまいます。ビットコイン温泉なんてどうでしょうか?

筆者提供

寄稿者:練木照子(Teruko Neriki)練木照子(Teruko Neriki)
ビットコインとライトニング関連スタートアップへの投資に特化したVCフルグルベンチャーズ所属。「ビットコインスタンダード」「ビットコイン、強気にならずにはいられない理由」「ビットコインの歩き方」翻訳出版。ビットコイン研究所について詳細はこちらからご覧いただけます。
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